食べたらダメ
カゲに声をかける。
『起きろ』
起きない。
もう朝が近いから、起こさないと。
俺の二の腕で頬を下敷きにしているカゲを揺さぶる。
頬が揺れに合わせてムニムニ動く。
「むっ……むう」
起きると見せかけてピッタリと密着してきた。
「起きてくれ」
「やだ……」
「起きてるじゃないか」
「エムが結婚してくれるまで寝る」
寝ぼけてる。
「起こすぞ」
カゲと一緒に体を起こしてうつむき加減に声をかける。
日に日にしぶとくなっている気がする。
「起きない……」
プルプルゆっくり首を振って眠そうにフラフラ。
「用事があるんじゃないか」
「よ、ようじ」
カゲが両手で目元に指を添えるとクリクリ擦る。
パチパチ目を覚まして俺を見た。
「エム、用事を済ませよう!」
「済ましてきたらいい」
「エムの手伝いが必要だっ!」
エムーと声をかけられ仕方なく、引っ張られてあげることにした。
「なんなんだ?」
「秘密だ」
朝一番の街は静か。うるさいのは本当にカゲくらい。
腕に巻きついてどこかに案内してくれている。
「しょうもない用事はダメだぞ」
「しょうもなくない!」
しばらくすると着いた場所はおにぎり屋さんだった。
前に箱の握りを買った場所。
『朝から来て頂き、ありがとうございます』
出てきた女性はソランに良く似ていた。
「そ、ソランなのか?」
「ソランとは誰のことでしょう?」
「人違いならいいんだ」
似ている人に遭遇することもあるだろう。
「おにぎりを三つ!」
ピッと指を三本立てるとお金を置くカゲ。
「かしこまりました」
女性は引いていった。
「カゲ、結構しょうもないじゃないか」
「しょ、しょうもなくない! カゲには重要だっ……!」
心外だと言わんばかりにカゲが睨んでくる。
「悪かった、しょうもないはダメだったな」
朝ご飯は重要な案件だ。
「むう」
まだ文句があるらしい。
「よしよし」
「撫でられても……」
「じゃあやめるか」
それはそれで文句があると頬が僅かに膨らむ。
「キスでもしたらいいのか?」
「それだ」
カゲは両手でパンッと肯定的な音を出すとニコニコ微笑む。
「ちょっとだけだぞ」
「はやくはやく」
カゲの肩に手を添えて覗き込む。
『お、おにぎりお待たせしました!』
ドンッと勢いよく叩きつけられた木の小箱。
「ああ」
キスをキャンセルして受け取る。
「エム……」
服を引っ張るカゲに後でって伝えると渋々頷いた。
おにぎり屋を後にして近くのベンチに腰掛けた。
朝の風が涼し気にさせてくる時間。
「はい、おにぎり」
おにぎりを差し出すとカゲは両手で包むように受け取った。
「むう……」
キュッと丸まった唇に、口で少しだけ触れる。
「っ!」
カゲは何も言わずに隙間を一マス分横にズレるとおにぎりをパクパク食べ始めてしまった。
パクパク、ピタリ。
横目でおにぎりを咥えて見てくる。
「どうしたんだ?」
『エムは食べたらダメっ!』
人差し指で俺を指図するとモグモグタイムを再開していた。
分かってるぞ、そんなこと。




