薄いメリット
『そんなことで良いと?』
シンスの問いに頷く。
「ああ、そう? そうなら別に、朝から用意しておくわ」
最大の用事を済ませた俺は帰ることを考える。
ここに居る意味は特にない。
『リュウキよ、続きをしよう』
声の正体はコノハ。
「続き? 途中でやめたことなんてあったか?」
「トランプの続きを!」
「あれは一度きりの勝負だと思うが」
「リベンジマッチを所望する!」
肩に置かれた手がトントンと招いてくる。
「トランプは嫌だな……」
「好みとかではなく」
肩に乗った手の上に俺は手を重ねる。
『たまには鉄と鉄で闘い合うか』
隣に居たシンスが鋭い剣幕でダメよと言い放つ。
「……やはりトランプを」
コノハが俺の手を強く引いてくる。
来いと言う目につられて仕方なく従う。
シンスに聞こえない距離。
肩を組んでポツリと聞き返される。
『武器で再戦してくれるという話は本当か?』
冗談のつもりだったんだが、コノハは本気らしい。
いつも以上にキラキラな雰囲気にあてられて眩しい。
『本当か? 本当か!』
声に押されて、肯定してしまった。
「唾がすごいぞ」
「も、申し訳ない……」
至近距離で確認されては仕方ない。
「そんなにしたいのか?」
「あんな過保護の仲間はもはや敵だ、あいつもこいつも稽古に誘うだけでチクチクと進言されて怒られる、報酬があるに違いない」
「俺もチクって報酬貰いたいな」
「み、みかじめ料をやる! それだけはどうか〜!」
「守って欲しいなら有り金全部出すんだな!……口止め料の間違いだろ」
「情報を守るという意味ならそれでも構わん」
みかじめ料としてお願い叶える券をコノハから貰った!
少し前にもお礼にしてくれるという借りを作った気がする。
「まず願いを言え! 話はそれから」
「言われてすぐ思いつくわけじゃないぞ」
「よん、さん、にー、」
「カウントダウン式なのか!」
「お願いかなかなチケットには期限がある」
名前は長いくせに機嫌が短いチケットだと愚痴る。
「さーん、にーい」
何か都合の良いお願いを浮かべてみる。
剣? 食べ物? 金?
全て持っているし、持っていない、そして持つ予定。
絶対的に手に入らなくて、最も都合の良いお願い。
「いーーちーー」
そして、この瞬間から終わりまで噛まずに言い切れるお願い。
『キスとかどうだ』
「な、なにっ!?」
リドルも「えっ」て声を漏らす。
「いや、思ったよりメリットが薄い願いだったな」
適当な発言で殴られた方がお得だったかもしれない。
「メリットが薄いだとぉ!?」
「薄いだろ、それでいて唇も薄く、スマート」
「な、舐めているのか!」
「緊張しているのか? 舌舐めずりが増えてる」
「ふざけるのも大概にしろ!」
ボコォッと左頬に直撃するパンチ。
キラキラ花びらが。
「はあ、はあ……このバカが!」
ちょっと痛くて後ずさる。
「わかった、わかったわかった」
胸ぐらを掴まれて本気で怒らせてしまったことを悟る。
「分かっていない! メリットが薄いとはなんだ!」
引き寄せられてギロギロ。
「ジョークだ、なあ」
『私の初めてのどこがデメリットと言える! 言ってみろ!!』
とやかく言う前に柔らかく湿った唇。
キュッと抑え込まれ、フッと鼻息が溢れる。
力技の言論統制。
「…………」
チュッと弾ける音をコノハが作った。
「返す言葉は、あるか」
特にない。
「分かればいい、分かれば……」
胸ぐらを解放して背を向ける身勝手さの中に赤い頬が香る。
「さっさと、稽古を、しよう」
錆びた鉄剣よりキレの悪い言葉達。
「そうだな」
返す言葉は、特にない。




