火の操者、溺誕!
冷たいビーズクッションの中をかきわけるように上にしばらく進むと、不意に何かに触れている感覚が無くなりました。視界も真っ白だった世界が急に真っ黒になります。
同時に深い眠りの淵にいるような睡魔とともに、全身に激しい寒さを感じだしました。寒い季節に長時間冷たい水に潜った後のような感覚です。
どうやら魂の定着ができたようですが、体が痺れたように動かせません。自然に歯がガチガチ音をたてだしました。感覚が繋がった目を開けると円筒型の水槽を覗きながら閻魔さまがニヤニヤしています。魂が定着できたのがわかったようで、指で「上だ上だ」と笑いながらも指してくれます。お使いさんもなんだかオロオロ慌てているように見えました。
(う、上に泳いで行きたいのに・・・体がぜんぜん動かない・・・うまく繋がらなかったのかしら・・・)
このままではいけません、閻魔さまも「がっつり溺れる」とおっしゃっていましたが、息が苦しくなってきました。
(このまま溺れちゃったら、またすぐに死んじゃうのかしら・・・)
ゴボッ・・・
時間固着液と呼ばれる液体が堰を切って口や鼻から流れ込んできました。大きな泡が上に登るのと同時にカッと目を見開いた閻魔さまの姿がフッと消えました。薄れゆく意識の中で、体が上に引き上げられる感覚と閻魔さまの声が頭の上から聞こえました。
「あ〜悪りぃ。ずっと冷たい液体に漬かってた体は急には動かせないわな・・・」
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目を開けたらやさしく炭が燃えている囲炉裏が見えました。ゆっくり見回すとここはどうも古民家の居間のようです。少し高い天井には立派な梁が見え、畳から井草のいい香りがしてきます。気がつくと私は布団で寝ていました。着物の下着の肌襦袢の上に巫女服のような紅白の着物を着させていただいてます。
これって着せてくれたの閻魔さまですよね・・・。すごく綺麗に着させてくれていました。裸じゃないのは嬉しいのだけれども、なんだか微妙。
「瑞樹殿、気がつかれましたか?申し訳ありまでんでした。時間固着液の影響で体温が極度に下がっているのを失念しておりました。閻魔様が気づいて咄嗟に引き上げてくださいましたが、少し遅れてしまいました」
お使いさんが心配そうに覗き込んでいます。まだ頭がぼーっとしますが、だんだん意識も体の感覚もはっきりしてきました。
「ふふ、先日死んだときは眠るように死ねましたから、ビックリしちゃいました」
「あ〜・・・今回は本当にすまねぇ。俺様の失敗だ。驚いて動けねぇのと勘違いしてた。笑いこっちゃなかった、悪かったと反省してる」
畳に正座して頭をかきながらもお詫びをする閻魔さまの赤い姿が、なんだかとても小さく見えます。腕白が過ぎて、私によく怒られていた甥っ子の翼の事を思い出しました。
「あらあら、いいんですよ。なんでも初めては何が起こるか分かりませんし、とにかく体に魂が無事に定着したのですから」
そう言いながら、むくりと起き上がり改めて周囲を見渡しますと、視界がとても明るく鮮明に感じます。体を起こしてもどこも痛くありませんし、スッと立てます。17歳になったばかりの体ってこんなに軽くて視界も広くて、関節も痛くないんですね、凄いです!
しかしここまでの流れは私の思っていた転生とはちょっと違うような・・・。
「あのぅ、私がよく見ていた転生物の大半は、もっと簡単に『はい!転生しました!異世界スタートです!』っていう展開が多かったんですが、私の場合は違うんでしょうか」
「ああん?さては累ちゃんはチート系の話ばかり読んでたんか?その手の面倒くせぇ転生は日本じゃ天照大神から大国主神くらいまでしかやってねぇな。あとイザナギ、イザナミを含む、神世七代連中も昔やってたな。あとはアッチ側から喚ばれたり・・・まぁとにかく今回はそういういきなりな展開はねぇぞ」
調子が戻ってきたのか、閻魔さまは足を崩して頬杖をつきはじめました。むむっ!もうちょっとだけお仕置きした方がいいかしら。
「・・・閻魔さま。足」
「お?おぅ・・・」
慌てて正座しなおす閻魔さま。はー、これでさっきの神ハラの仕返しはできたかしら。
「うふふ、冗談ですよ。楽にしてくださいな。こんな素敵な体を用意してくださったんですから、閻魔さまには感謝しています。真一郎さまにも。ごめんなさいね、なんだか気持ちも若々しくなったようで、ちょっと悪戯しちゃいました」
「へっ、まあいいぜ。しかしそうか!わかるか!その体を仕上げた俺様の凄さが。しかもそれだじゃあねぇぜ!俺様と同じく火を操る能力もおまけしてあるんだぜ。まぁ言ってみれば[火の操者]ってやつだな」
体の話ですっかり元気になった閻魔さまは嬉しそうに笑いだしました。そういえばお使いさんがいろいろ燃やしたり燃えたりとかお話されていたような・・・。
「ええと、いろいろ燃やしたり燃えたりするっていう・・・」
「おお!それそれ。よっしゃ!じゃあ累ちゃんも無事転生できたことだし、説明するとするか。あ、俺様はあんまり細けぇのは面倒だから手っ取り早くやるぜ!」
その大雑把な部分はさっきの事に懲りて、もう少しなんとかしてほしいところではありましたが、私は閻魔さまの嬉しそうな笑顔につられて笑ってしまいました。
生まれ変わった体。90年も前の体。死に別れてしまったけれど真一郎さまの想いがこもった転生。
「ふふ、では閻魔さま、色々教えてください!異世界でも元気に過ごせるよう鍛えてください!」
「あれ?聞かされてなかったっけか?累ちゃんは異世界にいくんじゃねぇぞ。地球じゃねぇ星に転星だから忘れるなよ」
「・・・あれ?転星?あらあら、そういえばお使いさんに教えていただいてました」
アニメ的なアレやコレやに気持ちがいってしまって、すっかり失念しちゃってました。お使いさんごめんなさい。