神ハラ
お使いさんに転生する体の説明をしていただきながら転生体の保管場所に移動しています。
道すがら転生体を仕上げてくださった閻魔さまは、炎魔大王とも渾名される炎の使い手とお聞きしました。そして転生体にその力を加味していただいたとのお話しでした。
少しだけ困ったことになったと感じています。実は私は火がかなり苦手なのです。
コンロやストーブくらいの火でしたら大丈夫なんですが、焼却炉などの立ち昇る炎は直視がでません。消火訓練の炎でも心臓がバクバクして動けなくなってしまいます。
これは大戦中の空襲で燃え盛る炎によく追われた事と、一緒に避難していた妹夫婦が、爆風と炎に飲み込まれ目の前で焼け死んでしまった事を思い出してしまうからかもしれません。
「累姉は逃げてーーー!」
綴の叫び声が脳裏に蘇り我に帰りました。なんだか浮いたままビクンと身を震わせてしまいました。
「累殿、どうかなさいましたか?」
「い、いえ、大丈夫です!ちょっとドキドキしただけです。いまは心臓ないですけど」
「ああ、わかりますよ。私も神使になりたての頃は、緊張すると生きていた頃の心臓の鼓動がしているような気がしましたから」
そんな話をしつつ、しばらくすると寝殿造りをした大きなお屋敷に着きました。お屋敷の敷地内をさらに進むと、ピラミッド型をした白い建物が現れ、中に案内していただきました。ピラミッド型の建物大きさは学校の体育館くらいで、それほど大きくもなければ小さくもない感じです。
中に入ると、建物は本当にピラミッドみたいに石積みで造られていましたが、その白い石がほのかに発光しており建物の中はかなり明るく感じます。
あ、大きな空間のある部屋で誰かが手を振っています。
「よ〜累ちゃん、よく来た。俺様は閻魔天だ。閻魔大王って言った方がわかりやすいか?」
頭の天辺から足のつま先まで真っ赤な様相をした若い男の人が、もの凄く楽しそうな人懐こい笑顔で話しかけてきました。ん〜この方が閻魔さまなんですか?なんとなく西遊記に出てくる孫悟空さんのような容姿です。でもその笑顔でちょっと緊張がほぐれました。
「閻魔さま、はじめまして、瑞樹累と申します」
「挨拶なんてどうでもいいぜ。さぁ、早速この体に入ってくれ!」
ふと閻魔天の指差す方を見ると、建物の奥に液体に満たされた円筒型の水槽のようなものがあり、その周囲には何本も重なる配管と機械類が見て取れました。少し近づいてみると、円筒型の水槽の中央に浮く人影があります。
「・・・もしかして、これは私なんでしょうか?」
「あ〜90年ぶりに見る自分は判りにくいか?17歳になったばかりのあんたの体を、そのまま維持保管するのは俺様でも大変だったんだゼェ。」
「まあまあ、なんと言いますか、凄いのですね。そもそも若い頃に自分の全身を見る機会がありませんでしたから、あまりこれが私という実感が湧いて来ませんけれど・・・」
・・・ん?ちょっと待ってください。円筒型の水槽の中央に浮く私は一糸まとわぬ素っ裸ではありませんか。
「え〜と・・・神様にこんなこと言うのは不敬かもしれませんが、ちょっとこの扱いは破廉恥なのでは?」
「ああん?・・・あ〜あんたの体がすっぽんぽんなのが気にいらねぇのか?しゃあねぇだろ。この円筒に満たされている『時間固着液』ってやつは配合が難しい上に、不純物は入れられねぇ。そもそも俺たち神や神使には性別なんてあってないようなモノだから裸なんて興味ねぇし、見られて減るもんじゃねぇしな」
それは人間、特に世の女性には立派なセクハラ発言です。
とツッコミたかったですが、ここは神界ですから神様基準が適用されるのでしょう。カラカラ笑いながら裸に関しての薀蓄を語る閻魔様はとても楽しそうで、ちょっと引きました。
しかし、改めて自分の体を見ても、90年も前の自分の体はこうだったのか?と、未だにピンとくるものがありません。見られて恥ずかしいと言うより、裸を前に色々語る閻魔様を見る方が恥ずかしくなってきました。
「・・・閻魔様、あまり瑞樹殿をからかわないであげてください。確かに時間固着液の管理上、体の他に何も物質を入れることはできませんでしたが、神界とはいえ裸が標準とまでは言いませんよ」
「おめぇはまだ千年も神界に居ねぇだろうが。俺は裸で良かったんだよ!・・・まあ、無駄にデカイもの見せびらかされるのも目障りっちゃあ目障りだから、他神の奴らは、なんか着ててくれていいんだけどな」
もうそれくらいで裸の話はたくさんだから!と思いながら、私はどうすれば良いのかよくわからず、じっと自分の体を見つめていました。
「あ〜いきなり体に入ってくれとは言われても解らんよな。普通こんな魂の入れ方はしないから特例的なモンだと思って聞けよ」
あ、やっと裸の話から閻魔さまが帰って来ました。
「まずはその霊体のまま体のヘソに入ってみな。命に関わるものはそこからじゃないと入れねぇ。で、頭を目指して上に登るんだ。頭に入るとしっくり来る部分があるハズだからそこに落ち着いてみ」
「具体的のようでかなり感覚的に言われましたけど、とにかくやってみれば感覚で解るのでしょうか?」
「そうだなぁ・・・俺様もこんな転生の仕方をやったこたぁねぇからなぁ・・・ま、何とかなるんじゃね?としか言えねぇな。とにかくヘソからじゃなければ魂は入れねぇし、入っちまえば上に上りすぎても頭から外に抜け出て来ちまうって事もねぇだろうからな、多分大丈夫じゃねぇか?」
とにかくやってみないと始まらない、という事は分かりました。
「ええと、あと少し教えてください。私がこの体に入れたとして、入った途端に溶液で溺れませんか?」
「お、良いとこに気づきやがったな。正解だぜ。油断するとがっつり溺れる。目覚める瞬間に慌てたところを見て大笑いしたかったんだがバレたか」
「・・・でしたらどうすれば溺れませんか?あと水槽から出ましたら、何か着るものもご用意いただけますか?私は裸で過ごしたいという性癖は持ち合わせておりませんので」
「あん?そうなのか?まぁいいぜ、とりあえず羽織るもの用意しとくわ。魂の入る瞬間が自覚できたら、そのまま上に向かって泳いで外に出な。上に上がれば水槽から出られる仕組みだ。時間固着液はこの状態で肺には入ってねぇから、液体は飲み込むなよ。意識が繋がったら息をしようとしないで上に泳ぐんだぜ」
と、とにかく、いろいろ教えて頂けたので、何となくイメージはできました。
「まぁその他の細けぇ体の説明は魂が入り終わってからだな。よっしゃ、累ちゃん、行け!俺もこんな実験は初めてだからワクワクしてるんだ。早く行け」
申し訳なさそうにゆらゆら揺らめくお使いさんと目を爛々と輝かせて急かす閻魔さまを背に、自分の体の浸かる水槽の前にまで来ました。
「はーーー、なるようにしかならないわよね。あ、閻魔さま!この水槽のガラス越しでも入れますか?」
「んあ?あー行ける行けるーかな。まぁいいからはよ行け」
・・・いい加減だなぁ。もうちょっと聞きたいことや、確認し足りない部分もたくさんあるような気もしますが、閻魔さまにも初めての事との話なので、とりあえずはやってみようと覚悟を決めて、水槽の中の自分のおへそを凝視しました。
よし!行こう!
「えい!」
円筒型の水槽をするりと抜けるとおへそに触れ、その瞬間体に吸い込まれました。体の中はまるでビーズクッションに包まれたような感覚です。異物感は特にありません。視界は真っ白です。
でもこのビーズかなり冷たいです。あのフワフワとして癒される感覚よりも、冷え冷えとしています。段々落ち着かなくなってきました。
「あらあら、しっくり来るけど、ちょっと寒すぎですね。今はおへそにいるんだから頭を目指して上に行くのよね?」
上下の感覚はあったので、とにかく上を目指して冷たいビーズクッションの中を進みました。