三賢者と呼ばれる翁
「・・・ブラハム殿、拙者が竜宮、カガミツクモ様に仕える戦巫女じゃ。そなたに問う、そなたは何をするためにここに来たのじゃ」
え?あの竜宮ちゃんが静かに、しかし力強く通る声でブラハム翁に問いかけました。
ブラハム翁も竜宮ちゃんの問いかけに驚いたように一瞬顔を歪めましたが、冷静に答えます。
「何をしにも、儂はここ鏡院の本部長として来ておる。タツミヤ殿は先ほど何を聞いておったのだ」
「何を聞いておったはこちらのセリフじゃ!鏡院職員の教則に『良いことも悪いことも、全て自分に返ってくるもの』と心得を説いていおる!その言葉を理解せぬような輩に鏡院の本部長はもとより、この場に立つ資格すらないと思うが良い!」
凄い!竜宮ちゃん正論です!さすがのブラハム翁も狼狽が顔にすこし出ています。見た目ちっちゃな女の子ですが堂々とした受け答えです。ギャップにキュンと萌えしてしまいますよ!
ブラハム翁はひとつ咳払いをし、改めて竜宮ちゃんに向き直り、片膝をつき右腕で胸を抑え最敬礼をしました。
「これは失礼をいたしました。鏡院の戦巫女タツミヤ殿。改めましてこの度、鏡院本部長の任をいただいたブラハムと申します。本日よりカガミツクモ様にお仕えさせていただく栄誉を賜りました。ここ鏡院首都本部においてはタツミヤ殿、カガミ殿、カサネ殿の下でご指示をいただき共にハクリュウ国の安寧に尽力をいたします。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げる」
先ほどとはうって変わって慇懃で丁寧なご挨拶をいただきました。流石、元最大信仰宗教の神官長さまです。威厳が違います・・・しかし身を起こされて立ち上がったお顔を見ると、最初に見たような厳しいお顔つきに戻っていました。思うところはなかなか根深いようです。
竜宮ちゃんは黙ってブラハム翁と睨み合ったままです。その様子をずっと見られていた鏡さまは、最敬礼をもってブラハム翁におこたえしました。
「はじめまして、ブラハム本部長様。吾・・・わたしが記録官を務めておりますカガミと申します。戦巫女タツミヤ様と巫女であるカサネ殿と共にカガミツクモ様に仕えております。カガミツクモ様の御心に触れられる事がある故に、わたし達より指示があるとのお話になってしっまったかと思います。ご懸念を抱かれたかもしれませんが、どうぞハクリュウ国の安寧にお力をお貸しください」
柔らかく話される鏡さまを見るブラハム翁の目が、細く鋭くなり眉間のシワが深くなります。
「・・・御心ですか?カガミ殿、よもやとは思いますが、そなたがカガミツクモ様になりすまし、我々含めハクリュウの国民を謀っておられるという事はありませぬな?」
ぎくぅ!!
いえ、決して謀ってなんかいませんが、鏡さまがカガミツクモ様っていうのは秘匿事項なのでブラハム翁はじめ、鏡院職員候補の皆さんにもまだ秘密にはしています。
「わ、私からもはじめまして!ブラハム本部長様。私はカサネ、巫女をしております。戦巫女タツミヤ様には及びませんが、一応武術も修めております。先ほどのブラハム本部長様のご懸念は・・・」
「ブラハム本部長様。そのご懸念については、こちらに来られる前に鏡院の役割や教則について周知されていると思いますが」
私があわてて説明しようとしましたが、鏡さまがやんわりと受けてくださいました。ブラハム翁は目を閉じ軽くため息をつきながら頷きました。
「ふむ、ご教授いただいておる。鏡院は政に干渉することもなく、民を思っての内容であると思ってはおる。しかし儂個人としては『争いを避け、日々の平和を慈しむ』より『争いは常に勝利を目指し、日々の鍛錬を怠らぬ』くらいの方がしっくりくるがの」
ああ、それはブラハム翁が先日まで籍をおかれていた『陽神』の教えでしたね。時代が時代とはいえ、コクロウの皆さんはじめ、この星の皆さんは血の気が多すぎる気がします。
「いや、失礼な質問をしてしまい申しわけありませなんだ。教えも余談でございましたな。では予定通り皆とご挨拶といきましょう」
ちょっと波乱の顔合わせとなった初日でしたが、候補者全員と挨拶を交わし、夕刻には別室でジサイさんより集めていた事前の要望の書類を受け取りました。
首都リュウズ以外の町に赴く『鏡院分社』の職員さんは名誉職とされ非常に高給になるのですが、やはり地方転勤なのは間違いないので、どうしても離れがたい方は最初に要望を出していただいています。幸い集計を見ましたが、いい具合に半分半分程になっており、そちらの選抜は苦労がなさそうです。
「ふふ、でも今日の竜宮ちゃんは、とても立派で鏡院の戦巫女ここに在りでしたね」
「ええ、吾も少し驚きましたが、竜宮殿はやればできる子ですから」
そんなニコニコ顔の二人から少し離れて長椅子につっぷし、ミミちゃんに頭を撫ででもらっている竜宮ちゃんがうんうん唸っています。
「オ疲レサマ!今日ハ一番頑張ッタネ!」
「あうう、拙者もう限界でごいざる。慣れない事すると熱がうんと出るでござるよ。でも鏡様のために我慢、我慢・・・あうう・・・」
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同じ頃、鏡院首都本部、その奥にある本部長室に3人の老人と1人の男が椅子に座り互いに向かい合っていた。
「ブラハム翁よ『陽神』神官長ともあろうそなたが何を思って鏡院に入ったのだ」
「それを言うなら『火神』神官長のカルド翁も言える話じゃ。同じ読みであいかわらずどっちも紛らわしいのう」
「ふん、何度も言うがマルク翁、ひの発音が違うわい!小生らは『ひ⤴︎』。ブラハム翁は『ひ→』。お主こそ『水神』神官長の職はどうしたんだ」
「いや、こうしてここでリュウズ三賢者と讃えられる皆さまにお会いできるとは、このラルト感慨ひとしおであります」
本部長の机に両肘を立て、両手を口元で組み険しい顔のままブラハム翁は3人の様子を見ていた。元神官長の3人の老人達はハクリュウ首都リュウズが興った時より国を民の側よから支え、三賢者と讃えられていた。
左手に元『火神』神官長のカルド。まだ黒髪も残るがほぼ白髪をオールバックにした体格のいい初老の男性である。
右手に元『水神』神官長のマルク。3人の老人の中でも一番の高齢のようで、腰は曲がり髪もヒゲも真っ白の白髪。ヒゲは縦にも横にも伸び放題である。
正面に元『夜神』神官ラルト。まだ10代にも見える童顔ではあるが、来年30歳になる。細身で長身であるが、佇まいに隙はなく、何かしら武道を修めているようである。
「・・・若くして『夜神』神官となられ神童と名高いラルト殿まで鏡院に来るとはな。それで、なぜこんな枯れた三老人に声をかけ儂の部屋に集めた?」
「何を仰いっますか!ハクリュウの民を護る市井の三賢者筆頭と名高いブラハム様。先ほどのお話をうかがう限り、このまるで『鏡神』としてできた新教の組織が国と組んだような鏡院に、心服されているようには見えませんでした。何か深いお考えあっての鏡院への仕官とお見受けしましたが」
先ほどから深いままのブラハム翁の眉間のシワが一層深くなる。
「・・・そなたの言うような深い考えは無いが、思うところはある。それはそこの枯れたじじいどもも同じよ」
「まあ、儂らにもカガミツクモ様とやらの声は頭に伝わったからのう。民が祀るのもわかるってもんじゃ」
「うむ。我ら三老人はすでにこの国での役目は終えておる。あとやれることと言えば、王や文官そして何より民の皆が、拐かされておらぬかひっそりと見守るばかりだ」
3人の老人の言葉を聞いたラルトが微笑み頷く。そして上目遣いに3人を見渡す。
「ええ、ええ、国がかどわかされてはなりませぬね。しかし、もしも、拐かされたりしているのであれば、なんとしても阻止せねばなりませぬ。違いますか?」
ブラハム翁の眉間のシワが緩んだ。
「・・・ラルト殿はお若いな。そもそもまだ拐かされているとは儂らも思っておらぬ。それに儂らはっもはや見守るだけぞ。なんの力も持たぬ」
「それは国からは名ばかりの本部長とされたからでしょうか?何をご謙遜されますか、ハクリュウの三賢者が動けば民もうごきましょうぞ」
ブラハム翁の眼光が鋭くなる。カルド翁は軽くため息を吐き、マルク翁は鼻毛を抜きながら涙目でしかめ面をした。




