不便なくらいがちょどいいんです
昨晩のハクリュウ重職の皆さんが揃う宴席では、鏡さまの神格向上による新しい力の一旦が紹介されました。私たちも知らなかった事がいきなりあの場で皆さんに公表されたのには驚きましたが、鏡さまはこれから忙しくなるハクリュウの国の主要な人が今後一同に集まる機会はそうはないと考えられてあの場で急遽話をしたとのことでした。
実際、シマダカさんは今朝早くにシマ組に戻り、コクロウの精鋭と積極的に副王のクーデターに加わった守備兵の更生と強化を急いで始められるそうです。地方官になられたキクチヨさんと奥様のナナさん、ゴロさん、オカさんも各方面に食料、物資、人員を連れ発たれました。
中でもキクチヨさんとナナさんは、ハクリュウの東方全域、ほぼ旧コクロウの領土を中心とした統治なので、ラフールさん、カツエさん、カスケさんも同行し、さらに文官、技術者、衛兵も多数向かわれました。地方統治の町、旧コクロウ首都トリトネまでの距離はかなり遠く、馬車で15日はかかるそうです。
皆さん同じように首に提げた鏡さまの御神体の複製をありがたく掲げ、任地への長旅へ出立されていきました。
「この白鏡を首に提げていると、カガミツクモ様や仲間の皆と常に繋がっているような気持ちになって、とても安心ができます」
その気持ちは私もなんとなくわかります。呼び出しは鏡さまからの一方通行しかできませんが、お互いに離れていても会話ができてしまうこの御神体の複製は、もはや携帯電話のようなものです。
電話と言えば、昭和の初期には固定電話でさえ希少で、昭和中期に初めて自分の家に電話が引かれた時は、誰からかかってくる訳でもないのに、暇さえあれば電話機の前でソワソワしていました。時代は流れ、平成になって初めて携帯電話を持った時には、何処に居ても誰かと繋がっている妙な安心感がありました。曽孫たちともよくおしゃべりしたものです。
しかし、私は考えが古いので、急に便利になりすぎるのはよくないと考えています。度を過ぎた利便性は、人の為にならないと思います。ですからこの世界で私は科学や物理などの進歩もさほど望んではいません。足腰も弱くなっちゃいますしね。
鏡さまの神格が急激に上がりすぎたせいか、急に色々な事ができるようになってしまいました。その辺りも鏡さまとお話ししなくては。
地方赴任の皆さんを一通り見送り、お昼は久しぶりに王宮内に用意していただいた滞在用の部屋で鏡さま、竜宮ちゃん、ミミちゃん、私の4人になりました。そういえばこの4人だけになれたのは久しぶりです。今後のこともあるので色々お話しておきたいと思います。
「鏡さま、御神体の複製による通話は便利で素晴らしいと思いますが、私はできるだけ多用は避けたいと思います」
「はい、素晴らしく便利で・・・ええっ!?」
あー・・・なんだか鏡さまの反応は、曽孫の誉が高校合格祝いで、初めて携帯電話を手にして喜んでいるところに「学校に持って行ったら駄目よ」と釘を刺した時の顔そのものでした。鏡さまは、この便利な会話機能をぜひとも使いたかったのですね・・・。
「便利な事はいいのですが、便利なものに皆さんが慣れ過ぎてしまうのは良くないと思うのです。連絡官のヒサさんは、仕事が無くなると昨晩あれからずっと真っ青なお顔をされていましたよ」
「あ・・・え、ええ。そうでよすね・・・」
「でも、国や民の皆さんに危険が及ぶ際には、積極的に使いたいと思いますので、頼りにしてます」
なんだか鏡さまの楽しみを奪ってしまったようで申し訳なかったです。でもここは私の中では譲れない部分なんです!
「鏡様!でしたら拙者と毎日お話しするでござるよ!」
「オ話シ!ミミモ!」
竜宮ちゃん、ミミちゃん、いつも側にいる私たちが鏡さまと鏡越しにお話ししても、鏡さま余計に落ち込んじゃいますよ。鏡さまの神格向上の恩恵で話せるようになった神使のミミちゃんが、片言で鏡さまをなぐさめている様子がとても可愛いです。
さて、今日は今から鏡さまを神として祀る鏡院に置く鏡の作成と、宗教としての教義も制定する予定です。グリマーニア王さまはじめ、大臣の皆さんも交えてお話ししながら作りたかったのですが、なにせ国が新体制になったばかりで時間がとれず、私たち4人で決める事になりました。
「そもそもこれは神様自身が考えられた教義になるのですから、皆さんだけで決められてもなんら問題はないでしょう」
とグリマーニア王さまが丸投げオッケーを出しました。確かにおっしゃる通りなのですが、本当に良いんでしょうか・・・。
「鏡さま、先日グリマーニア王さまからのお話し通り、教義は全部私たちにお任せで、最後にグリマーニア王さまとグリナス王太子さまガブリル王女さまの承認のサインをいただいて決まるそうです」
「・・・あ、はい。皆さんそれぞれにお忙しいようですし、頑張りましょう」
鏡さま、まだちょっと元気がありません。しかしここは頑張っていただきます!なぜならば、私たちの旅立ちの日が迫ってきているからです!
教義を決め、首都での鏡院の院主さまと人員を決め、現在50ほどある国内主要の町に建設中の『鏡院』へ納める複製の分体を作るまでをこの冬に終わらせ、春より南方→西方→北方→東方とハクリュウ国内をこの4人で巡察の旅に出る予定を決め、グリマーニア王さまにも許可をいただきました。
目的は鏡さまの神としての格上げと、星神としての各地の視察です。万能辞書があるとはいえ、私たちにはまだこの星の情報が足りなさすぎるのです。調べれば応えてくれる万能辞書も、そもそも調べる物の情報がまだ無いのです。足を運んで地理や生物、植物を調べ、人と交わり、見識を深めなければなりません。あ、もちろん、この星の美味しいもの探しも含まれていますが、決して食いしん坊万歳ではありません!
「・・・えーと、鏡さま、いざ旅が始まればヒサさんをはじめとした連絡官の皆さんにあまりご負担はかけられません。その際は御神体の複製による通話も必要不可欠になるでしょう。今はまずは出立の準備を急ぎ整え、憂いなく各地を巡る準備をしましょう」
「・・・え、そ、そうですね、頑張りましょう!」
あらあら、鏡さま、すこし下がっていた眉尻が戻って、とても嬉しそうです。やっぱり通話をしたいんですね。
「鏡さま、教義の思想としては『争いを避け、日々の平和を慈しむ』で十分だと思います。本当は戦争放棄まではっきりと言いたいところですが、そこまで言ってしまうと兵を持つハクリュウ国にご迷惑がかかりますし、他の国々の動きも気になりますから」
「そうですね、吾もそれで良いと思います。あと、鏡院は治安や教育機関も兼ねるので、『良いことも悪いことも、全て自分に返ってくるもの』といった道徳的な事も入れておきたいですね。細かな法律や制度は、国が決められたしっかりした物がありましたから」
私たちの目標は『戦争のない世界に導く』です。もっと欲張れば争いのない世界まで目指してみたいのですが、そこはもう異世界でも夢物語でしょう。先に確認をしたハクリュウの定めた法律や制度も極端な事例はありません。強いて言えば「死」が軽んじられているところでしょうか。まだまだ危険が多い世界だと実感します。
「あとは神である鏡さまは『カガミツクモという名の白鏡』と定義して、『この世界を見守る鏡の神』・・・でどうでしょう」
「はい、それくらいが助かります。『この世界の神』だけですと、まだまだどうにも吾には名が勝ちすぎて重荷です。大したこともできませんから、しばらく見守らせてください」
「でも鏡様、いずれはこの星の神になられるのでござる。拙者は『この星の絶対神』でもいいと思うでござる」
「竜宮殿、そんな大仰な扱いにして欲しくはないのですよ。吾はこの『カガミ』という名で神使ではなく鏡院の記録官という目立たない立場がとても居心地がいいのです」
鏡さまは節目や有事の際は御神体の白鏡から念話で語りかけますが、普段の人型依り代でいる際は『カガミ』という名の鏡院記録官という設定でこれからは活動する予定なのです。鏡さまが『カガミ』であり神である事を知っているのは、私たち以外はハクリュウ王家の皆さん、大臣と副大臣、一騎打ちに同行した近衛兵さんの一部、シマ組の皆さん、アマゴさんにガザさんとシマ組入りしたコクロウの方の一部までで、50人くらいでしょうか。
「旅で巡る際は竜宮殿が戦巫女として吾よりも偉い人になるのですから、しっかりするようにしましょうね」
そうなのです、竜宮ちゃんは先の集会で鏡院の戦巫女の竜宮として登壇しました。これからも鏡院記録官のカガミさま、神獣にして使徒のミミちゃん、そして巫女の私を従える神使として同行する事になっています。実際いまこの中で一番強いのは竜宮ちゃんです。この時代はやはり力の強い者が敬われる傾向がありますから、その点でもうってつけなんです。
「あう、拙者が仮初めとはいえ、鏡様を従えるなど畏れ多いでござる・・・でも綿津見神様に頂いた竜宮の名は変えられぬでござる・・・」
「うふふ、私もこれから人前では気軽に竜宮ちゃんって呼べないから少し寂しいわ」
「むきーーー!」
「そんな感じで怒ってもいけませんよ。吾と鏡院の品位は竜宮殿の振る舞いにかかっていますから」
「あう、あう、あう・・・」
少し可哀想ですが竜宮ちゃんにはもうちょっと頑張って慣れてもらうしかないですね。ハクリュウの国民で4文字以上の名前を持つ人は両手両足にも満たない人数ですから。




