福寄せの鏡
早朝の牢獄での一騒動の後、グリマーニア王さまが根強い反対意見を押し退け、ラフールさんの処分と副大臣就任が正式に決まりました。
午前中で国政会議は終了し、お昼には王宮にて叙任式が行われました。そして午後になり、中央広場に首都の民衆が集められ、対コクロウ戦の勝利宣言と旧コクロウの領土を含め、新たに臣従した周辺集落を含めた新ハクリュウ国の成立が発表されました。今日は広場周辺に露店も数多く出され、街全体もお祭り騒ぎです。
グリマーニア王さまが万雷の拍手の中、広場舞台に登壇します。その後ろには王族やシマ組を含め正副大臣、主要文官が並びます。そしてその中に竜宮ちゃん、ミミちゃん、私も並んでいます。鏡さまは御神体に移るので依り代の体は控え室でお休み中です。
拍手を制し、グリマーニア王さまが声を張ります。
「ハクリュウの民よ!今日ここに新しくなったハクリュウの国の成立を宣言する!建国よりはや20年、ハクリュウは大国と呼ばれるにふさわしい国へと成長することができた!しかしこれに甘んずることなく、新たな国民と皆で力をあわせ、これからの国の発展に協力を期待している!」
高鳴る歓声と拍手。グリマーニア王さまは、右手をすっと挙げ一同を静めました。
「そして以前より多くの請願があったこの国を支える民の為の施設の開設の目処ができた!施設の名は『鏡院』!鏡院を首都に数カ所、地方各所にくまなく設ける!鏡院では民の健康を守る医師と、治安を守る衛兵が昼夜駐在する。ハクリュウ国民であれば誰でも病気や怪我を治療でき、領内の治安も安心できる!さらに文字と計算が学べる学舎も設置する。すべてが無償である!」
さらに高鳴る歓声と拍手。深く頷きながらグリマーニア王さまは、もう一度右手をすっと挙げ一同を静めます。
「そしてその『鏡院』は、この世界の神であるカガミツクモ様を祀る!先日皆も頭で直接聞いた声の主でこの世界の神である方だ!見よ!戦巫女竜宮殿の掲げる純白たる神鏡を!これがカガミツクモ様の御神体ぞ!」
さらに高鳴る歓声と拍手。グリマーニア王さまの横に竜宮ちゃんが立ちます。はじめてシマ組を訪れた時のおめかしした姿。淡い水色に染めた袴の上に濃紺の羽織。左右の腰には二本の日本刀と背中に長刀を携えた竜宮ちゃんが、まっすぐ上に鏡様の御神体を誇らしげに掲げます。
御神体は、広場に集まった民衆に陽の光より眩しく輝き、念話で静かに語りかけます。
『ハクリュウの民よ、吾は白鏡の神にしてこの世界の神である鏡九十九。先日は急場にてまみえたが、今後はこのハクリュウの国と共に在ります。ハクリュウの民と共にグリマーニア王を支えましょう。吾の社でもある鏡院はハクリュウの国内各所に設けられます。そしてその先々で吾も民の治安と健康を助けましょう。そして安寧の時を共に末長く歩みましょう』
まだ念話に慣れてないのか、集会広場は一瞬静まり返りましたが、静寂の後に起きた歓声と拍手は、この日最高潮となりました。竜宮ちゃんは、満足気に「うむうむ」と頷きながら鏡様の御神体をしばらく掲げていました。
そして最後にグリナス王太子より、これからの3年間かけて進めるハクリュウの国の方針も示されました。
ハクリュウの国の方針は『国の安定と大国への基盤づくり』
これまで周辺集落の併合などで国としては大きくなったとはいえ、疲弊している部分や国の庇護の力が及んでいない町はたくさんあります。なのでまずは国内を落ち着かせる事を最優先させます。
まずは、国民は全て国に国民としての届出を正式に行い、18歳以上の国民全てにハクリュウの国章の入った名入りの腕輪を、18歳未満の国民全てに国号と名前を刺繍したスカーフを配る事も併せて発表されました。つまり正確な戸籍の作成と身分証の発行という訳です。
今まで地方の町や集落では、地域の有力者や派遣された役人ができる限り調べて管理されていた戸籍。税金や兵役の対象にもなることから、逃れたり隠れ住む者も絶えなかったそうですが、今回正式に国民に登録されれば先にグリマーニア王さまが演説された現代で言う『医療』『治安』『教育』が無償になります。納税義務はありますが、大国への基盤づくりとなる初年は全国民無税。
こんな大盤振る舞いが可能になったのは、コクロウの国にずっと使われず眠っていた金・銀・銅・鉄の大鉱脈があったのです。カスケさんとカツエさんがずっと管理されていましたが、人材不足に技術不足で活用できず放置せざるおえなかったようです。ハクリュウの国は建国より20年が経ち、貨幣経済は確立され、人も技術もある程度育ってきていたので、まさにタイミングバッチリだったそうです。
明るい未来の話の発表が終わり、夕刻前には集会は終わりましたが、中央広場に集まった民衆はお祭り騒ぎでその喧騒は深夜まで続きました。
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「いやはや、このところ気味が悪いほどに運がいい」
集会を終え、王宮内には王族、大臣、副大臣、シマ組の地方官にシマダカさんが揃いハクリュウの主だった方々30人程が集い宴席が設けられました。もちろん鏡さま、竜宮ちゃん、ミミちゃん、私もお呼ばれしています。
グリマーニア王さまはこの日ずっと笑顔です。
「この度はギクシャクしておった弟との関係が修復でき、コクロウとの争いも多くの血を流さずに終結でき、人を導ける人材をシマ組とコクロウより一挙に得られ、国の発展に欠かせぬ正確な戸籍の作成や、国民への国の責務の対価が税だけではむしろ増税せねばならぬところにコクロウで眠っていた資源を得られたのだ」
そう言って居並ぶ皆にお酒を王自ら注ぎ歩いています。普段ご一緒されているハクリュウの大臣の皆さんは、すこし引き気味なほどにグリマーニア王さまはご機嫌のようです。鏡さまは王さまに勧められるお酒を苦笑しながら固辞しています。
そういえば鏡さまのご利益って運気がかなり上がる事もあるってお聞きしたような・・・いや、まさかこういう事まではないですよねぇ・・・。
「その幸運もグリマーニア王とハクリュウを支えてきた皆さんの20年間があってこその事でしょう。そして吾を正式にハクリュウの国で祀っていただき、世界の神として受け入れていただき感謝いたします」
「しかし宜しかったのかな?首都の者はこの場に居る者を除いて皆カガミツクモ様は白鏡と思い込んでおりますが」
「ええ、白鏡が御神体なのは間違いありませんし、依り代まで多くの人に知られては何かと動きづらくなります。それよりも皆さんに急ぎお伝えしておきたい事があります」
そう言うと、鏡さまが懐からコンパクトサイズの白鏡を数枚出されました。そのうちの一枚をグリマーニア王さまに渡します。
「本日、神として多くの人々に受け入られら崇められた事で、吾の神力が飛躍的に向上しました。吾の神力により御神体の複製が可能となりました。これにより複製した白鏡にて念話の受け答えもできます。この場に揃う皆と、各所の鏡院にお配りしたいと思います」
・・・えええ!?それってまるで電話機能じゃないですか!
私以外の人はまだ鏡さまが何を言ってるのか理解できない様子でしたが、しばしまたれよと鏡さまが部屋を出られ、しばらくするとグリマーニア王さまの持つ白鏡から鏡さまの念話が聞こえてきたのを皆さん目の当たりにして、宴席には悲鳴に近い驚きの叫びが響きわたりました。
『・・・とまあ、このように離れていても、吾と会話が可能なのです。しかし、吾からしか呼び出しはできませんし、一斉に伝える際には相互に会話はできません。でも便利ですよね』
便利も何も、この星にはあと数百年は狼煙か人や動物による伝書しか通信手段は現れないでしょう。この転星には私のよく知って居る転生もののチートは無いものだと思っていましたが、これはなかなか。
「こ、こんな物が世に出回ったら俺の仕事も立場もなくなっちまうな・・・」
自慢の足で情報を探り、時には運ぶ連絡官のヒサさんはあまりの衝撃に顔が真っ青です。いや、それは私からもお止めしますよ絶対に。




