龍狼激突
晴れ渡る空。突然に降って湧いた一騎打ちでの国取りルール。私はとても驚きましたが、グリナス王太子さまは有り得る事だとも思っていたそうです。
「コクロウは国としての形を成す前より、目的の集落に単騎で赴き、集落一の猛者と一騎討ちのみを所望。相手を討ち取り、支配する事で規模を大きくしていったと聞いています」
「ええと、ではアマゴロツネ王さまは、今回も今までの調子で行こうとされてるのですね」
「恐らくは・・・それでも今回は降伏勧告まがいの書面のやりとりと、国境付近のいざこざから会談の場を設けただけ、国として形式を踏んでいるのかもしれませんね」
従来の手段を耳にしてはいたものの、国と国の争いでも、頑なに一騎打ちを用いてくるとは・・・とのお話でした。
でも、考え方によっては戦争により、多くの兵の皆さんの犠牲は無いやり方です。お互いに納得できるのであれば、案外とてもいい手段なのかもしれません。
しばらくすると、近衛兵の装備をしたキクさんがやってきました。よく見ると肩当てと胸当て以外は外した軽装です。刀も近衛兵用のロングソードではなく、自前の大きな枝のような黒い木刀のままです。以前に竜宮ちゃんの剣を受け止めた時もこの木刀でした。
「キクさん、かなり軽装に見えますが大丈夫ですか」
「ああ、近衛兵の鎧は重すぎなので、必要最低限の装備にしました。この木刀も見た目は不恰好ではありますが、恐ろしく硬く、シマ組では最強剣士の証の木刀なのです。お任せください」
キクさんはグリマーニア王さまに一礼し、一騎打ちの会場に向かいました。
会場ではアマゴロツネ王さまが眉を顰めてキクさんを眺めています。
「おいおい、誰でも良いとは言ったが、まともな剣すら持っていない男を寄越すとは・・・。ハクリュウの国とはこの程度なのか?」
「アマゴロツネ王殿、この木刀を侮りなさるな。これは迷いの森の奥深くに一本だけ生えている本黒木という木の枝からつくられた木刀です。本黒木の枝が落ちるのは20年に一度ほどと言われており、柄以外は加工ができぬ程の強度を誇る木刀です」
「ふむ、しかしこれは真剣勝負ぞ。俺は相手が木刀だからと言って容赦はせぬぞ」
「心得ております。アマゴロツネ王殿こそご油断めされぬように」
「この剣の一撃を受けてもそんな口がきけるかな。その木の枝も貴様の脳天も全て砕いてやろう」
アマゴロツネ王さまは両手持ちの大剣をお持ちです。確かに一見すると木刀と大剣では、かなり不利に見えます。両手持ちの大剣は、振りかぶられると剣の重さや遠心力も加わり、捌くのは容易ではありません。
大剣を前にしたキクさんは、不利を感じるそぶりはありません。開戦の合図はコクロウのガザさん、戦闘の勝敗はグリナス王太子さまとカスケさん。両国王の血判状が交わされ、あとは戦闘開始を待つだけです。
アマゴロツネ王さまは、よく聞き取れませんが上を見上げて誰かと話しているような独り言を呟いています。楽しみを邪魔するな?と言ったようですが、他は読み取れませんでした。何の事でしょうか?
「私が合図をしたら開戦です。では両者よろしいですね」
「はい、構いません」
「うむ、始めるがよい」
すっとガザさんが真上に何かを放りました。
ボムッ!
一瞬対峙する両者の中央が煙に包まれます。え?これが合図ですか!?これではまるで視界を遮る目眩しでは!
「まずは挨拶代わりだ!」
視界外からのアマゴロツネ王さまの大剣の打ち下ろしがキクさんに迫ります。風を切り唸る大剣を、木刀の剣先に手を添え、両手で難なく初撃を防ぎました。木刀っぽくない高い音がキィンと響きます。
「ほう、慌てず受けるか。しかも確かに固そうな棒だな」
「コクロウの皆さんは、お戯れがお好きと見えますね。あとこれは棒じゃない。本黒木の木刀だ」
「ふ、言うではないか。ではこれが受けきれるかな!?」
アマゴロツネ王さまは大剣の間合いで素早くキクさんに打ち込みます。上、右、左、突。剣の大きさや重さを感じさせない速さから繰り出される攻撃を、シマさんは全て正面で受けきっていきます。さすが竜宮ちゃんの一撃を、ものともしなかった腕前です。
「ふむ、これも受けきるか。ではこれならどうだ!」
アマゴロツネ王さまは全身を一回転させ、大車輪のような一撃を打ち込みました。キクさんはこれも正面で受けきっていきます。アマゴロツネ王さまは素早い打ち込みに大車輪の一撃を交えた猛攻で迫ります。キクさんは全て正面で受けきっていきますが、さすがに大車輪の一撃はかなり重いのか、受ける度に膝が揺れます。
どうもシマさんは間合いを詰めたりせず、敢えて打撃を最大限の力で打たせているように見えます。しかしアマゴロツネ王さまも、もの凄いスタミナです。息を切らさず大剣を大振りで打ち込み続けています。
「やはり・・・そうか・・・」
「んん?何を言っておるのだ?膝が笑い出しているのではないのか?このまま押し切るぞ!」
「強いと言ってもこの程度という意味だ!」
今までずっと攻撃を受け続けていたキクさんが横薙ぎ一閃。アマゴロツネ王さまが大きく後ろに弾かれました。
「うおっ!なんだ急に・・・こ、こんな細い枝でこの威力とは」
「ハクリュウに迫る王国を、己の力だけで押し広げたあんたの力はどれ程の物なのかと受け続けていたが、この程度ではグリマーニア王どころかシマどんにも遠く及ばないという事だ!」
「な、何だ?しまどんとは・・・うおおっ!?」
弾き飛ばして開けた距離をキクさんは一足に詰めて、ものすごい速さで上段から連打を打ち込みます。アマゴロツネ王さまも全て受けてはいますが、一撃毎に腕が下がっていき、完全に押されています。
キクさんの激い打ち込みを見て、師匠の國部秀子先生の強烈な打ち込みと重なりました。キクさんも先生と同じく達人の域ですね。
「な、なんだと言うのだ!?この一撃ごとの重さは!たかが木の枝に!うぐぐ・・・」
「己の未熟さを思い知れ!」
もう受けるのが精一杯のところに、キクさんの大振りの一撃。アマゴロツネ王さまは、なんとか剣で受け止めましたが、受け止めきれずに木刀は頭に届き、被っていた黒い冠が砕けて割れました。アマゴロツネ王さまは膝から崩れて前のめりにつっぷして倒れこみました。
『うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!』
ん?なんだか黒い冠が砕けた瞬間に、もの凄い悲鳴が頭に響きました。アマゴロツネ王さまの声じゃないです。
「む、どうも今しがた付喪神が消滅したようですね」
「ええっ!?ではあの黒い冠に付喪神さまが居たのですか」
「はい、私には戦況が見えていませんが、今壊れたのが黒い冠でしたらそうでしょう。付喪神にもよりますが、その神体が無くなれば存在ごと消えてしまう者もおります。今のはまさに断末魔の叫びだったのでしょう」
グリナス王太子さまとカスケさんが、勝負ありの合図で手を挙げます。
「勝負あり!勝者はハクリュウ国臨時近衛兵キク殿!」
ハクリュウの近衛兵から一斉に歓声があがります。意外にガザさんはじめ、コクロウの皆さんは落ち着いており、カスケさんとカツエさんに至っては少し喜んでいるようにすら見えました。
死んだようにピクリとも動かなかったアマゴロツネ王さまでしたが、しばらくするとゆっくりと起き上がり頭を軽く振りながらため息を一つ。
「むぅ・・・この俺が完敗か。こっちは殺す気満々だったというのに手も足も出ぬとは」
「最後の一撃はわたしも打てる限りの必殺の一撃でしたが、よく受けきられました。さすがはコクロウの王です」
「よせ、もう俺は王でもなんでもない。キク殿、そなたとは鍛え直して再戦したいところだが、この身はグリマーニア王に委ねる。そなたの腕も本黒木の刀も見事であった。冠も壊れてしまったし、俺にはもう何も残っておらん」
なんだか敗れた後のアマゴロツネ王さまは、最初の印象とは異なり、とてもさっぱりとした受け応えです。なんだかこの方も憑き物か何かが落ちたような。
両国の命運を賭けた一騎打ちが終わり、会談会場はそのまま戦後処理会場になりました。これによりこの日の夕刻にはコクロウの国はハクリュウの国の一部となり、この世界に一大王国が生まれる事になりました。




