神様むかえました
集会場での一件から馬車を飛ばして、コクロウの国との会談会場に向かうグリマーニア王一行。馬車の中ははほぼ満員。王さまと王太子さま、王姫さま、鏡さま、キクさんに私の6人が乗っています。竜宮ちゃんとミミちゃんは、馬車の定員の都合でシマ組の皆さんと首都リュウズでお留守番です。ガンスさんとセバスさんが王さまと同行の予定でしたが、国境付近のコクロウの動きが活発とのことで国境警備に向かい、鏡さまとキクさんと私が急遽同行することとなりました。
なんだか4人乗りの観覧車に6人が乗ったような感じで鮨詰め状態です。荒れた道を走る馬車が大きく跳ね、一同天井に頭を打ち苦笑します。
「カガミツクモ様、カサネ殿、おかげで国内を落ち着かせることができました。このグリマーニア心より感謝いたします」
グリマーニア王は正面に座る鏡さまの手を取り、額に押し当てます。キクさんによると、この世界では最上級の感謝を表す行為だそうです。
「いえいえ、それよりも先ほどはすみません。コクロウとの会談に遅れないようにと急いでいたので、つい念話に圧を込めて皆さんを威圧してしまいました」
はい、あれはちょっと怖かったです。いつもは温和な鏡さまも、怖い一面があるのですね。
「初めてカガミツクモ様の念話を聞いた時は驚きました。床で寝ているところに、頭の中に何度も誰かの声が聞こえてくるので、心労で頭がどうかしてしまったのかと心配になったものです」
「グリマーニア王の寝所に潜入できたのは、サイ殿・・・この国ではジサイ殿と言った方が良いですね。彼が首都内部や王城に詳しかったおかげです」
首都リュウズに到着初日の夜、ジサイ殿に導いていただき、王家の非常用脱出路の出口から逆に王城に潜入しました。
王城潜入後は、皆は普段使われていない近衛兵倉庫に潜み、鏡さまは御神体の鏡に移り、サイさんと私の2人が王さまの寝所の天井裏に潜入し、鏡さまの念話にて事情説明をして何とか理解していただきました。
途中で近衛兵の皆さんを呼ばれそうになり、慌てて御神体を落としそうになったのは内緒です。
「当初の累殿の計画では、なんとかしてグリマーニア王と接触し、吾の念話で事の子細を知らせ、王と共に副王を監視し、副王の真意を読むのが目的でした」
「しかしその念話で今回のような無茶もできたというものです。いやまさに神の御技です」
「この世界の神としてはまだ未熟ゆえに、吾の念話は相手が見える範囲で声が届く距離でないと伝わらないのが残念ではあります」
当初の予定通り、グリマーニア王に状況を説明し、兄王派である大臣の皆さんとも密かに会談を開いた。さらに副王さまのここ数年の動きを精査し、守備兵の買収や城壁各所に仕込んだ白旗などを発見。
王さまを始め、多くの重鎮が首都を離れことになるこの日に、きっと副王派が行動に出ると読み、今回計画した作戦が実行できました。シマ組襲撃の件もあったので、読み違えて失敗していたら事態は複雑になってしまったと思いますが、ともあれここまでは順調にきました。
「国を興して早20年。ハクリュウには民を導ける人材がまだ足りておらぬ。余が頼みやすかった事もあり、弟にあれもこれもと背負わせてしまい申し訳ない事をした」
「でも先ほど見たグラフールさまのお顔は、憑き物が落ちたようでしたね。寂しそうでしたが、お優しい顔をされていました」
「俺は・・・おっと田舎者にて粗野で失礼。彼の部下だったジョスとグスタが焚き付けていたと思います。肝心の連中には逃げられちまいまして申し訳ないです。思っていた以上に手練れのようで」
キクさんが難しい顔をして肩をすくめると、グリナス王太子さまもため息交じりに残念がります。
「それでもキク殿は、ジョスもグスタも石壁の南門通用口を抜けられるまでの動きを捕捉して追跡していたのですから凄いです。私と精鋭の近衛兵達は、捕縛のためにずっと注視していたのですが、いつ叔父の背後から移動したのかすら分かりませんでした」
二人には逃げられましたが、グラフール副王さまによるクーデターは、こうして未遂で芽を摘むことができました。
「内患はこれで当面落ち着くであろう。問題は明日のコクロウとの会談だ。国力差があるハクリュウに対して、未だに強気な姿勢で来るコクロウの真意が読めない。何か秘策や秘密兵器でもあるのであろうか」
グリマーニア王さまにはコクロウの真意がまだ読めないでいるようです。王さまの隣に座り、両手で水晶玉を持っているガブリル王女さまがポツリと呟きました。
「あの、わたしはこの母の形見の水晶玉とよく語り合うのですが、水晶玉はずっとコクロウには暗い闇が潜んでいると教えてくれていました」
ガブリル王女さまは、鏡さまにそっと水晶玉を差し出されました。
「わたしが水晶玉とお話をしている事は、父王と兄上にしか伝えていませんでしたが、カガミツクモ様の存在を知ってからは、水晶玉に何かが宿っているのではないかと思いまして・・・」
鏡さまは、差し出された水晶玉を懐かしむように眺めて頷きました。
「確かに、この水晶玉には、まだ若いですが付喪神が宿っていますね。吾も二千年前は、このような付喪神でしたので、とても懐かしく思います」
ガブリル王女さまは、それを聞いてにっこり笑い、水晶玉を優しく両手で包みます。
「ああ、ではこの子は小さな神様なのですね。嬉しいです」
「ガブリル殿には巫女としての力を強く感じられます。前の水晶玉の持ち主であった母君もそうなのでしょう。水晶玉の若い付喪神からも、秘めた力を感じます」
「はい、母上も昔からこの水晶玉に話しかけているのを見ました」
「力の強い付喪神は多くの年月と多くの信仰者によって生まれる神なのですが、この子はガブリル殿を守りたいという母君の強い想いに応えて生まれた、優しい子なのでしょうね・・・」
母の強い想いから生まれたというお話を聞いて、甥の翼にできた初孫の畔ちゃんの事を思い出しました。畔ちゃんはそれはもう珠のように可愛らしい子なのですよ!
「あらあら、ガブリル王女さまの水晶玉さんが何だかとても可愛いらしく思えてきました。よろしければ『珠』ちゃんって呼んでもいいでしょうか」
瞬間、鏡さまが、驚いたようにこちらに振り向きました。
「か、累殿、今のは命名ですぞ!」
「・・・え?今、私何かしちゃいました・・・?」
「・・・ああ、水晶玉にお顔が」
皆がガブリル王女さまの水晶玉を覗き込むと、つぶらな瞳とニッコリ笑った口が水晶に映っています。
「す、水晶玉にお顔が!?」
「顔だね・・・」
「可愛い・・・」
王家の皆さんが驚く中、鏡さまが頭を抱えています。やっぱり私が何かやっちゃったみたいです!
「累殿は吾の巫女となってはおりますが、本来は吾が守護するべき転星者。限りなく神に近い人間なのです。吾もミミ殿の時に気づいたのですが、累殿が親愛の思いを込めて名を贈ると、対象者の能力が格段にあがるようです」
な、何ですかその話!?初めて聞くんですけれども。閻魔さまにも聞いたことが・・・あ、聞かないとあの方はあまり教えてくれない神様でした。
「すみません。このところの慌ただしさで、お伝えするのを忘れていました」
「ええと、それではガブリル王女さまと母上さまが育てた、水晶の付喪神さんに、私の何気ない一言が命名になってしまったという事に・・・」
「因みに薙刀のクロくんも恐ろしく強くなってます」
「ええと、閻魔さまには可愛がってくれって言われたので・・・」
「そうですね。でも名前までつけて可愛がるとは、お思いにはならなかったと思います」
気まずいです。親子で育んだ大切な付喪神さんになんていう事を!申し訳なくてガブリル王女さまのお顔を見られません。
「ええと・・・なんだかすみません」
「吾も累殿に伝えてなかったので・・・すみません」
しょぼんと項垂れるふたりに、ガブリル王女さまは静かに首を振り、嬉しそうに微笑みかけてくれました。
「そんな、謝っていただくことは何もありません。見てください、タマちゃんも嬉しそうです」
水晶玉に映る顔はとても嬉しそうにニコニコしています。
タマちゃんの笑顔につられるように皆が微笑む中、鏡さまだけが、何かを案ずるような難しいお顔をされていたのが気になりました。
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そんな様子を今回も閻魔天が閻魔帳で伺っている。横には綿津見神と、その使いも居る。
「・・・累ちゃんのネーミングセンスは相変わらずだな」
「・・・何と言いましょうか・・・しかし我々ももう少し説明をして差し上げた方がよかったですね。鏡殿の神格が上がるにつれて増える累殿の能力についても。しかしここまではなかなか順調なのではないでしょうか」
「それよりも気になるのがコクロウの持つ力よ。閻魔天はどう見ておる?」
「どうもこうも居るんじゃねぇのか?綿津見、おめぇが最近仕留め損なった邪神マーラデモンの一派か、もしくは奴本体かもな」
「いや、マーラデモンは人などに靡かぬ」
「わからんぜ、おめぇにヤられて弱ってるから、ってのもあるかもだぜ」
「・・・いや、それでも奴本体というのは無いだろう。あと気がかりなのは、瑞樹殿のいる星の付喪神は思った以上に力が強そうな事だ。鏡殿も気づかれているようだが」
「だろうな。とりあえず珠ちゃんの潜在能力は凄いぜ。累ちゃんの命名で、やたら力が伸びたしな」
「これは最後の神使を早く仕上げねば、厄介な事になるやもしれぬ・・・閻魔天、私はこれで・・・」
いそいそと歩いてゆく綿津見神と神使を見送る閻魔天。
「はー大丈夫かねぇ。綿津見の奴が仕留め損なった相手だと厄介だな。鏡の奴が順調に神格を上げていけば安心なんだろうがなぁ。俺はこれ以上は関われねぇしなぁ・・・」




