ハクリュウの王
民衆のざわめきが収まらない。グスタ子飼いの守備兵達が叫ぶ新王誕生の言祝ぎに呼応する民衆が思いの他少ない。・・・いや、少ないどころか、ほとんど居ない。
「グリマーニア王が民を見捨てる事などするかのう?」
「グラフール副王?あのいろいろ強引な人だろ?」
「うちの集落へ服従か死かと迫ったのは副王だ。そんなのが王なんていやなこった!」
「国が豊かになったのは副王のおかげと言われているが、ホントかねぇ」
余は、民に好かれているとは思ってはいなかったが、ここまでとは。誰のおかげでここまでこの国が発展できたと思っているのだろうか?
やはり民と共に栄えるなどという、兄王の生ぬるい理想など幻想でまやかしではないか。力で支配してこその統治。この場はジョスとグスタに民を力ずくで抑えさせる。
「後ろに控えておるな、ジョス、グスタ。・・・やれ!」
自分たちでは何もできぬ民なぞ、力で抑えてしまえば後でなんとでもなる。ジョスとグスタが最後の手段である武力鎮圧の指示の狼煙をあげようとした瞬間。頭の中に直接男の声が聞こえてきた。
『みなさん、お静かに。後ろにご注目ください』
突然頭の中に聞こえた声は、この場に居る皆に聞こえたようで、一斉に後ろを振り向き静まり返る民衆と兵達。その民の先にはグリマーニア兄王が立っている。何故だ!?馬車で会談場に向かったはずでは?
「グラフールよ、これでわかったか?人と人は真摯に向き合わなければ、誰も着いてはこない」
大きな声ではないが、太く低い声が集会場に響き、民がざわめきながらも王の登場に沸く。
「おお!グリマーニア王!」
「やはり王は国を、我らを想われるお方じゃ!」
「グリマーニア王!万歳!」
何故、兄王がここに居るのか?さっきの頭に響いた声は何なのか?事態がよく飲み込めないが、この際、王もまとめて捕らえてしまえば良いだけのこと。ジョスとグスタに制圧の指令を指示し狼煙をあげさせる。
「兄よ!兄のやりかたでは何年経ってもコクロウには勝てぬ!国は栄えぬ!余がこの国を導かねば、真の安寧は得られぬわ!」
立ち昇る合図の狼煙。さあ、兵ども、かかれ!
この合図で民衆に紛れた余の私兵が手近な民を武器で脅す。逆らえば切り捨てるだろう。石壁に配備された守備兵は弓を構え威嚇する手筈。余も民にここまでしたくはなかったが、致し方ない。
私兵が外套を翻し潜めた武器で住民につかみかかる。守備兵は石壁の上に一斉に立ち上がり、広場に向け弓を構える。各所で悲鳴があがり、広場全体を恐怖が支配しはじめる。
「よし、そのままこのリュウズを制圧するぞ!兄も取り押さえよ!」
手筈通り事が運んだように見えたが、近衛兵が民衆に紛れた私兵を取り押さえている。
「む!?一体何が起きている」
石壁の上でも同じく守備兵が近衛兵に取り抑えられ、離れた場所には弓兵が狙いを定めて威嚇されていれる。その様子を見て民衆がざわめき出し、一部で混乱により騒ぎが起き出した。収集がつかなくなりはじめた時、再び頭の中に直接声が聞こえてきた。
『みなさん、落ち着いてください。誰にも危害は加えさせません。まずは落ち着いて、王の声を聞いてください』
逆に民衆が混乱して騒ぎ出す。さっきからこの声はなんだ?誰の声だ?どうして頭の中に声がする?おまけに武器を構えて近衛兵が守備兵を制圧するという状況にパニック寸前の様相を呈してきた・・・すると、頭の中に声が一際低く響く。
『 お し ず か に 』
声は優しいままだが、有無も言わせぬ圧を感じる。首筋に冷や汗が流れ、鳥肌が立つ。気がつけば集会場全体が水を打ったように静まり返っている。民衆は目を見開いたまま、ゆっくりと王に向き直る。
「今の声はこの世界を支える神、カガミツクモ様。神は我らと共にあり、我らを支えてくださる」
神だと!?兄王にそんな支えが存在するだと!?
「副王グラフールは、力により性急な支配を進めたが、余にも副王に国の発展を急がせた責がある」
「王よ!我らの暮らしをお支えくださっている事、感謝しておりますぞ!」
「そうじゃ!わしは一度は奴隷にされたが、王に解放されたんじゃ!」
「息子が戦で亡くなった後も、お支えくださりありがとうございます!」
何だって?
捕虜などを生産奴隷にしてきたが、頻繁に奴隷の行方がわからなくなっていたのは王の手配だったのか!?占領集落の補償費や兵の遺族年金は国の発展への費用の枷になるため、余は拒否し支払いはしなかったはず。なのにそれを兄王は王室予算から独自に補償に充てていたと言うのか!?
「ハクリュウの国、首都リュウズの民よ。あまり知られておらぬが、この街の発展はグラフールの力によるものも多い。今日の事は余とグラフールの行き違いによるものである。余が弟としっかり向き合えて居なかったから起きてしまった事だ。よってこの件は余に預けてほしい。そして余もグラフールも、この国の発展に一層尽力しようぞ。今はコクロウとの和議を済ませ、後日改めて触れを出す。これからも皆の力を余に預けてほしい」
兄王はマントを翻して馬車に飛び乗り、会談会場へ駆け出した。万雷の拍手が起こり、王を送りだす。
「グリマーニア王!万歳!」
「ハクリュウの国!万歳!」
・・・これが国を・・・民を導く王ということなのか?グリマーニア兄王。誰一人こちらを向かず、思い思いに王を見送る民。
呆然と立ち尽くす余に、歩み寄る男がいた。2年前に罷免した元守備兵長のジサイだ。
「グラフール様、王の命により貴殿を軟禁いたします。ご同行ください」
「・・・ジサイか、久しいな。まさかそなたも兄王についていたとは。首都リュウズを知り尽くしておるそなたがいれば、潜入も潜伏も容易であったろうな」
「ありがとうございますグラフール様。しかし離れていた2年のリュウズの発展も目覚ましく、さすがはグラフール様と色々驚きました。それと、私も今は元の名、サイを名乗っております」
気がつけば、ジョスもグスタも消えていた。なんとも余には人望の無いことよ。
「そういえば、シマ組には殲滅に精鋭を向かわせておる。シマ殿はそなたの友であったな。助けに行かずともよいのか?」
「兵は何人向かわせました?」
「守備兵の精鋭500人だ」
「でしたら大丈夫でしょう。我々の想定では1000人まで対応は可能の準備をしました」
「シマ組は30人にも満たぬのにか?」
「今シマ組に居るのは、シマどん・・・シマ殿含めて17人ですが、大丈夫でしょう」
「なんと・・・皆シマ組を恐れる訳だな・・・」
民の歓声を背に、余・・・いや、私はうなだれつつ牢獄へと向かった。
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一方グリナス王太子の使者の制止を振り切り、シマ組に攻め入った守備兵の精鋭500人は悪夢のような事態に陥っていた。
まず集落周辺に近寄るまでに100人以上が、雪に隠された巧妙な落とし穴に落ちた。助けようと近寄る兵も、ことごとく落ちた。罠の周囲に重点的に罠が仕掛けてあり、救助は困難と判断。穴に落ちた兵は一旦見捨てて、罠から逃れられた300人程が改めて集落に攻め寄る。まだ戦力差は10倍以上ある。鬨の声を挙げ、一気呵成に攻めかかる。
攻めながらも雪に埋もれた落とし穴を気にしていた兵が、木の上から放たれるシマ組の鳥黐付きの捕縛網に絡め取られて行動不能になる。
今度は上にも注意をすると、おろそかになった足元の雪中に仕込まれた落とし穴にことごとく落ちた。シマ組を見渡せる高台、物陰や死角など、なんともいやらしい場所にことごとく罠があった。鳴子や大木の振り子が襲う罠、足くくりの罠など、集落周辺はどこも罠だらけだ。
執拗な罠の連続に、いい大人が泣きべそかきながらも集落の中に入れたのは30人程度。その30人も、笑顔で出迎えたシマ1人に、10分も経たずに打ちのめされた。シマ以外のシマ組16人は捕縛網を投げた以外は、捕まえた兵の捕縛と収容で大忙しだった。




