門前の黒狼、後門の弟
今回もグラフール副王の視点となります。
いよいよ明日は兄王が近衛兵を連れて、国境付近で開かれるコクロウとの会談へ出立する。この会談を失敗するとハクリュウとコクロウの間で大きな戦争になることは間違いない。大きな争いを避けたがる兄王は威信をかけて会談に臨むため、今日の会議はその辺りの話の確認もあるであろう。ハクリュウ国の首都リュウズの王宮会議室ではこの先の指針を確認すべく主だった者が集められている。
王座にグリマーニア王。事態が事態だけに今日は顔色が悪い。
王太子のグリナス王子に今日は妹君のガブリル王女も出席している。この3人が正面に座している。
向かって右手に軍務、経済大臣を兼ねる副王である余。余の腹心で軍務、経済副大臣のジョス。ジョスの懐刀グスタ守備兵長。
左手に近衛兵長と外交大臣を兼ねるガンス。王子王女の教育係を兼ねる内務大臣のセバス。生産大臣プラン。治安大臣ランス。
以上10人が今のハクリュウの国を動かしている。とは言え、実際は兄王と余の2人が大筋を示し、その他8人はそれを追認する程度であるが。
「では、本日の王国議会を執り行います。進行は私ガンスが王に代わり進めます」
会議では現在のハクリュウとコクロウの軍備や国力、情勢や経済についての細かい説明がガンスよりされた。ほぼ両国が緊張状態に入ってから2年経つが大きな変化はない。国力としてはハクリュウが3に対してコクロウは2。なぜあのような強気な交渉を持ちかけるのかが謎なほど、コクロウに強みは無い。
「・・・報告は以上です。ああ、それとグスタ守備兵長、昨日より首都リュウズ守備兵の精鋭500人が、どこぞに遠征に向かったと聞きましたが?この大事な時期に不用意では」
くっ、軍務から切り離してあるとはいえ、さすが近衛兵長を兼ねるガンス。耳が早い。グスタは涼しい顔で切り返す。
「ガンス殿はよくご存知で。実はシマ組で内乱が起きましてな。鎮圧に兵を差し向けた次第です」
「それにしても30人にも満たない集落に精鋭500人とは、いささか大仰ではないかね?小隊にも満たぬ相手に大隊規模の遠征ではないか。明日の会談に向けて、国境付近にコクロウの兵が一万近く寄せて来ている今、一兵たりとも無駄にはできぬのでは?」
「ではなぜ2年前まで配下の者に任せず、大臣たるガンス殿がわざわざ30人にも満たない集落に直接向かい、貢ぎ物の徴収をされていたのかな?私はそれに習い、慎重を期したまでのこと」
「む、それは・・・しかし500人も精鋭が向かうとなると、鎮圧と言うより殲滅が目的ではないのか?」
「この際です。後顧の憂いを断つため、滅ぼしましょう」
会議の場が騒つく。シマ組について余はあまり詳しくないが、やたら兄王とガンス近衛兵長、ジョス等の評価が高い。守備・近衛兵総勢2万以上を誇るハクリュウ軍がその気になれば、一瞬で飲み込める規模だというのに、シマ組の事となると、異常なほどに慎重になる者が多く嘆かわしい。
と、ここで兄王が重い口を開いた。
「グラフールよ。そなたが副王になる際に話したはずだ。余はこの国を立国した際に、合流こそしてくれなかったが、助力してもらったシマ殿には恩がある。その恩に報いるため、シマ殿の集落をシマ組と称し、保護すると念書をしたためた。2年前にも先代守備兵長のジサイに討伐令を出した時に改めて言い含めたはず。シマ組に余計な手出しは無用。なぜそれがわからぬ」
「お言葉ですが兄王。我が国に属さぬ上に、首都に比較的近い立地にある独立勢力であるシマ組は、放置するべきではありません。人に例えるなら、体の重要器官に宿痾を宿したまま放置することと同じですぞ」
「そなたは、まだそのような・・・余がコクロウとも無闇に戦わず、共生の道を探っておる事にも反対であったな。なぜそなたは国民や話す相手を見ようとせず力による解決を急ぐのだ?」
「我が国とコクロウとの国力差は3対2。今回あちらより無配慮な降伏宣告を告げて来ました。非は無礼なあちらにあります。なぜ兄王こそこの機に討ち果たそうとされぬのですか」
最近は兄王と話すと、いつもこのような感じになってしまう。確かに手段は若干強引ではあるが、成果を出し続ける余に対して僻んでいるのではないかと思う。
「父上、叔父上、この話はまた後日にしましょう。シマ組の件は近衛兵より1名伝令を走らせます。内紛は仲裁として今回は収めさせましょう。皆さまよろしいですね」
グリナス・・・余にまで意見するとは、王太子として一人前にでもなったつもりか?しかし今は争っても利はない。重い空気が包む中、ジョスとグスタが話を進めた。
「そ、そうじゃ、あと気になる報告が。会談会場から離れた国境付近に複数のコクロウ兵を見たという報告がありましたぞ」
「お、おう。我が守備兵が北と南に大隊規模で確認した」
不意の報告に大臣達が慌てる。
「なんと!まだコクロウがそのような兵を出せるとは・・・王の会談中に奇襲もありえますな」
「ガンス殿、我ら守備隊は首都防衛と集落防衛に手一杯で、その他の防衛にこれ以上兵員は割けませぬ。近衛兵での牽制をお願いできますかな」
「むむむ、我ら近衛兵も王に従い赴くのは会場に二千人と周囲警戒に千人。これ以上割くのも厳しい。すまぬがプラン殿、ランス殿、私兵を率い北と南の大隊に遊撃隊として備えてくだされ。首都常駐の近衛兵よりそれぞれ中隊を派遣します」
「うむ、この非常時じゃ。任されよう」
「おう、久々に剣を持ちましょうぞ」
これは好都合。兄王派の大臣二人も首都から離れてくれるとは。シマ組討伐のおかげで、おもいがけず事態は好転したというものだ。
「しかしこれで近習する近衛兵がかなり減りましたな。このセバスも王太子と王女の守護に就きましょう。ガンス殿は王の身を任せましたぞ」
「うむ。王の安全は任されよ」
一番に余を疎んじるセバスまで首都を離れてくれるというのか?気味悪いほどの好機ではないか。・・・少しおかしい。何か図られてはいまいな?・・・ふ、誰が何を図るというのだ。万一に事が失敗しても、まだ打つ手はある。
「ううむ。思っていたよりコクロウは色々仕掛けて来るではないか。しかし明日の会談では今までの方針通りでゆく!明確にコクロウとの国境線を引き、互いに益を見込める商業協定などを結べるよう余は力を尽くす所存だ。皆もそのつもりで今は自重せよ!本日の王国議会はこれまで!」
「ははっ!」
出席者は席を立ち拳を胸にあてグリマーニア王に敬礼する。王はゆっくりと立ち上がり深く頷く。
「では、兄王、くれぐれもお気をつけくだされ。リュウズは余にお任せください」
「うむ。では皆の者、抜かりなくな!」
慌ただしく皆が持ち場に向かう。余も準備をせねばな、抜かりなくな。
「ジョス、グスタ、手はず通りだ」
「ははっ、副王・・・いや、新王グラフール様!」
昼過ぎに大臣が各々兵を率いて首都から離れていく。王を乗せた馬車は首都の民に盛大に見送られ、先ほど発った。見送る民衆も、王はただ話し合いに行くだけなのに、何を盛大に盛り上がっているのやら。
「よし、首都の民衆を中央広場に集めよ。国民集会だ。そこで余の即位宣言だ」
「ははっ」
「ついにこの時がきましたな」
首都に残る命令系統は余とジョスとグスタのみ。他の大臣が残った際は、副王の名で国民緊急招集会をかけようと思ったが、邪魔者は居ない。国民集会のお触れが街を駆ける。つい先ほど王を見送った民は、今度は何事だろうと不思議そうな面持ちが多い。
夕刻前、まだ陽は明るいうちに中央広場に3万人程があつまった。兵を除く首都の成人人口の半分程だ。
「よし、演説前の銅鑼を鳴らせ」
演説の始まる合図の銅鑼が鳴り響く。ざわつく民衆が水を打ったように静かになる。その静粛の中、余は登壇し声を張り上げた。
「リュウズの民よ!余は副王グラフール!国民よ聞け!此度の王の会談は偽りぞ!王は勝てる戦も戦おうとせぬ!余はいつまでも戦おうとせぬ王を調べた!その結果、王はこの国をコクロウに売るつもりであるぞ!首都の石壁を見よ!降伏の証である白地の三角旗が隠し用意されておるぞ!そして王がコクロウに取り入る密書もここにある!だが、余はこの国を見捨てぬ!戦い抜くぞ!皆、余に着いてくるがよい!」
静寂の後、ざわつきだす民衆。余は予め用意した偽の密書を広げ、高く掲げ示す。グスタ子飼いの守備兵は、石壁に沿いグスタによって用意された白地の三角旗を掲げる。集まった民衆の中に紛れさせたグスタ子飼いの守備兵達が大声で叫ぶ。
「我らの王はグラフール様だ!グラフール王!」
「おお!グラフール王!グラフール王の誕生に万歳!」
よし、計画通り!民はざわめき、まだ戸惑っているようだが、いずれ群集心理で大きな声の流れに流され落ち着くであろう。このまま首都を抑え、兄王一派を締め出し、一気にこの国を獲る。




