闇の中、雪と舞う
集落を囲う柵から突然に燃え上がった炎はあっという間に燃え広がりました。シマさんに三馬鹿と呼ばれていた三人が、念入りに集落の入り口にも木材を積んだようで、シマ組の人々の逃げ場を無くしてしまいした。柵に無駄に多く打ち込まれた杭と、無造作に置かれていた木材が、まるで計算されていたように炎の壁を厚くしています。
「シマどん、油のような匂いもしてきたぞ!」
「この燃え方はおかしい、これでは柵が火の檻だ」
「ハクリュウ国の奴らが、補修とか吐かして柵と木材に何か仕掛けやがったんだ!」
「と、ともかく早く火を消すのじゃ」
「ダメだ!消そうにも柵の中は雪かきしたばっかで雪が無い!水も飲料分しかない上に三馬鹿が念入りに樽も甕も打ち壊していきやがった!」
飛び交う怒号を聞きながら、昼間に見た柵の補強の各所がキャンプファイヤーでよく組む井桁型だったのを思い出しました。どうりで使われている木材の量の割にスカスカ感があった訳です。しかも火は徐々に無造作に置かれていた木材を伝い、家にも迫ってきています。
「これは最初からシマ組全体を焼き尽くす計画で準備されていたということかしら・・・なんとかしたいけど、私も竜宮ちゃんも[火の操者]だから消火に向かない。山火事とかなら迎え火などを使って消すとかもできそうですが・・・」
私としたことが先ほどまでの宴で少々お酒を飲みすぎてしまい、頭がぼおっとしています。しかも周囲はこの熱量です。頭がガンガン痛くなって、うまく考えがまとまりません。
「みず・・・累殿〜どうされました?」
ああ、そうです![水の操者]がここに居るじゃありませんか!
「鏡さま!柵が燃えて火事になっています!水の御技でこの火の消火をお願いします・・・あら?」
よく見ると鏡さまは、私以上にベロンベロンです。酒瓶片手に千鳥足で表に出てきました。誰ですか!こんなに飲ませちゃったのは!あと神様もこんなに酔っ払っちゃうんですかーーー!?
「か、鏡さま、大丈夫ですか?すごくお酒に酔われてません?」
「大丈夫、だいじょーぶ。吾は酔ってなんかいま〜せんよヒック」
あらあら、酔ってる人はだいたいみんなそう言います。古典的なしゃっくりまでしているじゃないですか。
「いやぁ、念願のお魚は美味しかったですよヒック。なんせこの辺のお魚さんはもう採り尽くされてますから、食べたのは干物の炙り焼きでしたが、これがまたお酒にあうったら・・・」
「い、今はそれどころでは・・・と、とにかく水の御技で消火をお願いします!」
「お任せあれー・・・と・・・言いたいところなのですが・・・シマ殿!」
少し緩んでいたお顔が緊まり、慌てているシマさんの方向に向き直り・・・やっぱり酔ってます。シマさんと反対側向いています。目が見えなくても先ほどまでは気配できちんと話す相手の正面を向けていたのですが。
「は、はいですじゃ!」
「吾の放つ水の御技は、水が全て塩水になって放たれます。ここで放つと農耕などに支障が出かねないのですが・・・ヒック」
「な、なんと塩水ですか?しかしこのままでは皆も無事では済みますまい。畑のことはひとまずおいて、消火をお願いいたします!」
「お任せあれー・・・では吾を中心に巨大な鉄砲水が流れます。流されないようご注意を、豪水波いきますよーーー」
酔っているわりに分析は冷静だと関心しつつも、まとまった水流はちょっとまずいかもと思いました。急激な温度上昇で火災旋風もおきつつある今、触れ方によっては水は危険です。
「鏡さま!ちょっとお待ちを!火の勢いが強く、燃焼温度が高そうなので、大量の水が熱と一度に触れると水蒸気爆発が起こる可能性もあります!大雨のように放てますか?」
「おお、なるほどわかりました。では滝のような雨として降る水瀑布いきますよーーーヒック」
鏡さまは両手を天にかざし、くるりと回りました。すると鏡さまを中心に風が巻き起こり、みるみる黒い雲が上空に立ち昇ります。先ほどまで見えていた明るく輝く星や月はあっという間に見えなくなり、夜の闇が深くなります。そしてすぐに激しい雨が降りだしました。雨に押されて背丈の三倍以上に上がっていた火の勢いは、次第に弱まっていきます。これで一安心です。
鏡さまの御技に気づいたシマ組の皆さんはこの様子を呆然と見ていましたが、やがて歓声があがり手をとりあって喜びはじめました。あ、鏡さまを拝む方もちらほらと。
さすが神様、シマ組集落とその周辺に、ものすごい質量の雨が振り注ぎました。ほぼ鎮火された後に雨は弱まり、やがてチラチラと雪が舞い出しました。ほっと一息つくと、先ほどまでの雨が頬をつたいます。それがふと口にふれ・・・違和感が・・・
「あれ?しょっぱくありません」
どうも塩水ではなく、ちゃんと真水が降っていたようです。鏡さまに聞いてみようと振り向くと、雪の舞う中を笑いながらクルクル踊っています。
うん、これは話しかけてもダメでしょう。なんだか酔った鏡さまはやたら陽気な性格になっているように感じます。
そういえば竜宮ちゃんは?と探してみると、これまた酔っ払って宴会場でミミちゃんに絡んでウトウトしていました。誰ですか!こんなちっちゃな子にお酒飲ませたのは!困り顔のミミちゃんから竜宮ちゃんを引っぺがし、ミミちゃんの背負ってきた荷物から布団と着替えを出し、竜宮ちゃんを布団で寝かします。私はずぶ濡れになった服を着替え、ミミちゃんを連れて被害確認と片付けに向かいました。ふと表を見ると、鏡さまはまだ陽気に雪の中で踊っています。そんな鏡さまを横目に燃えた柵などを調べに向かいます。シマさんたちはずっと暗い中で残り火の確認や燃えかすなどの片付けをしていました。
「おお、カサネ殿、被害を調べましたが食料は半分も残っとらんですじゃ」
「まあ、毎年多めに蓄えてるし、家屋もほぼ無事だから、シマ組の半数くらいはこのまま冬を越せるだろ」
「あの馬鹿どもめ、とんでもない事してくれたわよ」
「いや、あいつらだけでできる事じゃないぜ、そもそも柵に妙なもの仕込んだのは国の連中だ」
焼け残った柵を調べると、補強された杭には全て芯に油のようなものが仕込まれていた跡があり、周囲に置かれていた木材も同様に油に浸されていたものが混ざっていたようです。
「とにかく明日は柵の修繕じゃのう。それと・・・ヒサはいるか?」
「ここにいるぞ。どうしたシマどん」
「ここで一番の健脚はお前じゃ。迷いの森のジサイ殿をお連れしてくれ。悪いが大至急じゃ」
「わかった。任せておけ」
右目に眼帯をし、長い黒髪を背中にまとめた黒ずくめのヒサと呼ばれた男性が、軽やかに駆けて行きました。ヒサさんは私が最初にお会いした6人のうちの一人です。
「キクさん、ヒサさんはどちらに?」
「ああ、ここから東に行った迷いの森に、2年前までハクリュウの国で守備兵長をしていた、ジサイ殿という方が一人で隠居をされているのです。普段から無口な方で、俺は今まであまり話をかわしておりませんが、シマどんとは旧知の仲で、この辺りではハクリュウの国に一番詳しい男です。一度皆で彼の話を聞いて、今後を決めようとシマどんと話していました」
「そのような方がいらしたのですね。でしたら私達もその方から少しでも国の情報を聞いてみたいと思います」
「そうですね。問題を起こした三馬鹿どもは、それなりに力量はあるのです。しかし20年前にまだ子供だった頃に、親がここに残ることを決めたのがずっと気に入らなかったようで、何かと国との関係を持ちたがってましたからね。昨年に国から『指導員』とかいう役職を任されたとか言って、シマ組でシマどんの次に偉いのは自分たちだとか言ってましたから・・・誰も気にもとめませんでしたが」
カラカラと笑いながら、キクさんは手際よく片付けを続けていきました。シマさんとキクさんは腕っ節も強く、手際も鮮やか、指示も的確で早いと感じました。私も、もっと頑張らねば。ミミちゃんと片付けを手伝い、あとは明日と長に案内された客室に戻ってくると、床の上で大の字になり重なって寝ている鏡さまとお布団ごと運ばれた竜宮ちゃんが居ました。
「・・・ミミちゃん、私達も、もう寝ましょう・・・」
「ガフー・・・(ため息っぽい)」
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翌日の朝、鏡さまと竜宮ちゃんは申し訳なさそうに正座をしています。その正面に私とミミちゃんが座っています。なんかこの構図は昨夜に見たような気がします。私と鏡さまが入れ替わっていますが。
「鏡さま、もうおやめください、神様が巫女に正座してあやまるとか変ですよ」
「いいえ、累殿、昨晩はとんだ醜態をお見せしてしまいました。吾は神としてはずかしい」
そう言うと鏡さまは五体投地を始めました。いや、それはむしろ人が鏡さまにする方です!
「いえいえ、本当にもうおやめください。鏡さまのお力でシマ組の皆さんも無事だったのですから」
「いいえ、吾が酔った上に竜宮殿の飲酒にも気づかぬ始末」
「鏡様、拙者これでもリュウグウノツカイとして20年生きたのでずぞ、立派なオトナですぞ」
「綿津見神より授かったその人としての体は、まだ14歳にも満たぬと聞いています。今後はお酒を控えて反省しましょう」
「あうう・・・」
ん?授かった体?
「・・・ああ!そういえば、今は私も17歳の体でした!」
「・・・ガフー・・・」
五体投地して反省する3人を見て、ミミちゃんは一際深いため息をつきました。
お酒は二十歳になってから。異世界でもダメ!絶対!




