多ければいいってものらしい
「この周囲の食料が取り尽くされた件・・・冬になり森は雪に埋もれてしもうたので詳しくは解らんかったんじゃが、やはりもう何もないのですじゃな・・・」
シマさんは苦悩の表情でため息をつきました。キクさんが申し訳なさそうにシマさんに謝ります。
「シマどん、すまねぇ。昨日は神様一行の件で大騒ぎになってきちんと報告できなかったんだが、国のやつら調査と言いながら今年の秋のうちに森の恵みを根こそぎ持って行きやがったんだ」
「アタイ達は止めたんだけど、納屋にぶち込んだあの三馬鹿どもと一緒に、やりたい放題していったんだよ」
「なんか今年はいつも来る役人とは違う奴らばっかりでよぉ。やたら命令してくるんだよ」
どうも食料を取り尽くしたのはこの集落ではないようですが、関わっている事は間違いないようです。
「話せば長くなりますじゃ。事のはじまりは20年程前ですじゃ。南にあった大きな集落が周囲の集落をまとめ上げ、『国』と称して『ハクリュウ』と名乗りはじめましたんじゃ・・・」
シマさんのお話では、ハクリュウの国から建国の際に関わらないかと使者から勧誘があり、50世帯あった半分ほどが『国』という新しい場所に夢を持って移住したそうです。その後、この集落は国に完全につき従わないまでも、友好関係を持ち、いままで共存してきたとの事です。
「でも住んでいた方が一度に半分になられたのは大変ですね」
「そんな事はないさ。こう言っちゃなんだが、移住したやつらは、ここでの生活が苦しかった連中ばかりだ。見ての通りこの辺の冬は厳しい。南はもう少し温暖な気候のようだし、農業も盛んだと聞いている。そりゃあ新しい国とやらに夢をみたくなる者はここを出て行くってもんだ」
「これ、キク・・・しかしまあ、そのような感じではありますじゃ」
「でも友好関係を持たれて、いままで過ごしてこられたのですよね?どうしてその国がこの森を荒らすのでしょうか?」
「それですじゃ。こちらからは、年に一回この森の恵みの一部を献上するくらいじゃった。ところが今年になって突然に他国との戦争になりそうなので、備蓄食料として徴収すると押し寄せて来たんじゃ。
ハクリュウの国王から、ここは国の一部ではないが、長の儂の名をとってシマ組とこの一帯を呼び、国で保護すると念書を書いて寄越しておりましたんじゃが・・・なんじゃったかのう・・・そうそう、念書には国王はグリマーニア王とか書いてあったかのう」
「はっ、見たこともねぇ王様の念書なんかあてになるかよ。しかも国王とはいえ6文字も使うなんざ傲慢だよな。最初から来ていた使者のガンスとかいう男はなかなか強そうだったが」
「今年来たグスタって奴はいけすかなかったね」
「あ、でも神様も6文字でしたよね」
ん?6文字って何でしょうか?
「あのう・・・6文字ってなんの意味があるんでしょうか?」
「ああ、ミズキカサネ殿の事ではないですよ。そりゃ神さまの巫女さんなんだから6文字使ってもバチはあたらんよな。・・・ところで巫女さんって嫁さんの事かな?」
「さあ知らない・・・でも、カガミツクモ様はさすが神様ってお名前だよなぁ」
ん?もしかして名前の文字数の事でしょうか?もしかしてこの星では名前の文字数が位や品格を表しているのでしょうか。
「・・・あれ?神様だから文字数多いんじゃないんですか?あっしらは今は名前に2文字しか使っちゃいかんのですわ。そもそも名前なんて1文字か2文字だったんだけど、ハクリュウの国のお達しで偉くならねぇと文字増やせねぇんだ」
んん?そういえばこの星の文字ってどうなってるの?とグリマーニア王の念書を見ましたが、本文がひらがな、名前がカタカナのような文字で書かれており、漢字という概念はないようです。
「さすが、神使となると大兎熊にも名前があるんだなぁ。ミミって2文字もあるし」
「もうひとりのちびっこ神使ちゃんは4文字ねタツミヤ殿」
あ、今すごく嫌な予感がします。微妙な気配を感じて振り向くと竜宮ちゃんがワナワナと震えています。涙もポロポロこぼしています。え?そんなに?
「鏡様!拙者も6文字にしてくだされーーー!嫁にしてくだされーーーーーー!」
「ははは、竜宮殿の名前は綿津見神より授かった大事なものゆえ、吾が勝手に変えるわけにはいきません。どうもこの星というか、ハクリュウの国には姓名の概念はないようですね」
鏡さま、嫁の部分はさらっと流しましたね。でも文字数で箔をつけるという手段は、わかりやすくもありますね。でも皆さ2文字ばかりだと、ぜったい被っちゃいそうですし、そのうち覚えられないような長ーい名前を名乗る輩が出てきそうではありますが・・・。
「あの、私は瑞樹累と言いますが、個の名前は累ですので、皆さんカサネとお呼びください」
「吾は神体が鏡ですから、吾もカガミと呼んでほしいですね」
「・・・せ、拙者は増やせも減らせもできないのじゃ・・・」
この世界の神様の名前が3文字なのは駄目だとシマ組の皆さんに懇願され、鏡さまはカガミツクモ。竜宮ちゃんはタツミヤ。私はカサネ。ミミちゃんはミミで落ち着くことになりました。
「うむ、これならいいのじゃ!拙者は鏡九十九様の第一の従者にして神使、竜宮なり!」
竜宮ちゃんは大満足のようです。鏡さまはちょっと困った顔をしていましたが、皆さんに向き直り、ひとつ咳払いをしてお話をはじめました。
「皆さんに覚えておいていただきたい事があります。吾は神ですが、この世界を支配するつもりなどはありません。みず・・・累殿と竜宮殿、ミミ殿と一緒に皆さんを含めた人々を見守り、時には導く存在だと考えていただきたい」
「なんと、しかし導いてくださるのであれば、長として我らを率いてくださるのと同じことなのでは?」
「吾はまだ神として大きな力を振るう事はできません。修練をしている最中なのです。この星・・・いや今は世界と言った方がわかりやすいかな?この世界に住むすべての者達より、吾は諍いや争い、戦争をなくすのが目的なのです」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ンックシ!」
「む?王様、今夜の暖では冷えましたか?それともお風邪でも召されましたか?」
「む、セバスよ心配は無用ぞ。誰ぞに貶されたのかもしれぬな」
「ご冗談を。不意のくしゃみは悪評などという話は、近頃の街の者達の流行り迷信でございます」
「ふむ、しかし今の余の力では、国を安んじるにはまだ足りぬからな」
ここはハクリュウの国、首都リュウズの中心にある王宮の王専用執務室。時刻はもうじき真夜中になる深夜であるが、王はセバスと二人で書類の山に向き合っていた。大臣でもあるセバスは、建国以来王と苦楽を共にした仲でもある。グリマーニア王は齢55、セバス大臣は58になる。王の側仕えでもあるセバスは王室侍女に湯を運ばせ茶を淹れる。
「そなた達はもう下がりなさい、夜遅くまでご苦労です」
「ありがとうございます。グリマーニア王さま、セバス大臣さま、失礼いたします」
咳払いをひとつし、グリマーニア王は目前に積まれた木管と紙束の山を改めて一瞥する。ここに置かれた全てが王の確認と認可が必要な書類の山である。
「大臣の皆のおかげでこれくらいで済んではおるが、今日はまた一段と多いの」
「ハクリュウの国も大きくなりましたゆえ、減るどころか増える一方となり、申し訳ございません」
建国より20余年、確かに国は大きくなり人材も増え育っているが、まだまだ足りてはいない。ハクリュウは軍事や経済だけでなく、教育や治安、衛生医療など国の基盤づくりを怠らず、特に首都リュウズは文化的な街として成長著しいと国外に知られていた。
しかし、昨年より近隣の大国、コクロウより執拗に攻め込まれ、国境付近は常に緊張状態であった。グリマーニア王はその対処と国交交渉などに日々追われている。
「じき国を支える地方の教育、医療の人材確保にまで目処がつくと思ったとたんにコクロウに狙われた様なかたちになったの」
「はい、皮肉なものです。しかしながら、それだけ魅力のある国となった、と思うべきでしょうか」
「ふむ、まさに皮肉だの」
二人は苦笑して再び書類に向かう。 書類は国の成長とともに紙による物も増えたが、まだまだ地方からの書類は木管なども多く、とにかくかさばる。国王はじめ、文官や大臣はこの書類の山との格闘である。
「近頃あまり話をしておらぬが、グラフールも忙しいかろう」
「・・・はい、この城では副王様の部屋の明かりが最後まで消えぬと評判です」
「であろうな。煩雑な経済はここ数年グラフールに任せきりだ。此度のコクロウとの諍いが収まるまではどうにもならぬ」
国王の弟であるグラフールは副王として軍事と商業を一任して10年。少々強引な面も否めないが、大きな成果を挙げ続けている。いや、良くも悪くも大きすぎると言える。特に制圧した集落の民を生産奴隷のように使役しし、奴隷制度に嫌悪を抱く王と意見が噛み合わなくなってきていた。
「・・・王よ、これは大臣としてでも従者としてでもなく、古い友人として聞いてくだされ、近頃の副王様は・・・」
セバスは真剣な眼差しでグリマーニア王を見る。王はセバスの真剣な声色が気になり、書類から視線をセバスに向け居住いを正す。
「・・・副王様の部屋の明かりが消えた後も妙な人の出入りが認められます。政務は万事こなされていますが、何やら良からぬ噂も耳にいたします」
「・・・グラフールもついに身を固める気にでもなったのかの」
「王よ、そのご冗談は笑えませぬ」
「・・・すまぬ」
望外に大きく成長したハクリュウ国。その成長による歪みも起き始めていた。特に近頃は副王に二心ありの噂も王宮内の一部で囁かれ始めている。セバスの心配はまさにそれであった。
「余はグラフールを信じておる。まず今はこの国難を乗り切ることに専念させて欲しい。・・・まぁ奴隷は余が勝手に解放してしまうがな」
「・・・わかりました。とにかくご用心いただきたい」
二人は再び書類の山に向き直り政務を続けた。
(まさに今の余の力では、国を安んじるにはまだ足りぬな)




