神という名の抑止力
集落の見える高台に仮装住居を広げて、囲炉裏のある居間に一柱と二人と一頭がいます。
私と竜宮ちゃんは正座をしています。その正面に鏡さまとミミちゃんが座っています。ミミちゃんは座ってもおっきいです。鏡さまはとても困った顔で腕組みをしています。
部屋の空気はとても重たいです。
「さて、まずは竜宮殿、そなたは閻魔天殿のもとで[火の操者]の御技と、戦闘技術全般を学んでいたはずです。吾の出立前に閻魔天殿のお話では全てを修めるまでまだ一月ほどかかると聞いていましたが、あれからたったの一日です。閻魔天殿の御技を皆伝、もしくはお許しをいただいて来たのですか?」
「あうう・・・鏡様、面目次第もござらん。拙者は鏡様が倒れられたと聞き、居ても立っても居られなくなってしまい、辰星の鳥居に飛び込んでしまった次第でござる」
「竜宮殿、お気持ちはとても嬉しいのですが、閻魔天殿のお許しがない限りは、こちらに来てはいけません」
「あうう・・・」
「・・・ですが、もう来てしまったことですし、仕方ありません。これからは吾と供に瑞樹殿を支えていきましょう」
「は、ははっ!鏡様のためにこの身、この命、捧げる所存!」
「・・・竜宮殿、守る相手が違います!・・・それと瑞樹殿、先ほどのお話の件です」
先の騒動で鏡さまに相談もせず、私が勝手に鏡さまがこの星の神として、お話を作って人々に向かって説明をしてしまいました。
「瑞樹殿、今の吾はあなたの守護神なのです。とはいえ、本日もお守りするどころか、ご迷惑をかけてしまい、情けなく申し訳ないと思っております」
「迷惑だなんてそんな!鏡さまのおかげでこうして右も左もわからない星で、生きていられると感謝しかありません。それなのに勝手をしてすみませんでした・・・」
「綿津見神様よりお聞きしていると思いますが、瑞樹殿は瑞樹殿のやりかたでこの星を導いていただきたいのです。もちろん吾も瑞樹殿への協力は厭いません」
鏡さまは本当に優しい神さまだと思います。もう少し私を知っていただいた上で、お力をお借りしたいと思いました。
「ありがとうございます。実は私は前世で生まれてから108歳で死ぬまで、神様の類は居ないとずっと信じてました。物心ついた頃から私に近しい身内は次々と亡くなるなど理不尽な事柄が重なり、信じられるのは自分だけ・・・そう思っていた時期もあります」
「・・・おつらい人生でしたね・・・」
「いいえ、亡くなった妹夫婦の甥と姪を養子として迎え、立派に成長してくれて家族も増え、思い返せばとても幸せな一生を送らせていただいたと思います。でも積み重なる年月とともに、若くして死んでしまった真一郎さまや妹の綴達は、どうして死ななければならなかったのかとも思うのです。なぜあんな酷い事が次々に起きたのか?私が神様を信じていなかったからでしょうか?」
「瑞樹殿、それは・・・」
「はい、分かっています。全部自分勝手な想いであることは。そしてこんな思いをしていたのは、戦争の絶えなかった時代を生きた皆さんも同じ気持ちだったと思います。多くの人が不幸になる戦争が私は大嫌いです。なので私はこの星を戦争のない世界に導きたいのです」
鏡さまは考え込むように黙り込んでしまいました。無茶な事を言っているとは思いますが、争いは無理でも戦争だけは起こしたくありません。その鍵を握るのが鏡さまだと思っています。
「・・・ところで鏡さま、抑止力ってご存知ですか?」
「え?ええ、大きな力を持つことで、敵対する相手などの行動を思いとどまらせたり、ためらわせる力ですね」
「はい、こう見えても私は性善説を信じるほどお人好しではありません。でも、他人を信じる事をやめてしまった訳でもありません」
「吾には瑞樹殿のお話が、よく見えないのですが・・・」
「結論から言いますと、私は鏡さまに正式にこの星の神になって欲しいのです」
鏡さまが呆然としています。竜宮ちゃんは、話がよくわかってないようですが、この星では鏡さまが一番偉いにきまっておる!と息巻いています。ミミちゃんは訳がわからずキョトンとしています。
「つまり鏡さまには、この星の神として活動し、この星の人たちに実在する神として認識してもらうのです。身近に神様が居るとなれば、悪い事を考える人もやりにくいだろうと思うんです。
先ほどお会いした人達の様子から見ますと神様の概念はあるようでしたので、神として見てもらうにも、お話は早いかと思います。私の守護神とはいえ神様には違いありませんし」
「いや、瑞樹殿、色々お考えのところ申し訳ないでのすが、守護神と星の神ではその力は天地ほどの差があります。他の星や異世界では、神が人前に現れて統治したり直接導く前例は確かにあると聞きますが、吾にはそれほどの力もなく、荷が重いように感じます」
「以前、鏡さまが神として生まれた時は銅鏡の付喪神だったと聞きました。それは人々の信仰により生まれたのですよね。そしてその銅鏡が忘れ去られて神戚を失ったとも聞きました。なのでその逆に信仰が厚く広くなることで、鏡さまにはより大きな力がつくのではないでしょうか?」
鏡さまがハッと気づいたように万能辞書を開きます。
「・・・確かに神格はその信仰の厚さによって向上するとあります」
「この方法は鏡さまを矢面に立たせてしまうことにもなるので、予め鏡さまにご相談をしておきたかったのですが、その前に人との接触をしてしまい、その機会が持てませんでした」
鏡さまは何か考え事をされているように難しいお顔をされはじめました。やはり急なお願いすぎたでしょうか?
「人々の集落に向かうのは明日のお昼です。今日は休んで、また明日ご相談させていただけますでしょうか?」
「いえ、瑞樹殿、まだです!今、最も大事な事がまだです!」
鏡さまの顔が、みたこともないくらい真剣なものになりました。声にもとても力強い意思が感じられます。
「え?相談する前に私が突っ走ってしまいましたから、怒ってらしゃいます?」
「何を言ってるんですか、今朝仕込んだ夕餉がまだではありませんか!ミミ殿に竜宮殿も増えたのですから、ちょっとした宴会を開きましょう」
勢いよく立ち上がる鏡さま。竜宮ちゃんも万歳して飛びあがり、ミミちゃんも嬉しそうに頷いて居ます。夕餉のお話を聞いた途端に、私のお腹の虫が再び鳴ってしまいました。
鏡さまはお腹の虫の音に恥ずかしがる私に振り向きながら楽しそうに微笑んでくださいました。
「瑞樹殿の想いもしっかり吾に伝わりました。その想いに吾も応えるため頑張りたいと思います。まずはみんなでおいしい物を食べましょう!」
次回は鏡九十九さん視点のこれまでの回想です。




