師匠との再会
「よっしゃ、んじゃまずは[ 操火 ]の基本、[ 種火 ]からいくぞ。ひとつ覚えちまえば、後はすぐできるようになるハズだぜ」
先ほどのピラミッド型の施設を出て、屋敷の敷地内にある広い空間に、閻魔さまとお使いの方と三人で出てきました。サッカー場くらいの広さにクローバーが青々と広がっています。太陽は見えませんが、周囲はとても明るく、心地よいそよ風が時折感じられます。うーん、お昼寝したら気持ち良さそうです。
私は先ほど閻魔さまに着せていただいた巫女服を襷掛けして動きやすい格好にしています。
「まずは人差し指の指先に意識を集中しろ。んで、指先に触れない程度の距離に火を灯す感じを念じてみるんだ。最後に声に出さなくてもいいから[ 種火 ]と唱えるんだぜ。そうだな、マッチの火程度の火種が出せたら合格ってとこだな。俺くらいになると風や水ぶっかけられても消えないくらいの火種を生み出せるんだぜ」
「マッチの火ですね。なんだか指先がライターになるみたいですね」
「ははっ、いい例えだ。ま、そんな感じでいいからやってみ」
私は指先をじっと見つめて頭の中に火のイメージを膨らませます。マッチのような、ライターのような、お仏壇のロウソクのような・・・むむ、なんだかイメージが乱れてるような・・・
とにかく小さな火をイメージしながら心の中で呟きます。[ 種火 ]出てきて。
ポムッ
「あ、あれ?」
「カカカカ。なんじゃそりゃ!煙しか出てねぇじゃねぇか!」
「も、もう一回」
「ん〜その様子だと念じるのは慣れてからだな、まずは声に出しながら唱えてみ」
「は、はい。・・・・ん〜〜〜[ 種火 ]!」
ボムッ
「は、はははははははははは!あんま変わってねぇじゃねぇか!あー腹いてぇ」
「ちょ、ちょっとお手本をお願いします!」
「しゃあねぇなぁ。おら、[ 種火 ]だ」
ゴオッ!
ライターの火の大きさを最大にしても出ないような火柱が、閻魔様の指先から上がりました。
「おっといけねぇ、弱火にしたんだがまだ強かったな、[ 種火 ]なんて俺様は滅多に使わねぇからなぁ」
そう言うとスウッと火柱がライターの炎くらいに収まりました。これは使いこなせたら便利そうです。私はライターの火の大きさを全開にするくらいのイメージでやってみようと思いました。
「今度こそ!ん〜〜〜〜〜〜[ 種火 ]!」
・・・フッ
一瞬お線香の先くらいの赤い炎が見えた気がしましたが一瞬で消えてしまい、すーーーーっと、お線香の火が消えたような煙が立ち昇ります。
「・・・あーこりゃあ最初からけっこう時間かかりそうだなぁ・・・」
「・・・なんだかすみません」
「とにかく火種にできるくらいの炎がでるまでは、しばらくずっとそれな」
「うう、頑張ります」
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[ 種火 ]を連呼する累の様子を、閻魔天は土手で投げ足座りをして遠目に見ていた。その側ではお使いがフワフワ浮いて並んで見ている。
「・・・まあ、累ちゃんは予想通りだ。お使いよ、綿津見の奴の方はどうなってる?」
「はい、瑞樹殿に合わせて、できるだけ優しく、分別があり、落ち着いた古い元神をお知り合いのなかから選ばれていました」
「お、いいんじゃねぇの。問題はその一柱だけで大丈夫かどうかだ。おめぇくらいの神使つけとかないと、ちょっと危ねぇだろうからな」
「はい、繁栄や支配を目指す集落が、あちこちで国を自称しはじめました。一部では国同士の戦闘も複数確認されているようです」
「・・・雪玉が転がりだしやがったって訳か」
「ええ、瑞樹殿の身が心配ではあります」
「へっ、おめぇは知らないだろうが、累ちゃんはそれなりにできる娘なんだぜ。暇さえあれば見てきたからなぁ。凹むことが続いてるだろうから、ここらでちょっと自信つけてもらっとくかな」
閻魔天は口元に手をやり、見えないようにニヤリと笑う。口元は、なかなかにイヤラシイ笑いだが、目を細めて累の苦闘する様子を嬉しそうに眺めている。
「閻魔殿は本当に瑞樹殿が気に入られてるのですね」
「ケッ、まあ真一郎との約束もあるからな、俺様ができることはやっておくさ。とりあえずおめぇは先に綿津見のとこに帰って伝えとけ。守護神だけじゃなくて、神使も一体用意しとけってな。俺様にもその一柱の知り合いを別に一体寄越せ、戦える神使にする。まぁそれなりの強さに仕上げてやるぜ。守護神一柱に神使二体もいりゃあ、まぁなんとかなるんじゃねぇの」
そう言いながらゆっくり立ち上がり、近くに置いてあった箱から黒光りする棒のような物を取り出した。
「さぁってと、新神の先生に登場してもらうとするか」
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「た〜〜〜ね〜〜〜び〜〜〜〜〜〜!」
「おいおい、累ちゃん、ヤケになってねぇか?もっと集中しろや」
「うう、ごめんなさい。なかなかちゃんと火が出ないもので・・・」
先ほどまで遠目にこちらの様子を見ていた閻魔さまが見兼ねたように歩いてきました。かれこれ3時間ほど[ 種火 ]の練習をしていましたが、お線香の先程度の火からなかなか進化してくれません。
「まあてめぇの言うようなマジックポイントとかの概念は無ぇが、無理に続けるのもよかぁ無ぇ。ここらでちょっと種火は休め。休みがてら、てめぇの知り合いに合わせてやるよ」
「え?私のお知り合いですか?・・・妹の綴ちゃんや甥っ子の翼くんや玄孫の翔ちゃんとかですか?」
「阿保か、綴や翼はまだしも翔は真一郎の輪廻転生体だぞ、死んでねぇ人間が神界に居るかよ。それに綴や翼もとっくにどっかに輪廻してたな、今どうなってるかまでは知らねぇがよ」
「あらあら、そうなんですね。みんな無事に回ってるんですねぇ。ではどなたでしょうか?」
ふと視線をずらすと、上下とも濃紺に染め上げた袴姿をした、凛々しい30代くらいの女性がゆっくりと歩いてきました。・・・お会いしたことが、あるような無いような・・・。
「ふふ、わかりませんか?累さん、若い姿では初めましてですね、お元気ですか?」
「・・・!。も、もしかして、國部先生ですか?あらあら、お美しいとは思っていましたが、お若い頃はものすごい美人さんなんですね」
「うふふ、累さん、あなたこそ瑞々しくて活力にあふれてますわ。久しぶりに楽しい演技と試合ができそうね」
「・・・え?もしかして私が先生と打ち合うんですか?」
この方は國部秀子先生です。私の薙刀の師匠になります。師事した頃は先生が60歳、私が30歳を超えており、戦後の混乱期を必死に生きながら切磋琢磨した記憶が蘇りました。
当時私の生活が苦しいことも気にかけていただき、師範代を賜り二人で厳しい修行を重ねていました。
「秀子ちゃんは若けぇ頃に美剣士とまで呼ばれてたからなぁ。強さに加えて指導力、品行方正さから人望がすげぇもんで、神戚候補で今は天界に居るんよ。まぁ神になるのは決定したようなもんだから新神さんってやつだな」
「閻魔様、最初に言われた私の恥ずかしい二つ名は忘れてくださいませ」
実際、國部先生は薙刀の試合だけでなく、対外試合も数多くこなし、女性相手では晩年まで生涯無敗。男性相手でもほぼ負けなしだったと覚えています。
「そんな・・・私なんかじゃ薙刀無双の先生には足元にも及びませんよ」
「累さん、その大げさな二つ名も忘れてください。戦う前に相手に飲まれてはいけませんといつも言ってましたでしょ?」
「は、はい。すみません」
「さあ、行きますよ!今の私は、体の切れも最盛期だった三十代の体になっています。あなたの技が訛ってないか確かめましょう」
國部先生は薙刀をもの凄いスピードで振りはじめました。60歳を超えていた当時でもまるで敵わなかったのに、絶頂期の先生の姿はまるで美しい化物のように見えます。素振りを見ているだけで背筋が凍ります。
「ちょ、ちょっと待ってください。閻魔さまはさっき休むって言ってましたよね?私これからすぐに先生と打ち合うんですか?」
「あ〜秀子ちゃんは最近マシな相手が居なくて、試合したくて仕方ないみたいなんだわ。ま、さっきまでは頭使って、今からは頭休めて体使うってヤツだな!まぁ頑張ってくれや」
「さあ、まずは演技から。続けてすぐに試合もしましょう!累さんは優秀な師範代さんでしたから楽しみですわ」
「え、え〜・・・」
嬉しそうにブンブン薙刀を振り回す國部先生。その爛々と輝く大きな瞳と、微笑む薄桃色の唇はとても美しく、そしてとてつもなく怖かったです。




