導きし者
「いいか、累ちゃんよ、まず一番大事な話を最初に言っておくぜ。さっき溺れて分かったたぁ思うが、その体は普通の人間の体だ。だからがっつり溺れるし、ぽっくり死んじまう。気をつけろよ」
腕組みをしながら眉間にシワを寄せた閻魔さまが、真面目な顔で私の新しい体について説明してくれています。
お使いさんから聞いたのは綿津見神さまからのお願いで、転星する先の星を導いて欲しいとのお話だったと思い出しました。
でも、もしその導こうとしている星で私が死んでしまったら、むかし曾孫の紬と一緒に遊んだロールプレイングゲームのように『おお、累。死んでしまうとは情けない』とか王様に言われながら、復活とかできるんだったら少しは安心なのにと思いました。
「・・・てめぇ、今あそんだゲームや他の異世界の話に置き換えて考えてやがったか?」
「あらあら、わかりました?でも転星先でロールプレイングゲームのような戦闘とかがあれば、絶対死なないなんて自信はありませんよ。私は戦いでは薙刀を少々以外は、走って逃げるくらいしかできません」
「まあ、戦闘が無いとは言えねぇな。主に野生の生き物相手になると思うが、場合によっちゃあ人と戦うなんてことにもなるかもしれねぇ」
「あらあら、それは困りましたね・・・平和に過ごせるのが一番だと思ってますから、話せばわかるとかになりませんかね?あ、そもそも会話が成立するのかしら」
「ああ、会話は大丈夫だ。転生体の方をいじってあるからな。言語も方言があるくらいで行き先の星は共通言語らしいぜ。文字は癖が強いらしく、ちょっと苦労するかもしれんがな」
え?今さらっと私の体いじってあるって言いませんでした?やだ怖い。
「まぁ話してわかる相手ばかりならみんな平和に過ごせるだろうさ。しかしまぁ、んなこたぁ無理だな。現にこの星でも争いは絶えねぇ」
「そうなんですよねぇ。どうしてそうなっちゃうのかしら。私が平和ボケしているから不思議なんでしょうか」
「生き物なんてたいがい欲の塊だ。ちっとばかし他人より欲深かったりすると、何かの拍子で雪の上を転がる雪玉のように欲望は膨らんじまうってこった。で、最後はその重みに絶えられずに自壊しちまうってのもお決まりだがね」
雪玉とはわかりやすい例えだと納得してしまいました。何かのTV番組で大きな雪玉づくりを目指したら、自重で崩壊してしまったのを見たような覚えがあります。
「雪玉と欲は程々のサイズまでにしないと、後で大変なことになるってことですね」
「はっ、まぁそんなとこだな。累ちゃんは間違えるなよ。まぁ間違えるたぁ思ってねぇがな」
「ふふ、ご期待に添えるように頑張ってみます。で、私はその星でもしも死んでしまったらどうすれば生き返れますか?」
「だから、んな訳ねぇだろ!俺の話聞いてたのか?死んだら終わりだ!」
「えー・・・でもさっき他の星で生き返る分には地球に影響ないって・・・」
「えーじゃねぇ!そんなに簡単に生き返られたら神界も霊界もたまったもんじゃねぇ!遊びに行くんじゃねぇんだから気をつけろ!」
これは困りました。あ、でもゲームでも一人の場合に死んでしまうと、棺桶を運んでくれる人が居なかったらゲームオーバーになってしまうモノもあったかしら。
「・・・てめぇ、今またゲームに例えて考えてねぇか?」
「あらあら、わかります?でもやっぱり死なない自信なんてありません。生きてゆく生活の知恵くらいはありますけど」
「そりゃ中身は108歳で体は17歳の娘っ子を、戦闘もありそうな過酷な世界に一人でほったらかして、生き抜けなんて綿津見の奴は言わねぇよ。俺でも言わねぇわ!」
閻魔様なら言いそうだと少し思いましたが、黙っていることにします。
「俺様が用意したのはさっきも話した火を操る能力だぜ。[ 火の操者 ]はてめぇの知ってるゲームの魔法とはちいっと違う。火に関する事柄を具現化するモノだ。宗教によちゃあ神の御技や奇跡って言うヤツもいらぁな」
「ヒットポイントやマジックポイントとかは無いんですか?」
「なんじゃそりゃ?ああ、ゲームの体力とか魔力の数値か?そんな数値化されたもんはねぇな。あってもどうやって確認するんだ?疲れたら火も操れなくなるし、怪我や病気がひでぇと死ぬもんだ」
「・・・なんかあんまり普段の生活と変わらないんですね、お使いさんは『ゲームや転生モノの設定の一部は、実際に存在する世界が元になっている』って教えてくださったので、私の思ってたのとちょっと違う気がします」
「あー、ステイタス画面とか呼ばれてるヤツとかか?そりゃ次元違いの転生案件だな。この次元ではそこまで便利なモノは無ぇ。その手のめんどくせぇ転生は日本じゃ前にも挙げた天照大神から大国主神しかやってねぇ。イザナギ、イザナミを含む、神世七代もやってたが、あいつらはもう地球に居ねぇしな」
安易に死ねない事と、何でも数字で見えてしまう便利な機能が無いことはよくわかりました。あと神話などでよく聞いた、古い神さま達がいまは地球に居ないことも。
「まぁ心配すんな。そのための[ 火の操者 ]じゃねぇか。御技は全部で50種類くらいあるぜ。最初は火をくべる元の[ 種火 ]から破壊力、影響範囲ともに絶大な[ 不知火 ]までが外に向けて放つソレだな」
「[ 種火 ]は便利そうですね。火起こしとか楽になります」
「・・・んで、もう一つは自分に向けて放つ[ 纏火 ]だ。一見自分が燃えてるみたいに見えるが、体と炎の間に特殊な真空層があって断熱と空間断裂がされてるから耐衝撃、耐熱効果がある。ただしこの特殊な真空層と体の間にあるごく薄い空気の層しか残らないから、息がほとんどできねぇ。薄い空気の層の酸素と肺に残った息が持つ限りしか維持できねぇのが欠点だな。んだが[ 纏火 ]の間は大概の攻撃は自分に通らないぜ。どうだ?すげぇだろ?な?な?」
「お使いさんのおっしゃっていた、いろいろ燃やせて自分も燃えるって、このことなんですね」
「ざっくり言えばそうなるな。この体つくって維持するのに俺ぁ苦労したんだぜぇ。あとは使うにあたってゲームでいうレベルや練度みたいな「慣れ」が必要になるぜ。いきなり大技の[ 不知火 ]を放とうとしても何にも起きねぇからな」
「不知火って蜃気楼現象かと思ってました」
「てめぇ日本書紀を読んだことねぇのか?まあ、内容は大概だが威力は国一つ燃やしちまえる炎の事だぜ」
「国をですか!?」
「そこは千五百年くらい前の話だからな。今世で言えばひとつの町くらいだな」
それでもかなりの範囲だと思いました。願わくばそんな御技に頼らないで過ごしたいです。
「と、こんだけ面倒みてやってるんだから簡単に死ぬんじゃねぇぞ。あと、てめぇの守護神になる古い神戚も一柱つけとくぜ。そっちはもうちょい後で説明してやるから、まずは御技のやり方をみっちり教えるぜ。しばらくは特訓ってやつだな」
閻魔様がまた楽しそうに笑いました。なんだかその後はだいたい大変な目に遭っているような気がして、思わず苦笑いをしてしまいました。




