第6話 彼女の秘密
朝早くに登校した俺と同じく来た黒崎が教室に入ってくる、席は俺のすぐ後ろのため結構近い。
「汐見君、登校するの早いわね?家はそんなに遠いの?」
「いや、今日は親が早めに仕事に行って家閉めるからこの時間になっただけ。本当はもう少し遅いかな。」
「そう…」
この教室には今俺と黒崎の二人しかいない、静かな空間の中でお互いの息遣いが聞こえるほどだ。
机に突っ伏して寝ようとするも緊張していて眠れない。
「そう言えばね、汐見君」
「え?なに、どうしたの?」
急に話しかけられたのでビックリして思わず振り返った、黒崎の方も落ち着かない様子で座っている。
「昨日、私の母から聞いたの。汐見君の母親と母が同級生だって、買い物に行った時に偶然会って話をしたらしいわ」
「ああらそれうちのお母さんから聞いた」
母親は近くのスーパーでパートをしているので多分会ったのはそこだろう。
「他になにか聞いてない?」
「…島に来た理由も聞いた」
「そう、やっぱり」
落胆した声音で俯いてしまった、あまり知られたくない事だったんだろう。
バツが悪くてその姿を見ないように視線を逸らした、それでも深い溜息が聞こえてくる。
「まあ、家庭の事情が事情だから他の奴には喋らないようにする」
「ありがとう、やっぱり貴方優しいのね」
その安心したような笑顔はやはり魅力的で直視出来なかった、なんて言うか純粋なのかもしれない。
「別に俺は優しくした覚えはない」
「そうかしら?」
「普通の対応をしたまで、誰だって出来るし誰だってそうする」
少し優しい、という単語に鬱陶しさを感じて冷たくなってしまった。
「…そうかもしれないわね」
「ああ」
それ以降はお互いに口を開かず時は過ぎていき学校生活が始まろうとしていた。
初日の授業は各教科担当の教師と生徒の自己紹介で大半の時間が潰れ、簡単にこれからの勉強の進め方などを説明されて終了。
午前中の授業が終わり昼休みの時間になった、それぞれの場所で近くの机をくっつけ合って一緒に持参した弁当なり購買で買ってきたパンなどを食べている。
俺はと言うと一人席に座り母親が作った弁当を食べている、中学生の給食と違い強制的にグループで食事をするということがないのでストレスなく食べられる。
正直あんな肩身の狭いなかで、さらに人よりも食べるペースが早く食べ終わったあと周りがまだ食べてる中結構気まずかった。
母親は、調理師の免許を持っており普段食べる料理は美味しくなかったことがなく結構好きだ。
箸を進めるのも速くなりあっという間に完食。
手持ち無沙汰になってしまい、残りの昼休みはどうしようかと考えた。
今朝方まで起きていたのと昼飯をたべて満腹になったのもあって眠い、このまま寝てしまおうかと考えたが図書室に読みたい本があったからそれを借りてきてからでもいいかと思い、机を片付けて教室を出た。
昼休みの図書室はまばらに人がおり、本を探す人や机で本を読んでる人がいる。
それを一瞥しラノベコーナーへ直行、どの本を読むか悩み抜いた末に人気のあるVRMMORPGを舞台としたものを選んだ。
一気に五冊ほど抜き取りカウンターへ持っていく、貸し出し期間は二週間だそうでそれならゆっくりと時間をかけて読めそうだ。
近くの席につき早速読み始める、楽しみ過ぎて眠気はどこかへ行ってしまった。
最近はこの本に出てくるクールなスナイパーのヒロインがカッコ可愛く、今季では一番の推しキャラになっている。
しばらく読んでいたのだが、夢中になりすぎて肩を叩かれていることに気づくのが少し遅れた。
司書さんが昼休みが終わることを告げにきた思いきや、黒崎だった。
「うおっ!」
「ご、ごめんなさい、あまりに集中してたものだから声を掛けても全然気づかないし」
「ああ、こっちこそ大きな声出してすまん」
「ええ」
「それでなんか用?昼休みが終わるにはまだ早いけど」
「ちょっと相談があって」
真剣な面持ちで俺の真向かいに座る、その表情には僅かに緊張の色も見えた。
「俺に相談しても助けになるかは保証できないぞ?」
「いいえ、今の私にはあなたしか居ないわ」
しっかりと俺を見据えて断言した。
「単刀直入にいうわね、実は…私、男性恐怖症なの」
「…ん?」
今確かに男性恐怖症といった、確かにそう聞こえた。
しかしそれを男性の俺に言うというのはどういう了見だというのか。
「えーと、そのなんだ俺は男に見えないと?」
「そういうわけではないの、なんというか貴方はまだ大丈夫なの。それでもこうして言葉を交わす事くらいが精一杯で、さっきの肩を叩く時も勇気がいるくらい」
にわかには信じ難いことだ、今こうして話している黒崎が男性恐怖症とは。
それに俺が平気というのがそもそもおかしな話で、昨日今日会ったばかりの男子に自分の事を話すことが不思議でならない。
「離婚して島に来って言ったでしょ?その理由が…父親のDVが原因だった。」
今までの話を聞いていれば、割と驚かなかった。
離婚して島に来たこと、男性恐怖症、中学生の時は女子中。
そこから考えれば身近な男性と言えば父親くらいなもんだ。
「それで相談というのが、あなたに私の男性恐怖症の克服を手伝って欲しいということなの」