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潮風薫るこの地にて  作者: 松田 業平
第3夏の出来事
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第43話 迫り来る狂気

今日でお盆も半ば父親が来るのはこれで最後の日になる、やっと解放される。

本当は何度も海さんや晶君に電話しようと思っていた、でもそうしたら際限なく甘えて今の自分を保てなくなってしまう。

そうなればもう自分は強くなれないと思う、でも乗り越えた後ならば別に褒めてもらえるからそれを励みに頑張るしかない。

自分の机で夏休みの宿題をしていると、玄関から音がした母が帰ってきたようだ。

でも今日はちょっと早い、もう仕事を終わらせて帰ってきたのだろうか。

それにいつもはただいまの声が聞こえてくるのにそれがない、かわりに聞こえてきたのは父親の声だった。

「なんだ不用心だな、薫いるんだろう。ちょっと下に降りてきなさい」

しまったいつもはお母さんが帰ってくるだけだから鍵とかはしていない、島に来てからはそんな泥棒とかの心配なんて皆無だったから油断していた。

「そっちから降りてこないなら、こっちから行こうか」

「ひっ!」

「おおー、薫今日も会いに来たぞ」

最悪だ、部屋に入られてしまったら逃げ場がない。

「いやー、二人っきりになると思い出すな。東京にいた頃はお前のことさんざんかわいがってやったよな。それに・・・。」

思い出す、あのときのことを。

父親に暴行されてきた日々その時のこちらを舌なめずるような視線は今も昔も変わらなかった。

「お前も、母親に似てようく育ってるじゃないか。あのときはまだちょっと幼かったから手を出してなかったが。そろそろ頃合いか?」

こっちを見ている父親の顔はもう昨日までとは別人でもう中学生の時に戻っていた。

恐ろしい、怖い。

でも前の自分とは違う、今なら私には力がある。抵抗しようとする意思がある。

「いやああー!」

こちらに襲いかかってくる父親に向かって突進して倒しそのままの勢いで部屋を出て、玄関に向かう。

靴を履いて外へ逃げ出した、外は暗いけど道はわかる。

でも後ろから父親が追ってきていた、私は必死で逃げるけど恐怖で足がすくんで思ったように走れなくなっていた。

持ってきたスマホを見つめる、もう我慢の限界だった。

警察なんて頭になかった、ただ彼だけを求めて電話を掛けた。

「お願い、晶君」

コールが一回なった瞬間にはもう繋がっていて聞きたかった声がする。

「もしもし汐見です」

「晶君、お願い助けて」

「・・・今どこにいる」

「近くのバス停に向かってる」

「わかったバスについても止まるな、そこから先に逃げろ。すぐに行く、待ってろ」

「うん、わかった」

さっきまで震えてた足がなんとか動く、もうすぐそこまで来ている父親の声から遠ざかるように走り出した。

「早く来て汐見君」


「おかあさん早くして、薫が!」

「わかってるよ、その間に晶は警察に電話」

「もしもし・・・」

家から黒崎にいる地域までは普通にいったら二十五分くらいはかかるが、少し無理をして飛ばせば二十分と掛からない。

「なんか、武器とか持って行かなくてよかったっか?」

「そうしたら相手死ぬじゃん、大丈夫なんとかするから。・・・逃げろ薫」


「はあはあ、っはあはあ。もう駄目足が」

「どうした、もう鬼ごっこは終わりか薫」

もう動けない、体は言うことを聞いてくれない。

「ったく手間掛けさせやがって」

「うっ」

後ろから蹴られて道ばたに倒れてしまう、痛みと恐怖でもう何も出来なくなってしまった。

「ここなら人通りもなし見つからないな、全くこんな田舎じゃ防犯カメラもないしやりたい放題だな」

押し倒されてもう身動きが出来なくなってしまい、もう為す術もない。

「さあて、それじゃじっくりと楽しもうじゃねぇか」

「いや、いやあ離して。助けて晶君!」

「そんな大声出しても誰にも聞こえやしねぇよ、ほら動くな」

もうダメだと諦めかけたその時、ずっと聞きたかった声が聞こえてきた。

「聞こえてんだよ、この変態野郎」

「ああ?ふぐっ」

自分の目の前の父親が一瞬でいなくなって変わりに助けてくれた彼が見えた、でもその瞬間視界がぼやけて何も見えなくなっていく。

「薫、もう大丈夫だ。あとは俺に任せろ」

その声と温もりに包まれた時にはもう涙が溢れて止まらなかった。


それを見たときは自分の中の血液全部が沸騰したような感覚に襲われてどうしようもなかった、ただあの男を潰してやることしか考えられなかった。

いくらなんでも初対面の人にそこまでするとは思わなかったけど、あの光景がもう脳から離れなくてそれが不快で仕方なくてたまらなかった。

「聞こえてんだよ、この変態野郎」

人の横腹を思いっきり蹴ったのは初めてだったけど何も考えてなかった、ただ邪魔だっただけだ。

「薫、もう大丈夫だ。あとは俺に任せろ。」

まさか自分かこんな台詞を吐くなんて人生何があるかわからない。

「晶君、晶君!」

「ああ、俺だよ薫。」

抱きしめた薫はまだ震えている、あんな目にあったんだ俺の想像よりもずっと怖かっただろう。

でも薫は諦めずに逃げ続けた、襲われそうになっても俺に助けを求めてくれた。

その信頼に応えるためにも今は薫を助ける。

「痛いなあ、このガキなにしてくれてんだ」

「なにって変態から女の子を守ろうとしたんだけど」

「なんだ、お前さっきから誰なんだよ」

「彼女のクラスメイトだ」

「・・・、ははんなるほど、うちの娘もなかなかやるじゃないか。この島に来てもう男作ってるとは」

見た感じは普通のサラリーマンといったところだが、やはり大人というべきか俺よりも大きい。

でも正直そんなことはどうでも良くて、ただこいつから一刻も早く薫を遠避けたかった。

「そんな君に良い物を見せてやるよ」

「まさかお父さん止めてそれだけは、お願い」

胸ポケットから取り出した、スマホを操作してこちらに見せてきたのは画像。

それは黒崎の写真だがそれはすべて肌を露出しているものばかりでとても見ていられなかった。

「いやあ、止めて晶君にだけは見せないで」

「どうだよ、俺はお前さんの知らない薫をしってるんだ。まあまだ処女は奪ってないんだよな」

「うるせぇなお前、もう黙ってろよ」

「怖いなあ、怖い怖い。おじさん怖いからお前殺すわ」

画像が見える距離とその光で手元に握られたナイフが見えていなかった、その凶器は俺の横腹に刺さり血を溢れさせた。

腹部に感じるのは痛み、そして猛烈な熱。

引き抜かれたナイフは赤く染まり、あたりには血が飛び散っていた。

「かっはっ。ぐっ」

痛みで思わずうずくまって、そのまま横に倒れる。駆け寄ってきた薫が心配そうにしていた。

「そんな、晶君しっかりして晶君!」

「ごっほ、薫逃げろ」

「そんな事出来ない今救急車を」

「させるか」

「きゃっ」

手のスマホを奪われる、そのまま思い切り踏まれて壊されてしまった。

「おらこっちこい」

「いやあ。いやあ、晶君。お願い救急車を早く」

「そうだな、このままじゃかわいそうだし。でもなあいつ俺のこと思いっきり蹴ってくれたからなー」

「お願いします、何でもしますから」

「なら脱げ今すぐだ。それでおれに尻を向けてくれたら呼んでやってもい」

(もうこうなったらやるしかないせめて晶君だけでも・・・)

そうして服を脱ごうとしたその時、後ろから手を引っ張られた。

「そんなことするな、俺は平気だよ」

「晶君無理だよそんな怪我だったら、死んじゃう」

「ちっくたばりぞこないが」

「暗闇で助かったぜ急所は外れてんだよ、そんなに俺を殺したいなら首でも狙ってみろ。クズ」

血を流しすぎて頭がくらくらする、でもこいつだけは絶対に潰す。

「けっ、ならとっとと死ねよこのくそガキが!」

振り下ろされるナイフは挑発したとおり首元にきた、それを右手でいなしてから左手で相手の襟を握り込む。

いなした右手はそのまま握り背負い投げの要領で相手の下に潜り込んで、あとは思いのままにぶん投げる。

「せぇああぁー!」

「ごふっ!」

勢いよくたたきつけられた体はそのまま動かなくなり、ナイフも手放していた。

夏休み前に授業で受けた柔道の技術が役に立った、結構真剣にやってたから上手く相手を無力化することが出来た。

朦朧とした意識の中でそのナイフが見えたとき、これがあれば、あの野郎をこの世から消す事が出来る。

そうすれば薫が二度とひどい目に遭うことはない、そう思った瞬間にはもうすでに手にはナイフを握って馬乗りになって殺そうとしていた。

「殺すなら、狙うところは首だよなー。このクズ野郎!」

もう自分を止めることは出来なかった、ただこの男を殺す。

それだけだった、でも。

「晶君だめえぇー!」

頭の中に響いたその声が血塗られた頭の中を元に戻してくれた、ナイフを持った手に温もりを感じる。

「それだけはだめ、この人を殺したら晶君も同じだよ」

「それでも、こいつはお前に。薫にどれほどひどいことをしてきた?今ここで消しとかないとまたいつ薫の目の前に現れるか、わから、な、いんだ・・・」

涙で濡れていた薫の顔となにか呟く音を聞きながら、そこで意識が途絶えた。





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