第40話 暗雲
祭りがあったその次の日、黒崎は部活を休んだ。今の副部長はうちの姉が務めており、黒崎の事情を知っている。
それにしても、突然の父親の来島とは。
黒崎にとってはトラウマの元凶だ、それに離婚しているはずなのにそんなこと許されるものなのか。
今はただ黒崎のことが心配だった、姉からは体調不良と聞いている。
おそらくあまりのストレスで体に大きな負担が掛かっているからだろう、当然だ。
「なあ、汐見今日黒崎来てないけど。俺が昨日帰った後なにかあったのか」
「ああ、そうなんだけど黒崎の個人的な家庭の事情らしくてさ。俺にもよくわかんないんだ」
「そうか、ならしょうがないけどよ。昨日あんなに楽しく遊んでたからさ、やっぱり心配するだろ」
「そうだな、俺もだよ」
結局今日の部活も終わり帰りのバス停で、時間を潰していた。
今日の天気は曇天で夏にしてはじめっとしている、なんだか気分が良くない感じだ。
これからお盆に入って夏も本番だというのに。
「晶ちょっといい?」
「海か、どうした」
話しかけてきた海はいつもの元気な声も表情もなく、ただ深刻な顔をしていた。
隣に少し距離を空けて座ってから唐突に話し始めた。
「薫ちゃん、今日休んだのって昨日の事が原因だよね。体調不良になってるくらいだからよっぽどのことだよね」
「トラウマが突然自分のところにくるってなったらそれは大変なことだろうな、黒崎にとってはそれはもう露骨なほどに」
事情を知っている二人は今黒崎がどんな状態なのか大体わかる、昨日の感じからして心が折れそうになっていた。
「それなら、友達が困ってるんだったらなにかしてあげないと」
「だけど、そんなあくまで他人の家庭の事情に・・・、いや違うか」
黒崎にも中学時代心配してくれる友達がいたはず、でもその人たちもなにかと理由を付けて関わらないようにしていた。
そんなことを考えてしまったらただの同類だ、でも今の黒崎には俺たちがいる。
「そうだな、今大変な黒崎になにかしてやらないとな」
「だったらさ、今日お見舞いに行ってみる?薫ちゃんの家にさ」
「えっ?マジか」
流石にお見舞いとはいえ女子の家に行くのは少し足踏みしてしまう、恥ずかしいやら緊張するはで気が引けてしまうが。
「そんなのは行かない理由にはならないでしょ、昼から行くからバスターミナルに集合ね」
海に押し切られる形で俺もついて行く事になった。黒崎の家はうちの母方の実家がある地域で、俺も何回も言ったことがあるから大体の場所は知っている。
黒崎に送ってもらったメモを頼りに家に向かう、海岸沿いの駐車場の向かいにその家はあった。
表札にも黒崎とある、ということは今の名字は離婚してから母方のものということだろう。
「ごめんくださーい、薫ちゃんお見舞いに来たよ」
チャイムをならしてしばらくすると、こちらに来る足音が聞こえてきて扉の向こうから黒崎が出てきた。
「いらっしゃい、わざわざこんなところまで」
「ううん、それより顔色悪いよ。差し入れいろいろ買ってきたから良かったら食べて」
「ありがとう、今度お礼するわ」
「いいよ、これくらいしか出来ないから」
昨日ぶりに見た黒崎の顔は青白くて、あのときに見た横顔と比べたらとても弱々しい。
「まあ、せっかくだから上がっていって。一人だとちょっと心細かったし」
「うん、お邪魔します」
「汐見君もどうぞ入って」
「おう、失礼します」
案内された家の中は広くはないが手狭でもなく、生活感にあふれた空間だった。
「二階に私の部屋があるの、そこでお茶にしましょう」
「そうだね、了解」
黒崎の部屋はそこまで飾り気があるわけではないが綺麗にされている、勉強机に本棚とベットや箪笥。
正直家に来ただけでも落ち着かないのに、女子の部屋に入るのは緊張する。
こうなんというか黒崎が生活してるんだっていう雰囲気というか臭いみたいなものを否応なしに感じてしまうのだ。
「ちょっと待ってて、お茶を持ってくるから」
「いや、悪いよ私も手伝うから」
そんなところにさらに女子二人に対して男子は俺のみというのはもはや拷問に等しい、帰りたくなってきた。
「お待たせ、それじゃあ食べましょうか」
「ありがとう、いただきます」
「好きなところでくつろいで」
「おう・・・」
「晶さっきから落ち着きなさすぎ、気持ち悪いよ」
「しょうがねぇだろ女子の部屋なんてきたことないし、てか気持ち悪いとかひどいな」
「ありがとう、本当に来てくれて嬉しい」
「いいよ、薫ちゃん今凄く不安だろうから。こうしてお見舞いに来るしか出来ないけど」
「そんなことないわ、こんなことしてくれてとても助かる」
「今この家には黒崎一人なのか、親は仕事に?」
「ええ、朝から夕方まで仕事にに行ってるわ。お盆の時にちょっと休みがあるらしいけれど」
「そうか、その時に・・・」
「おそらくね、しばらくは島に滞在すると聞いたわ」
「いったい何をしにこんなところまで来たんだ、その父親は」
「それは・・・。」
うつむいて長い前髪に隠れたその顔は見えなくても、不安なのが見て取れる。
「・・・もう一度やり直さないかって。また東京で一緒に暮らさないかって言ってる」
予想はしていたが本当にそんな話になっているとは思わなかった、いや思いたくなかった。
「嘘、そんなことって」
「まだ決まった訳じゃないだろ、今の黒崎の状況を考えれば母親だってそんな話断るはずだ。一度刻まれたトラウマっていうのはそう簡単には消えちゃくれないんだから」
「私も、今の通ってる高校から離れたくない。あんな都会よりもこの島のほうがずっといい」
話の内容からして空気まで重くなってしまっている、これでは元気付けに来た意味がなくなってしまう。
「俺は正直都会の方が島よりも便利だし学校のレベルも高くて将来的にも進学のこととか考えるとって思うけど」
「それは・・・」
「ちょっと晶なに言ってるの」
「まあ待て、まだ話は終わってない」
俺が今話したことは黒崎にとってとてもつらい現実的なことだ、でも俺が言いたいのはそんな残酷な事じゃない。
「なあ、黒崎。将来の夢ってあるのか」
「もう、さっきからどうしたの」
「これも大事な話だと思うけどな、それでどうなんだ?」
「ある、なりたい職業は決まってるわ。私検察官になりたいの。離婚する時の裁判の時私達を救ってくれた女性の検察官でね、優しくて強くて格好良くて。そんな人に憧れてた」
「なるほど、だから必死で男性恐怖症を克服しようとしてたんだな」
前から不思議だった、まだ高校生だというのになりふり構わずといったほどで。
確かに生活に支障をきたすくらいではあったがまだ若いから焦る必要なんてないのに、それだけの理由が黒崎にはあったんだ。
「いつまでも、こんな弱い自分では他の人を救うなんて出来ないだから私は強くなりたかった。でも今はまだお父さんと会う勇気がない」
「そうだったんだ、薫ちゃん凄く頑張ってるもんね。検察官かー」
「大学に進学するのに高校の差なんて些細な問題だろうな、そこは本人のやる気次第だしだから黒崎のことを考えるとやっぱり島にいた方がいいだろうな」
「ありがとう、そう言ってくれると心が軽くなったわ」
黒崎を安心させるにはこれでいい、どちらにしろ同じ結論になったろうけど一人で考えるよりもずっといいはずだ。
「よっし暗い話はおしまい、ほらせっかくお菓子持ってきたんだから食べよう。まだまだあるからね」
「おもったけどお前買いすぎなんだよ、そんなに食ったら晩飯入らなくなるんじゃ?」
「いいの残したら持って帰るし、全部食べる分けないじゃん」
「そのチョコもらって良いかしら、うちにあったこのクッキーと交換しない?」
「いいよ、はいどうぞ」
それから空が赤く染まるまで黒崎の部屋で過ごした、お菓子を食べたり黒崎の宿題を見せてもらったり。
黒崎の部屋の本棚にある本を少し見せてもらったりもした、たまにはライトノベル以外の本も悪くない。
「そろそろ帰るわ、結構バスでも時間掛かるし」
「ええー、もうちょっといても良いんじゃないの?」
「流石に親が心配するだろ、ほら」
「そうね、それは良くないわ。私もだいぶ良くなってきたから明日には部活行けると思うし」
「それなら良かった、新町のやつもちょっときにしてたみたいだし。それにあさってからはお盆だからその前に色々と部活でもやる事はあるだろうからな」
「それと忘れてたけど連絡先交換してなかったよね、今しておこうよ。夜に電話とかも出来るし」
「わかったわ、交換しましょう?」
二人とも今時の高校生らしく自分のスマホをふりふりしあっている、その様子が羨ましく思えるのは普通のことだろうと思う。
「汐見君の連絡先も教えてくれるかしら」
「家の番号になるけどいいのか?」
「ええ、早朝の話し合いをするときに連絡出来るようにしたかったのだれど。迷惑かしら」
「いや別にいいけど」
番号を伝えると、早速登録したようで家についた時に確認のために電話してほしいと黒崎の電話番号も教えてくれた。
初めてもらった女子の電話番号のメモに感動したあと、荷物を持って黒崎の家を後にした。
「また、良かったら来てくれると嬉しいわ」
「うん、誘われなくてもこっちから行くからね」
「次に来たときにまた本貸してくれな、結構面白かったし」
「ええ、それじゃあ。また明日」
バス停に着いてからちょうどくらいの時間にバスが来てそれに乗り込む、車内には誰もいないため空いてる席に適当に座り込む。
あれだけ喋っていた海も今では口を開こうとはしない、俺も何も言わなかった。
あと半分ほどで着くくらいの時に海が話掛けてきた。
「薫ちゃんだいぶ顔色良くなったよね」
「そうだな、最初見たときはかなり気落ちしてたけど」
「今日のお見舞いは成功だね」
「そうだな」
「薫ちゃん明日元気に部活くるといいね」
「そうだな」
「晶さっきからそうだな、しか言ってないよ」
「そうだな」
「・・・薫ちゃんのこと好き?」
「そうだ、いやちょっと待て。何でそんな話」
無意識でそうだなと言ってしまいそうになった。
「だって晶薫ちゃんのことすっごい真剣に考えてるし優しくしてるし」
「それは、相手が黒崎じゃなくても知り合いが困ってたら当然のことだろう」
「うそ、だって晶基本的に他人に興味ないでしょ」
流石に小さい頃からのつきあいで俺がどういう人間かわかってる、でもそこまで直球で言い当てられるとは。
「中学生の時からずっと一人でさ、だれとも関わらないようにしてたし」
「そりゃそうだよ、友達なんていなかったからな」
「それじゃあなんで今更薫ちゃんには関わろうとするの」
「・・・」
海の問答に俺はすぐに答えることが出来なかった、適当なことをいってごまかせる雰囲気じゃあなかったからだ。
「晶変わったよね、クラスの皆とも普通にしてるし同じ部活でも一緒にいる人も出来てる。それって薫ちゃんのおかげ?」
「それは・・・」
図星をつかれて何も言えない、海相手にこんなことになるなんて初めてだ。
「やっぱり、そうなんだ」
「待てってなんでそんな決めつけるんだよ、俺はそういうことなんて」
「じゃあさ、私と付き合おうよ。」
「はあ?」
「私ずっと前から晶のこと好きだった、だから私を恋人にしてほしい」
突然の事でびっくりしているが、海の言葉はしっかりと俺に届いていた。
「私本気だから」
バス停についてからすぐに降りていった海を目で追いつつこれからどうしようかと必死に考えていた。




