第38話 夏祭り
今日は待ちに待った夏祭りの日、毎年家族で行くことでなんとか楽しむことが出来ていた過去までの自分。
でも今年は同じ部活の男子となんと女子二人と祭りを歩くことが出来る、こんなに祭りに行くのが楽しみなのは小さい頃以来だ。
「よう、早かったな汐見。約束の十分前だってのに」
「親の車で姉ちゃんと一緒に来たからな、お前もそうだけどね」
「女子を待たせる訳にはいかないからな」
「ずいぶんと紳士的なこって」
「いやでも、水着姿も良かったけど浴衣も楽しみだな」
「欲望丸出しじゃん」
「何格好付けてんだよ、お前もみたいだろなあ同士よ」
「まあ否定はしない」
「ったく、格好つけてんじゃねぇよ」
残り二人の到着を待つ男二人は、同じ志を共有していた。
「お待たせー!二人とも早いじゃん」
「こんばんわ」
少し離れたところから聞こえてくる二人の声の方向を向くと、それはそれはなんとも麗しい浴衣の少女達がいました。
それを証明するかのように、周りにいた男性はのきなみ目を奪われていた。
黒崎は海水浴の時のように黒の浴衣に椿の花がちりばめられた絵柄に黄色い帯を巻いている上品な感じなのだが、まとめられてあげたポニーテールのおかげで見える白くて綺麗なうなじがとても色っぽい。
色合いといい雰囲気といい大人な感じがして見ているこっちは落ち着かない。
海はというと全く対照的な無地の白に赤い帯を巻いているだけのシンプルではあるが、普段よりも落ち着いた感じで黒崎とは違う大人っぽくなっている。
短い髪を少しまとめるだけで雰囲気が変わってより綺麗さが際立つ、うなじを出すだけでも人とはこんなにもギャップが生まれるものなんだと思った。
「着付けに時間が掛かったけどまあ予定通りの時間に集まれたね、良かった」
「でも二人とも待たせてしまったわね、ごめんなさい」
「そんなことないよ、待った甲斐もあったってっもんだし。浴衣もいいね二人とも」
「そうだな、似合ってるんじゃないか」
今回はアクシデントもなかったため新町に乗っかる形で褒めることが出来た、でも本当に似合っているから自然と口に出せたんだ。
「ありがとう、二人は浴衣は着てないのね」
「買うのも着るのも面倒そうだしな、普段着てる服の方が落ち着くし」
「でも、浴衣の方が風情があるし俺はちょっと興味あるかも」
「前に買い物に行ったところにあるわよ、お値段もわりかしお手頃だったわ」
「へぇ、俺も買おうかな」
「ほらほら、こんなところで喋ってないで早くなにか食べ物買おう。私お腹すいたよ」
「確かに、買い込んで適当なところで飯にするか」
「それもいいけど今のうちに買っておきたい物があるんだけど」
「どうしたの、汐見君?」
「抽選券を買いたくてな、黒崎も買うか?一枚百円」
「そんな事もするのね、それに安い。何枚か買っておこうかしら」
「今年の商品は・・・。おっ、最新のゲーム機あるじゃん」
「私、花火とか欲しいな」
「それじゃ先にそっち行こうぜ」
それから全員で抽選券を買いに行ったところ、晶と新町は十枚。
海と黒崎は五枚買うことにした。
「私こういうのやったことないから、ちょっと楽しみね」
「そうなの?都会のお祭りってどんなの」
「そうね、屋台とかはたくさんあったけどこんなイベントみたいなことはなかったわね」
「人が多くて広いところだとステージに集まってとかできないんだろうな」
「そうなのかもね、でも私はこういう感じのお祭りの方が良いかも」
「賑やかなのはあんまり変わらないと思うけどな、まあ島のお祭りはだいたいこんなもんだよ」
広場の片隅にあるステージの方では、各地から来ているダンサーの人たちが観客の前で踊りを披露していて、BGMや歓声が響き渡っている。
「周りにいる派手な格好をしている人たちはみんな踊り子の人たちかしら、色んな人がいるわね」
「地元からの参加もいるけど、他の地域からの方が多いくらいらしい。毎年これくらいの人たちは見るな」
「凄いわね、なんだか仮装してるみたい」
「たいして変わらないかもね、間近で踊ってるところを見ると迫力があって面白いと思うから気が向いたら近くに行ってみたら?」
「ええ、是非一度見てみたいわ。」
「祭りの最後には観客も参加出来る総踊りもあるぜ」
「浴衣だから難しいわね・・・」
屋台を周りつつ踊りを鑑賞しながら買い込んでいき、一通り揃ってきたところで場所を探しているのだが。
「座れるところが埋まってるわね、どうしましょうか?」
「そうだな、だったら防波堤のところにでも行こうか。あそこなら空いてるだろうし」
「そうだね、そうしよっか」
「防波堤に行くって、危なくないの?」
「危ないってそんなことないぜ、まあ降りたらすぐに海だけどそんなに落ちるほどでもないしな」
「この島ってここら辺みたいに町のすぐ近くに海があるところばっかりだけど、周りの陸地に囲まれてるから高い波が来ることはあんまりないんだよ」
「要するに大丈夫だから早く行こう」
広場から出て駐車場を抜けると、長い一直線のコンクリートの壁がありあたりでは先に来ている主に学生の数人で食事をしたり集まってゲームをしたりしていた。
「まあ、危険なところならこんなに人はいないだろうぜ」
「ここなら座れるね、どこにしよっか」
「あそこ空いてるな、あっちいくか」
「その前にちょっと買い忘れたのがあるからちょっと行ってくるわ場所取りよろしく」
「それなら荷物預かっておくから代わりに焼き鳥何本か買ってきてくれ」
「おう、行ってくるわ」
「座るってこの壁に?海に落ちたりしないのかしら」
「反対側にもう一つ段差があるからそこまで心配しなくてもいいんだよっと」
よさげなところに助走を付けてジャンプして登る、昔は手を使ってよじ登っていたがこれも成長した証拠だろう。
「浴衣だと、少し厳しいかもしれないわね」
「上から引っ張り上げれば行けるかもな、ほら」
そうして、手を伸ばしてみたが相手が黒崎だからか少し躊躇ってしまう。
「あっと、そうだな」
でも、黒崎はその手をしっかりと握ってくれた。
「お願いね、汐見君」
「おう、一応気をつけてな」
思いの外軽い体を持ち上げてコンクリートの壁の上まで引き上げた、その時にちらりを見えた胸元をガン見しないようにしながら。
「ありがとう、確かにここは良い感じの場所ね。昼間の海も素敵だけれど夜でも綺麗」
「そうだな」
そんな景色を眺める黒崎の横顔も魅力的だなんて恥ずかしくて口に出せなかった。
「晶、私も上登りたいんだけど」
「はいはい、ほら」
海ともこうして一緒に祭りに行く事なんて前なら考えられないことだった、高校生になってから関わるようになったこの馴染みの顔は小学生の頃と変わって見える。
中学生から顔を合わせられなくて、見ることのなかった海は純粋に新鮮に映ってもはや別人に感じる。
そりゃだってお互い成長期なんだから昔と同じなんていうのはない、ただ見ようとしてなかっただけなんだろう。
だからか、こんなふうに接してくれる海からしたら俺はどういう風に見えるのか少し気になった。
「重い」
「ひどっ、私そんなに太ってないのに」
「人一人抱えてるんだから、仕方ないだろ」
「だからってその言い方はないでしょ」
「あなたたちいつもそうなんだから、もう」
なんだかんだで三人とも壁に腰を下ろして、買ってきた食べ物を広げる。
ちょうど新町も帰ってきたところだ、その手には焼き鳥の袋がある。
「じゃあ、食べるとするか」
「薫ちゃん何買ったの?」
「焼きそばよ、海さんも食べる?ちょっと一人で食べきらなくて。」
「うわあ、確かにサービスしてくれたのかな」
「ほら汐見頼まれたやつ、お前の分」
「サンキュ、代わりに一本やるよ好きなやつとっていいから」
「それなら豚串もらうわ」
「豚串ってなんなの?」
「え?知らない。豚バラが刺さってるやつだけど」
「・・・食べたことないわ」
「そうなの、串焼きのお店になかった?」
「見たことないわね」
「豚バラの串焼きって九州だけらしいな」
「え!?そうだったんだ。全然知らなかったよ海」
思い思いの屋台ご飯を食べつつ夜の海を眺めるのは、いつもの事ながらこんなに楽しいのははじまてのことだった。




