第36話 約束
「うーん、今日はいっぱい遊んだね」
「そうね、その分凄く疲れたけれど」
長らく遊んでいて気がつけば青かった空も茜色に染まっていた、着替えと帰る準備も終わって後はバスの時間までしばらく待つくらいだ。
「はじめての海は楽しめたみたいだな」
「ええ、それはもうね。海さんに誘ってもらって本当に良かった。ありがとう」
「そんなお礼なんて、海も楽しかったからそんな気にしないで」
「いやー、今日は本当に良かったぜ。それでよ皆に相談があるんだけどさ、このメンツで来週の花火大会にも行かね?」
「いいね、薫ちゃんはどう?一緒に行きたくない?」
「もちろん花火大会の方も楽しそうね」
この島でも一応花火大会は開催されている、広い敷地に出店も並び人も混むくらいの盛況を毎年見せるそのイベントだ、花火以外にも餅まきやビンゴ大会もあるが大きな趣旨としては島内島外から集まるダンスチームの発表を見るのものだ。
ジャンルも様々人数も少数から大人数、年齢も問わないため老若男女楽しんでいる。
「花火以外でもダンス見たりとか他にも楽しむ事はあるしな」
「それは期待できるわね、それに知ってる男子がいた方が私としても安心できるし」
「おう、それじゃ当日の夕方六時くらいに現地集合で良いか?」
「オッケー」「わかったわ」「了解」
「じゃあ、そういうことで俺は先に帰るな」
「おう、お疲れ」
「そうと決まれば今度は浴衣を買いに行かないとだね、薫ちゃん早速明日行こう」
「そうね、それよりもうそろそろバスの時間じゃないかしら」
「ちょっと急がないと間に合わないかもな、走るか」
「ええー、もう疲れてるのに」
「もう一息よ海さん」
「早くしないと置いてくぞ」
「もうなんで二人はまだそんなに体力残ってるの?」
走ったおかげでなんとか三人無事にバスに乗り込む事が出来たが、そのせいで限界になった海が眠ってしまった。
「遊び疲れて寝るとか子供みいたいだな、まあバス停についたら起こすか」
「そうね・・・、今日は色々教えてくれてありがとう。凄く勉強になったわ」
「別にたいしたことはしてないんだけどな、黒崎がすぐに覚えるから」
でも、本当はこういうことを教える必要なんてない。
根本的に黒崎は島に来るような人ではないはずだ、本来なら都会の友達とプールに行ったり一緒に遊んだりしていたんだろう。
こうしてその役が俺たちに変わってしまったのは黒崎の父親のせいだ、ただこうして俺たちと一緒にいる黒崎はいつも笑顔で楽しそうにしている。
なんとも皮肉な話だ、だからこのどうしようもない複雑な気持ちに駆られてしまう。
「どうしたの、汐見君ちょっと怖い顔してるけど」
「・・・ああ、ちょっとな」
「私に話したいことがあるの?」
「俺そんなにわかりやすいのか、ちょっとショックなんだが」
「これでもなんとなくなの、でも前から他人から見られる自分のことになると敏感になってね」
「そうか」
他人のことはわからないくせに他人が考えている自分のことについてはわかってしまう、それは単純に気になっているからだ。
自分の評価を気にするあまり無意識に感じ取ってしまう、一度染みつくどうしようもなくなる感覚だ。
「大丈夫よ、汐見君なら。最近はそう思うようになった」
「それはそれは、信用されたもんだな」
「ええ、だから話してみて」
バスに流れ込んだ夕焼け色に染まった光が、黒崎の顔を照らして儚げな表情を写した。
それを見た俺はなんと抵抗もなく思った感情を声に出して言葉を紡いでいく。
「…黒崎はこの島に来て本当に良かったのか?地元に後悔はないのかなって。」
この質問はかなり話して良いのか迷ったことで、過去のことを掘り返してしまっているから黒崎の事を傷つけてしまうのではないかと思った。
「そうね、父親のこともあって学校にも友達がいなくなってしまったけれど。確かに戸惑いもあったし、通っていた思い出の場所もたくさんあった」
「やっぱりそうなのか」
「でもね、汐見君。私はこっちに来て貴方や海さんに新町君。他にもいい人達が周りにはいるし。それに色んなところに行って新しい事を知って思い出も出来てきた」
過去の話をしている時の暗い顔からは一変して、今度は心からの笑顔を見せていた。
「だから私この島に来たこと、後悔なんてしてないわ」
「それを聞いてこっちも安心したよ」
「ええ、だから私最初に出会えたのが汐見君で良かった。本当に感謝しているの、それでそのっ私」
「えっ・・・」
その時の黒崎の表情は夕焼け色のように赤く、潤んだ瞳に目が離せなかった。
「うわぁ!寝過ごした。今どこ?」
「もう次だぞ」
「良かった、もう。起こしてくれれば良かったのに」
「お前が勝手に寝てたんだろうが、まったく」
程なくバス停に着き一駅早い海が先に降りていく。
「それじゃあ、薫ちゃんまた明日ね。晶も約束忘れないで来るんだよ」
「わかってるよ、お疲れ」
「またね、海さん」
海が降りてから二人っきりとなったが、先ほどまでの空気を今更ながらに思い出してお互いに恥ずかしくて目を合わせられず俺が降りるまでずっと無言の状態だった。
「んじゃ、お疲れ」
「え、ええ。さようなら」
最後までまともに相手することが出来ずに分かれてしまったが、俺の心の中では黒崎が言おうとしていた事がずっと気になっていた。




