第35話 揺れる水面
「あははっ、そーれ!」
「きゃあ、冷たい。ならこっちも、えいっ!」
「うわあっ!やったね薫ちゃん。」
「なあ、同士よ。俺はこれほどこの島に生まれてきて良かったと思うことなんてなかったぜ」
「奇遇だな俺も全力で同意する」
女子達のきゃっきゃうふふな景色を間近で見られることなんて中学生の頃からしたら考えられないことだ、今までなんて海で遊ぶといったら家族や親戚のちび達を一緒に小さい浜であやしたり。
父親に連れられた実家近くの防波堤で毎年恒例の貝獲りをしたりしていた、それはそれでとても楽しいのだがこっちの方が断然青春している感じがしている。
「なあ同士よ、これは本当は俺の妄想が生み出した夢なんじゃないか?ちょっと頬をつねってくれ」
つねられた痛みで目の前風景が現実だと知り、痛みとは違う理由で涙が出そうになった。
「現実とわかったんなら、俺たちも混ざろうぜ」
「いいのか?俺みたいなやつ混ざっても」
今更ながら今の現状に物怖じしてしまう、初めてでこんな経験がないというのもあるが女子となにか一緒にすることにも抵抗するというのに遊ぶといのはちょっとした罰ゲームに等しい。
「いいに決まってんだろ、なに難しい事考えてんだ。ほらそうこう言ってると・・・」
なにか含んだ新町の横から勢いよく水しぶきが飛んできた、思わず尻餅を着いてそのまま水に使ってしまった。
「なーにぼうっとしてんの、また薫ちゃんの水着に欲情してたんじゃないの」
「海さんその言い方は止めて、恥ずかしい」
海も黒崎もいつも通りで、普段と調子がおかしいのはこの中では俺だけだった。
変に気を遣わせても悪いし、そうなったらもうやけだ。
「・・・、やったなこの野郎!」
「うはあー!勢いが、うわっぷ」
「凄いこっちまできゃっ!」
渾身の水かきは海だけでなく、隣の黒崎にまで被害が及んだようだ。
ちょっと本気を出しすぎたかもしれないと不安になった。
「こうなったらやられたらやり返す、薫ちゃん協力して反撃だよ!」
「ええ、負けっ放しというのも性に合わないもの」
「じゃあ俺もこっちに加勢してと」
「な、新町てめぇ裏切ったな!」
「ふっはじめからお前の味方なんてしてないぜ、それに世の中ってのは常に多数派に着くのが一番なのさ」
「俺たちの熱い友情はどうしたんだ同士!」
「そんなときもあったな!」
「それー、一斉攻撃!」
「ごめんなさいね汐見君。」
「そういうお前が一番手加減ないな!いつの間に回り込んだんだよ。」
こうして俺は三人の包囲網に抗う術もなく海の藻屑となった。
「よし、じゃあ次はあっちの筏の方まで行こうぜ」
「そうだね、今なら人少なそうだし」
「いかだってあそこに浮いているもののこと?」
「うんそうだよ、あそこから勢いよく飛び込みとかするんだよ!」
「それは楽しそうだけれど、遠いし足が着くのかしら。あんまり行ける自信ないわ」
「あっそっか、うーんでも今日は浮き輪持ってきてないし」
「貸し出ししてないのか浮き輪」
「ちょっと俺が行ってくるよ」
「悪いわ汐見君、私も行く」
「大丈夫だよ気にしなくても、すぐそこだし」
「そうだよ薫ちゃん、こういうのは男子に任せておけば良いの。
「へいへい、じゃあ行ってくるわ」
しかし、行ってみたはいいものの今日は遊泳客が多く貸し出し用の浮き輪はもなくなっていた。
「数がないらしい、今日は家族連れも多いししばらくは借りられそうにないな」
「そっか、どうしよっか」
「ごめんなさい、私が迷惑を掛けて」
「ううんこればっかりはしょうがないよ、でも泳げない訳じゃないんだよね」
「ええ、といっても東京では少し深めのプールでしか泳いだことなくて海というものはこれがはじめてなの。」
「「マジで!」」
これが地域の差というものなのか、プールはないことはないが地元民からしたら泳ぐと言ったら海しか選ばない。
「これが田舎と大都会の差なんだろうな」
「都会っ子は海よりもアトラクションとかおしゃれな遊園地みたいなプールで遊んでるんだろうね」
「それを考えたらここは夏しか泳げないし、というか泳ぐしか楽しみがないから人気がそこそこなんだろうぜ」
「皆して田舎のひがみばかり言っているけれど、向こうのプールなんて入るのだってお金がかかるし人は多いからあまり楽しい思い出なんてないわよ」
「そう言ってくれるだけでもこの海は報われたな」
「それにしても島の人って皆同じように泳げるものなの?」
「まあ、個人差はあるけど。俺は物心ついたときから浮き輪なしでそこら辺泳ぎまくってたな」
「なんつうか島の伝統っていうか俺も小さいときに親父からぶん投げられててなそれからなんとなく泳げるようになったな」
「私も、あのときは今でも覚えてるよめっちゃ怖くて泣いたもん」
「この島の泳ぎの教え方ってずいぶんと野性的なのね」
「そんなにオブラートに包まなくても良いぞ、乱暴だよな」
「うーん、でもさ薫ちゃん泳げない訳じゃないんでしょ?だったら練習してみるのもありじゃないかな」
「あー、立ち泳ぎの練習か」
「そそ、運動神経のいいからコツさえ掴めば出来ると思うよどう?」
「そうね、せっかくだからやってみるわ」
「うんうん、いざとなったら晶がなんとかしてくれるでしょ」
「いや、そこは丸投げかよ」
「ならぎりぎり足着くところまで行ってから練習するか」
「オッケーじゃあ行こっか」
というわけで島流の立ち泳ぎ講座が始まった、でも黒崎も決してカナヅチというわけでもなかったため少し教えただけで普通に泳げるようになっている。
「そうそう、手と足をまんべんなく使って水をかく感じで。あんまり力み過ぎると疲れるし上手く浮けなくなるから落ち着いてゆっくりな」
「ええ、こんな感じかしら」
「良い感じだ、かなり筋がいいし飲み込みが早い。流石だな」
「きっと教え方がいいのよ」
「あの二人は割と感覚で泳いでるから、擬音で伝わる分けないのに」
「そんなことないって何事も感覚が大事なんだよ」
「まあ俺たちはなんとなくでしか泳いでないからな、何も考えないし」
最初の方はやる気満々の海が指導していたが、なにやらフワッととか、クネクネとかなんとなくわからないでもないが一向に進まないので講師を変更することになった。
「もうだいぶ慣れてきた感じだな、これならもう大丈夫なんじゃいか?」
「そうだね、じゃあ筏の方に行ってみる?」
「いや待て、念のために潜りも覚えた方が良いだろうな。水に慣れるためにな、黒崎はそこら辺の経験は多分ないだろう?」
「確かにこんなに深いところまで来た事がないから」
「飛び込むならそれができる越したことないし、それにその方が良い物が見れたりするしな。ゴーグルもあるみたいだし」
「わかったわ、やってみる」
といっても、これもあまり黒崎には難しいことではなくすぐにできるようになった。
「それにしても綺麗な海だとは思ってけれど水中の中でも変わらないのね、びっくりした」
「だろ、こういう砂浜のところだとあれだけど。海岸とかでも同じくらいの透明度だから、いろいろ見れて楽しいんじゃないか?」
「ええ、凄い楽しいわ。これはここでしか味わえないわね」
これこそ海の本当の楽しみ方だと思う、俺はただ純粋にこのことを教えたかった。
「それじゃ改めて行ってみようか」
「ええ、お待たせしました。楽しみね」
「うっし、それじゃ汐見。どっちが早く着くか勝負でもするか?」
「あー、でも黒崎は大丈夫か心配だな」
「私は大丈夫よ、気にせず行ってきて」
「ふん、薫ちゃんのそばには私がいるから平気だよ」
「余計心配なんだが、まあなにかあったらすぐそっちいくから」
「ありがとう、頼りにしてるわ」
「おう、任せとけ。これでも結構自信あるしな」
「ほう、その自信はどこから来るのか。それは俺に勝ってからいえよな」
「望むところだこのやろう、なめんなよ。俺の潜水スキルみせてやんよ」
「はい、じゃあ行くよ。よーい、はいっ!」
なんだかんだ無事にいかだまでついてからというもの、俺と新町は男飛びしてからどこまで潜れるかの勝負をしたり。
女子二人も飛び込みをしたりなどちゃんと楽しんでいた。
それから戻る時も俺の出動の機会も幸いにしてなく、遊び疲れたみんなで休憩所に戻って飲み物とアイスを買ってくつろいでいた。
 




