第33話 夏の醍醐味
夏休みとはいえ当然部活もあり、午前中は熱い日差しの中練習で青春の汗をかいている。
三年生が引退して新体制となった陸上部もようやく足並みが揃ってきた感じだ、少し前まではまだ三年生がいなくてまとまっていなかったが新しい部長が頑張っているようだ。
「やっと今日の練習も終わったな、マジでこの頃熱すぎて死にそうだわ」
「まあ、夏だし日本でも一番西にある県だからしょうがないだろ」
「ならよ、昼から他のやつも誘って海行こうぜ海」
「海か、いいな。どこ行くんだ?」
島というのもあって正直どこに行っても海が近くにある、泳ぐには困らないのが島の少ない良いところだと思う。
「そりゃお前蛤浜だろ、イベントとかやってるし確かバナナボート無料で乗れるしよ」
「あー、そっか今日からだっけ確か」
島の中でも知名度の高い蛤浜海水浴場、夏のシーズンになると島内だけでなく島外からの観光客が来る。
その時に開催されるイベントがあり、その期間中はバナナボートとシーカヤックが無料で利用できたり。
他にも浜の砂で作られた美術作品が展示されていたり、商品を賭けたゲームが開催されるなど
大人から子供まで楽しめるためから毎年の事ながら島内の子供にとっては夏の楽しみの一つの数えられる。
「まあ、でも高校生にもなってイベントとかあんまり関係ないけどな。泳ぐだけでも楽しいし」
それにどっちかというと俺個人としては、あんな誰でも楽しめるような浜ではなくてもっとスリリングな防波堤のようなところで遊びたい感じだ。
去年は日和って飛び込む時に足から着水してしまったが、今年こそは父親のように頭から飛び込む男飛びを成功させたい。
別に低いところからならいくらでも飛び込んで見せるのだが、いかんせんあそこは潮が引いたときには水面から二メートルくらいはあるから結構勇気がいる。
まあその話はおいといて。
「馬鹿野郎、高校生だからこそ楽しめる事があるだろう?」
「そういう目的なら遠慮しとく」
「まあそう固いこと言うなって、お前せっかくの高校生活彼女も作らないで過ごすつもりか?」
まあこいつの企みは早い話がナンパである、昔からそういうのに縁がなかったから正直苦手というか無理。
ただ高校生にもなって彼女の一人もできないというのは確かに思うところがある、オタクとはいえリアルに恋人が欲しいという気持ちは少なからずある。
「そんなことはないけど、なんていうか恥ずかしいというか自信がないというか」
「なら俺と一緒にやろうぜ、な?一人よりも二人の方がお前も気楽だろ。何事も経験だぜ」
「・・・わかったよ、いいよ付き合う」
「そう来なくっちゃな、それじゃ昼一現地集合名な!」
「はいはい、了解。水着どこにしまってたかな」
こうして俺は人生初となる海遊びナンパをすることになってしまった。
昼一ということだったがバスの時間の関係で早めに着いてしまった。
新町は家が近く自転車で来るらしいためもうしばらく待つことになりそうだ、どのみち荷物を置くために休憩スペースに行かなければならないのでそこで落ち合えればと思って先に泳ぐ準備をすることにした。
着替えを済ませて適当に空いているところに荷物を置いておく、不用心にも荷物を置きっ放しにしているがこの島ではそういうことはあまり気にしたことがない。
生まれてから何度もこの浜で遊んでいるが盗難に遭ったことは一度もない、逆に置き忘れた荷物を直接返してくれた人に会ったことがあるくらい。
これも島の土地柄というか人柄というか、悪い人というのはあまり見かけない。
「それにしても人多いな」
視界一面に広がる砂浜には埋め尽くすほどとはいかなくてもたくさんの海水浴客が来ていて、家族連れや若者がそれぞれ夏の海を満喫していた。
今日は天気も快晴で絶好の海水浴日和、どこまでも続く海と空の青色が鮮明に写り輝く太陽が反射して水面が綺麗に輝いている。
見慣れた光景とはいえ何度見ても心が透き通るような景色に無意識にそれをじっと眺めてしまう。
外から来た観光客にしてみればそれはより確かに感じる事だろう。
「凄い・・・綺麗」
なんて言葉が聞こえるくらいにこの海は貴重なところなんだろうと思っていたら、その感想の主は同じくらいに麗しい美少女だった。
「黒崎?なんでこんなところに」
声を掛けたがこちらには一切反応せずにただ目の前の光景に見入っていた。
「おい、黒崎。・・・黒崎さーん。駄目だ聞こえてない、本当にこういうことってあるんだな」
流石にこのままでは駄目だろうと思い、もうちょっと近づいて声を大きくしてみる。
「黒崎!」
「きゃあっ!」
驚いたのか耳をふさいでそのまま身を低くしてしまった、いやこれは驚きよりも怖がってる感じだ。なんとか落ち着かせようと今度は顔が見えるように正面に立つ。
「すまん、俺だよ汐見だ。怖がらせたか?」
「・・・汐見君?」
「ああ、あんまりぼうっとしてたからついな。いくら声掛けても気づかなかったから。ごめん」
「本当にびっくりした、・・・正直怖かったわ」
「本当に悪かった、ごめんなさい。大丈夫か?」
あまりの事で黒崎の男性恐怖症のことを気に掛けることが出来なかった、完全にこちらの落ち度だ。
「ええ、もう平気。怖かったけど声でなんとなく汐見君だってわかったからこの程度で済んだんだと思う。そうでなかったら気絶しててたかもね」
「それは本気で起こりうるから洒落にならないな」
「汐見君、本当に悪いと思って反省してる?」
黒崎の表情は笑っているが目の色が違う、こんなに怒っている黒崎は初めて見た。
背中にかいた汗は夏の暑さのせいだけではない。
「は、反省します。」
「ならばよろしいこの海に免じて許しましょう」
「同じくらい黒崎さんの広く綺麗な心に感謝します」
「・・・クスっ」
「・・・ふふっ」
お互いの少し芝居がかった台詞になんともいえない笑顔がこぼれる、ともあれ機嫌が直ったようでなによりだ。
「薫ちゃーん!待ってよー!あれ?なんで晶もいるわけ?」




