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潮風薫るこの地にて  作者: 松田 業平
第二章 日常
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第29話 真剣勝負

「青方先輩ちょっと良いですか?」

「おう、どうした。珍しいな」

「実は例の件で話があるんです」

と言って黒崎の方をちらっと見る、そうすると青方先輩も納得した顔をしてくれた。

「わかった、休憩時間もまだあるしちょっと場所を変えよう」

周りの人があまり来ないところまで歩く、トイレの横の少し奥に行ったところだ。

「ここなら良いだろう、それで用件は」

「まずはさっきの件、黒崎に色々協力してくれていたようで助かりました」

「まあ、俺と言うよりは春香がやったことだけだよ。礼ならあいつに言ってくれ」

「そうだったんですか、でも次は先輩にも協力して欲しいんです」

「次…か、なるほどお前が最初の鬼だったな。確かによく考えてみると最初にお前が黒崎さんにタッチするのは良くないな」

やはりと言うべきか、青方先輩は部長というのもあるだろうがちゃんと周りの人を見ている。

それにこちらの言うことも理解が早くて、流石というしかない。

こんな先輩だからこそこれから言うことをためらってしまう。

「汐見、何も悩むことない。ようは事情を知ってる俺を早めに捕まえてから春香でも友達の元浜さんでも捕まえれば良いだけの話だろ?」

本当にこの先輩にはかなわなかった、間違いなく俺がいまから提案しようとしていたことと全く同じ事を言われた。

「いいんですか?先輩がそこまですることじゃないと思いますけど」

でもそこで先輩は少し笑っていた。

「お前も心にもないこというな、俺に相談した時点で断ると思ってなかったろ?」

「・・・、ばれてましたか」

「俺、部長だから。足が速いから選ばれたわけじゃないんだよ、うちの顧問はそういうところもちゃんと見てるんだからな」

そのどこまでも誠実な姿勢はとてもまぶしい、これが真のリア充って事なんだろう。

ただ、そんな先輩だって今年で部活は最後。

尊敬する先輩に後輩としてなにかしなくてはいけないだろう、その考えも一応ある。

「ただ、先輩だって簡単に捕まるのも面白くないんじゃないですか?」

先輩に対して挑発的な行動を取るのは勇気がいるものだ、こうしている今も心臓の鼓動が速くなっている。

「・・・へえ、言うようになったな汐見。で?どうするんだ」

「先輩も全力で逃げてください、俺も全力で先輩を捕まえます。そうしないと不自然でしょう?」

「まあ確かにそうだな、でもそれは勝算があってのことか?」

流石に怒っている訳ではないだろうが、目が完全に勝負をする目をしている。

でもこっちだってひるんではいられない、あの青方先輩との勝負だ。

正直、燃える。

「もちろんなければこんな提案しません、勝算はあります」

「面白い、乗ったぜその勝負」

「代わりに制限時間を付けます、ずっと捕まえられなかったらそれはそれで問題がありますからね。三分にしましょう」

「いいのか、五分くらいでも多分良いと思うが。俺の予想では皆しばらくはお前との勝負を観て楽しむと思うけどな」

「そんなまさか」

「なんなら、鬼ごっこの最中に俺が大胆に挑発してやっていいぞ?」

この人、笑っているけど目が相変わらずマジだ。

おそらく本気で言ってるし実際にやる気は満々だろう。

「その雰囲気で行けば五分なんて余裕だよ、それで捕まらなかった後はどうする」

「その時は覚悟を決めて海・・・元浜を捕まえます」

「お前、それはたいしたもんだな。背水の陣ってやつか」

「ええそうですよ、だから俺死ぬ気で捕まえに行くんで」

「おう、楽しい五分間にしようぜ?」

分かれた後、俺は準備運動を入念にして適度に水分を取るなど体を万全の状態にした。

挑発したのに、逆に返されたのは面食らったが闘争心を焚き付けられた気分になった。

「・・・ふう。んじゃやりますか」

休憩が終わり運命の増え鬼二回戦が始まる。

各所に散らばった部員の真反対側の端っこのラインで待機、時間になったら小浜先生の合図で開始だ。

もう少しで始まる前に、青方先輩が前に一人で歩いてくる。

だいたい皆して俺から観て半分より後方の方で待機しているのに対して、先輩は堂々とその半分のラインあたりまで来ていた。

それからこれ見よがしに、挑発のハンドサインをしてきた。

これには他の部員や隣の先生も驚いていた、ただ小浜先生は俺の様子を見てなにかを察したらしい。

「お前らなにやらおもしろいこと企んどんな?」

「わかりますか?」

「あんなに楽しそうな充は久しぶりに見たからな」

「なら、こっちも遠慮なくいけそうですよ。安心しました」

駄目だ、楽しすぎて笑ってしまう。

先輩もめっちゃ楽しそうだ、ならばもう迷いはない。

「くそっ、あの先輩絶対泣かす!」

「はい、用意スタート!」

その号令の合図とともに、俺は一目散に先輩を捕まえにかかった。

対する先輩は俺がしばらく距離を詰めるのをまってから後方に走り出した、全くあの余裕そうな顔が少し気にくわなかった。

「わかってるな、汐見。制限時間は五分だからな」

「そりゃもちろんですよ!」

逃げながら喋るとは本当に良い性格してると思ったが、案外これが素の先輩なのかもしれない。

部長という責任から自分を、なにより仲間を律する立場になったときから部員に気を遣うことをしてきたのだろう。

でも今はそんなこと何も考えず自分がただ全力で楽しむことに集中している。

本当は誰よりも負けず嫌いな性分なんだろう、その気持ちは俺もわかる。

でも負けるわけにはいかない、黒崎のこともあるが一後輩として先輩に早めの引導を渡すのも悪くないと思っていた。

「んなろっ!」

しかし、やはりと言うべきか、なかなか追いつけない。

逃げる範囲は大きい正方形、角に追い込もうとしても逃げられてしまう。

あの先輩、直線も速いがカーブを曲がる速度も尋常じゃない。

「くそ、やっぱり速いな。流石」

「どうした?もうへばったのか、まだ時間は残ってるぞ」

「全く、その本性いつから隠してたんですかね」

「そりゃもちろん部長になったときからだよ」

「へえ、てっきり今里先輩とつきあい始めてからかと思いましたよ」

興奮しすぎて普段では言わないようなことがどんどんと出てきてしまう。

「な、それはあんまり言うなよ!」

「すみません関係ないことです、さあ速く逃げてください先輩。でないとガチで捕まりますよ?」

「お前も大概だと思うけどな!」

周りは晶が捕まえてこないとわかるや、隅っこで観戦している。

女子の黄色い声援、男子の歓声も聞こえてきた。

なにもかもが先輩の手のひらなのが腹立つがこれはこれで悪くない。

「晶のやつ、考えがあるってこういうことなの?なんか青方先輩とガチでやり合ってるように見えるんだけど」

「確かに、いったいどうしようとしているのかわからないけど・・・。青方先輩も汐見君もとっても楽しそうね」

「そんなこと言ってる場合なのかな・・・」

揃って観戦してる二人も晶の考えに疑問をもちつつも黙って見守ることしかできなかった。

「まあ、あの二人のことだし心配しなくてもいいんじゃない?」

「まあ、晶はともかく充先輩なら大丈夫だと思いますけど。正直こんなことになるとは思わなかった。晶が何か言ったのかな?」

そこへ今里先輩や奈々も来て四人で見る事になった。

「本当に良いですか今里先輩、これで」

「まあなんとかなるでしょ、それに今年で最後の遠征の鬼ごっこをあんなに楽しんでる充を見るのは案外悪くないわね」

「はあ、薫ちゃんと同じ事言ってるし。まあいいか」

時間も残り一分と言ったところ、全力で追い回したせいで息もかなり上がってきたがそれは先輩も同じ。

「ハァハァ、そろそろ時間だぜ汐見」

「ふうふう、なんのあと一分あります」

「もう、息絶え絶えじゃねぇか・・・」

「それは先輩も一緒でしょ、それにね先輩」

「なんだ?」

「俺中学の時に出た駅伝で一番きつい区間で十人ゴボウ抜きして区間賞取ったことあるんですよ、だからちょっと体力には自信があるんです!」

残り少ない時間、最後の体力を振り絞って先輩を追いかける。

逃げる背中にももう余裕の色はない、でもあと一歩届かない。

追いかけた先は角、これがラストチャンス。

「残り二十!」

先輩は得意のカーブで逃げ切ろうとする、しかしそこで俺はあえて止まった。

周りからも少なからず驚嘆の声が上がる。

止まったところから先輩の行く先をショートカットするように予測してただ一直線に走る。

(ゼロからのスタートが異様に速い、なんてバネだ。)

虚を突かれた先輩の動揺をよそに俺は精一杯手を伸ばして背中に触れた。

「俺の・・・勝ちですね。先輩?」




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