第25話 些細な問題
私は、この島に来てからは慣れないながらも色んな人と出会い知り合ってきた。
特に汐見晶と元浜海とは自分の男性恐怖症という問題を知られてもなお対等に接してくれている、中学生の時は周りの皆は遠くから眺めるだけ。
当時友達だった人達でさえもよそよそしくなっていってた、でもそれも仕方のないことだ。
みんな受験もあったし私のことなんてかまっている暇などあるわけがない、それに進学してしまえばこんな自分とは関わることはなくなる。
両親が離婚して、母方の実家の方の学校に進学することがわかった頃からは露骨になり卒業するころになるともうまわりには誰一人として関わる人間はいなかった。
でも不思議と寂しく感じることはなかった、もう悲しいことばかりで心が麻痺していたのかもしれない。
涙はとうの昔に枯れていた。
そんな私でも母はいつも通りにしてくれていた、これから引っ越す事になる母の地元の話もたくさん聞いた。
日本で一番西にある県のさらに国の外側にあるその島は豊かな自然ときれいな海が広がっていて、新鮮な魚介がたくさんあって田舎だがとてもいいところだと。
そして島に住んでいる人は皆優しくいい人ばかりだとも言っていた。
笑顔で話す母の言葉は嘘は言っていないように見えるが、後半の方はとても信じられなかった。
住んでいるところが変わろうが人の根本なんて変わらない、自分のことで精一杯で他人に優しくできる人なんてそんなにいるはずがない。
島に来て学校に通うようになるまではそう思っていた自分がいた。
でも違った。
出会う人は皆それぞれしっかりとした自分がありつつも、人の事をちゃんと認識して考えて行動している。
理由は簡単で狭い島の中ではひとたび出会えばそれ以降長い時間を共有して、互いの色んな事を知っていく事ができるからだ。
でもそんな環境だけの問題じゃない、そうして築かれた共通の認識が親からその子供へと受け継がれて確固としたものとなりそれがもう当たり前となっているからだ。
人に優しくするなんて当たり前。
確か汐見君は初めて会った頃そんなことを言ってた気がする、今になって母の言うことが本当なんだと思った。
今の生活は中学生の頃からは考えられないほど充実した毎日を送っている、汐見君や海さん奈々先輩や今里先輩や青方先輩。
親しい友人とも呼べる人たちができて部活にも入って、これも一人で不安になっていた私にとても素直でまっすぐな思いを伝えてくれた汐見君と海さんの言葉を信じたおかげだ。
自分の悩みである男性恐怖症も二人がついてくれるならなんとかなるんではないかと希望が持てるようになった。
でもその二人も同じように抱えているものもあると知った、私の知らない二人の関係性。
「だって、小学生の時に私あいつのことこっぴどくふったもん」
その言葉を聞いて色んな事を考えるようになった
。
汐見君がなんで女性に苦手意識を持っているのか、原因は海さんだとわかった時には目を丸くしたものだ。
でも、二人は私にとっては今や大切な存在である。そんな二人が前の出来事のことでぎくしゃくしているのならなんとかしてあげたいと思うが、こんな私がでしゃばっていいものかとも考えてしまう。
これは二人の問題でしかもまだ知り合って長くない私がどうこうできるものでもましてや関わって良い物でもない。
時間が過ぎている今些細な問題なのかもしれない、しかし。
私は彼の問題にも力を貸すと言った、彼も今の自分を変えたいとこれは協力ではなく共同だと。
ならば、なおのこと放っておく訳にもいかなかった。
どうにかして過去の憂いを払拭して、あの二人の中が好転すればいい。
そうすれば彼の問題の助けにもなるし一石二鳥。
余計なお世話かもしれないが、これも二人のため。
これからは密かに行動しようと消灯後枕元で必死に己の考えを巡らせていた。
「なんか眠そうだけどどうしたの?」
「昨日はしゃぎすぎたからかもしれないわね」
「まあ確かにあんなに喋る薫ちゃんは初めて見たよ」
昨夜は目が冴えて眠れず結局バスのなかで寝落ちしていた、隣の海さんに起こされたのがしばらくわからないくらいで心配されたが問題ないといって今日の練習に参加した。
五月の連休を利用しての遠征、練習は過酷だけれど皆真剣な顔をして一生懸命に取り組んでいる。
それもそのはず、一ヶ月後に控えた高等学校総合体育大会に向けてのことだ。
三年生もその大会で最後となるために悔いのないように一段と精を出していた、そんな中でも私は彼汐見君から目が離せなかった。
普段はたいてい気怠げで授業中も居眠りしている(でも起きているときは当てられたときにちゃんと答えを言えるが・・・)けれど、ただひたむきに時折きつそうに膝をつきながらも少しするとまたただ前を向いて走っている。
それは一般的で普通なのかもしれない、でもそんな当たり前のことを当たり前のようにできる人っていうのは案外少数だ。
大概の人は周りをみてこれくらいでいいかなとか真面目にしている人を見て、ださいとかくだらないとか理由を見つけてサボったりきついことから逃げようとしているものだ。
でも彼は違う、周りが全く見えていない。
ただ愚直に自分と向き合っている、まるで自分の敵は自分のみと言わんばかりに。
「こら!黒崎集中して」
「あっはい!すみません」
「頑張らないと汐見弟君みたいに慣れないぞ?」
「・・・はい」
今の自分に的確な指摘をくれた今里先輩は流石副部長というべきかちゃんと人のことを見ている。
「私じゃなくても誰が見てもわかるよ、だって彼のことガン見してるもん。」
「・・・・・・!!」
「それにしてもほとんどの女子が黒崎が夢中になって見ていたのに気づいてるのにね、それでもあの高い集中力を維持できるっていうのは才能だよ」
「夢中になってなんかいません!」
「見ていたのは否定しないと」
もう恥ずかしくて顔が熱くなってどうにかなってしまいそうだ。
「でもあんな姿みたらさ本当に凄いって思うよね」
さっきとは違う顔に黒崎も少し落ち着いてきた。
「充もね昔あんな感じだったのよ?」
「青方先輩が?」
「ええ、振り向かないでだだまっすぐにって感じだった。今の汐見君とちょっと似てる」
今の誰にでも親切にできる穏やかな先輩では考えられない事だった。
「新入生の中でも頭一つぬけててその当時の先輩ですら追い抜いて、でも充には驕りとかかっこつけてるとかそんな雰囲気全然なかった」
聞いていると今の汐見君と重なるところがたくさんある、確かに似ていると思った。
「その時の私はそれを見て嫉妬しちゃった、これでも中学生の時は学校の代表してたのよ?ただそれと同じくらい憧れた。あんな風にどこまでも前を見てみたいって本気で思った、だから私も頑張ったの」
今里先輩の気持ちは私の今思っている事を代弁してくれているかのように感じた、嫉妬と憧れ、今の自分の中にある感情に名前を付けるのならばまさにそれだ。
「汐見を見ていたらさ、黒崎もそう感じるんじゃない?」
「はいっ!」
「よし、じゃあ練習再開するよ」
心に満たされた今里先輩の言葉、それを認めていまはただ彼に負けないように少しでも近づけるように頑張るだけだった。




