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書きたい病が発症しました2


次か、次の次で終わる……かも。

 

 

 

 昨日アシェリートに冷たく言い捨てられ私室で泣き続けていたのに、今日もオルグレン公爵邸へ向かう為ラリマーは侍女達に化粧をさせる。化粧台の前に座る自分の顔を見て微笑む。両親が、使用人達が可愛いと褒めてくれる微笑を浮かび続けていたら、スカーレットがいなくなって荒んでいるアシェリートも前のように接してくれると信じて。

 まさか、初めて出会った時から一途に想い続けるスカーレットが消えた原因の元凶であり、自分の欲求を満たす為に常に片割れを犠牲にしていた自分が出会った時から嫌われているとは知りもしないで。

 

 白いレースがふんだんに使用されたドレスを着て真珠の髪飾りを整えた青緑の髪に付けた。

 リリスに振り返った。

 

 

「どう?」

「とてもお似合いです」

「ふふ。これを見たら、アシェリート様も機嫌を直してくれるわ! わたし達は両想いなのだから」

 

 

 ラリマーのこの考えは何処から湧いてくるのか。過去一度も、アシェリートは好きだと言ったことはない。常に2人でいる場所を見られても話すのはラリマーだけ。アシェリートは当たり障りなく相槌を打つだけ。距離も一定を保ち、触れる等決してない。ラリマー自身は触れてほしいし、触れたい。だが、お互いに婚約者がいる身だから触れ合うのは互いが婚約を結び直してからだとラリマーは思い込んでいる。

 スカーレットの前でラリマーを庇う対応をしていたのも、後で粗末に扱ったらラリマーがあの両親に泣き付くからだ。アシェリート様に冷たくされた、お姉様に邪魔者扱いされた、と。それだけでスカーレットは両親に――特にラリマーを溺愛している母アレイトに――きつく言い付けられ、長時間に及ぶ説教をされる。次第に心が死んでいくスカーレットの為にラリマーを丁寧に扱わざるを得なかった。

 

 

「ラリマー……?」

 

 

 丁度、部屋を出た辺りでスカーレットがいなくなってから寝込んでばかりのアレイトと出会わした。頬は痩せこけ、目の下には濃い隈が出来ていた。艶やかな同じ色の髪もぼさぼさで手入れが行き届いていない。久し振りに母が外に出た姿を見たラリマーは心配げに駆け寄った。

 

 

「お母様! 外に歩いて大丈夫なのですか?」

「ええ……。ラリマーは何処へ行くの?」

 

 

 昏く、生気のない空色の瞳には、もう1人の娘まで遠くへ行ってしまうのではないかという恐怖心がありありと浮かんでいる。オルグレン公爵邸です、とラリマーが発しかけた時――女性の声が届いた。声のした方へ振り向くと腰まである濃い桃色の髪を一つに束ね、シンプルだが非常に品の良いドレスを着た女性がアシェリートとローズオーラと同じ紫水晶を母娘へ向けていた。女性が誰か知っている2人の表情から色がなくなる。青を通り越して真っ白になった2人を女性は不愉快だと言わんばかりに形の良い眉を寄せた。

 

 

「あら? なに、人を化け物でも見たよう顔で見て」

「シュ、シュガー様……」

 

 

 アレイトが力なく紡いだ。

 シュガー=オルグレンは持っていた扇子を開き、口元を隠した。鋭い紫水晶がラリマーを捉えると更に眉間の皺を濃くした。

 

 

「……勘違いを助長させたのがアシェリートでも、助長させなくても自分で勝手に増幅していきそうね」

「?」

 

 

 扇子の下でシュガーが何を呟いたか聞こえなかったラリマーは小首を傾げた。アレイトも然り。

 

 

「まあ、いいわ。わたしが来たのはスカーレットの件よ」

「! お、お待ち下さい! スカーレットの捜索は今全力でしています! ですから、スカーレットとアシェリート様の婚約を」

「何を勘違いしているか知らないけど、わたしが今日言いに来たのはスカーレットの親権についてよ」

「スカーレットの、親権……?」

「そうよ。彼女を――ヴァーミリオン公爵家の養女にすると話合いで決められたわ」

 

 

 あっさりと答えたシュガーの衝撃的な事実にアレイトとラリマーの同じ色の瞳が見開かれた。2週間前に失踪したスカーレットをヴァーミリオン主家の当主である公爵の養女に? ひょっとして、スカーレットが戻ったのか? 淡い期待を抱いたアレイトが訊ねるとシュガーは首を振った。

 

 

「いいえ。まだよ。でも、見つけた時またこの家に戻すのは酷というものよ。何しろ、離縁状を置いてまで貴方達と縁を切りたかったのだから」

 

 

 淡々とした口調で、鋭利な氷の刃でアレイトとラリマーを刺し続けるシュガー。彼女にこの母娘に対する容赦は一切存在しない。スカーレットがいなくなってからずっと寝込んでいる人間とは思えない迫力でアレイトは迫った。

 

 

「どういう意味ですか!」

「そのままの意味よ。貴女といい、クリムゾン様といい、一体何を見て、聞いてこられたのかしら。わたしや、ヴァーミリオン公爵も奥方も、果てにはクリムゾン様の兄君に当たるヴァーミリオン侯爵も何度も忠告していたわよね? スカーレットとラリマー嬢の扱いの差に」

「私も旦那様も2人を平等に愛してきました! それをシュガー様やお義父様達は否定するというのですか!?」

「否定も何も事実を言ったまでよ。それに、平等に愛していた?」

 

 

 嫌悪を滲ませる紫水晶がアレイトから一瞬ラリマーを映すも、すぐにまたアレイトへ戻した。

 

 

「本当に? なら、第三者の意見として言わせてもらうわ。貴方達のは平等とは言わないわ。片方に愛情が偏っていた。それも歪に。愛されている方が全くまともに育っていないもの。貴族令嬢としてのマナーもなっていない、次期後継者になったのにも関わらず必要な教育も受けていない、挙句に姉の婚約者に付き纏うはしたない娘。簡単に言ってしまえばこんな所かしら」

 

 

 今度はラリマーを見ながら淡々と述べた。全てラリマーのことを指している。ラリマーは顔を真っ赤にし、アレイトは代わりに反論した。

 

 

「ラリマーは立派な子です!」

「何処をどう見たらそう見えるの。スカーレットと比べると一目瞭然よ」

「スカーレットとラリマーを比べないでください! あの子は」

「優秀だから出来て当たり前? かしら」

 

 

 言う筈だった台詞を先に述べられ口を噤む。眉間に皺を寄せたままシュガーは続ける。

 

 

「跡取りの長子に厳しくするのも、甘やかせない分下に愛情がいくのも、百歩譲って理解は出来るわ。長子が優秀な程期待が大きくなるもの。でもね、だからと言って過剰な教育を施す理由にも、下の子に何の教育を施さない理由にもならないわ。ラリマー嬢の非常識振りは他の夫人達やわたしの子供達からよく聞くわ」

 

 

 シュガーの子供達とは、言わずもがなアシェリートとローズオーラ。常に引っ付かれてスカーレットに近付けない所か、勘違いされラリマーと結ばれることを望まれたアシェリートはスカーレットがいなくなって生気がない抜け殻になってしまった。のは一昨日までの話。

 昨日からやっと行動をし始めた。ショックを受けて茫然としている暇があるなら動けと姉に叱咤を受け、昨日は母に動くのが遅いと叱咤された。

 

 こうなる事を予め予知していたのか、スカーレットがいなくなったと報せを受けると真っ先にヴァーミリオン公爵夫妻に鳥を飛ばした。伯爵夫妻のことだ、どうせ隠し通すと思っていたから。

 今日のシュガーは夫であるオルグレン公爵と共にヴァーミリオン伯爵を訪ねた。会話の途中から全く話が通じなくなり、今応接室ではオルグレン公爵が1人伯爵の対応をしている。シュガーは寝込んでいると聞かされたアレイトの所へ向かっていた。精神的に参っている今、更に負荷をかける話をして、仮にそれが原因で死んでもシュガーの心は揺らがない。元王族という立場上、不必要と判断したものは排除する。国と個人を天秤で量ればどちらが重要か分からない馬鹿はいない。今回の場合は、個人と家で天秤をかけた。

 

 

「今、旦那様と伯爵で話をしているわ。諸々の手続きは既にヴァーミリオン公爵が今している所」

「待って下さい!! わたしや旦那様は、一度もそんな話を聞いておりません! ましてや、スカーレットの親権がお義父様達に渡るというのも……!!」

「これ以上話すことはないわ。時間を取らせたわね」

「シュガー様!!!」

 

 

 言わなければならないのは他にも幾つかあるものの、今言う必要もない上に、下手をすると言わなくても良いかもしれない。個人として、この家の者共に言い捨ててやりたい言葉は天高く聳え立つ山の如くあるが時間の無駄。

 シュガーを引き止めようとしたアレイトだが、ずっと寝込んでいた状態で突然大声を出したり感情が高ぶったせいで倒れてしまう。誰か、誰か、と助けを求めるラリマーの呼び声に応え使用人達が来る。アレイトを使用人達に任せたラリマーが去って行くシュガーを呼び止めるも、優雅に歩く足が止まることはない。

 

 玄関ホールに出ると疲れた様子の夫が待っていてくれた。困ったねと眉を八の字に曲げているので何かと思えば、諦めの悪い娘がまだ追い掛けて来ていた。もう扇子で隠しても隠し切れない悪感情を披露する。鋭利な刃物を連想させる氷の面立ちに「ひっ」とラリマーから悲鳴が漏れた。が、此処で逃したら2度はないと直感で感じるらしい。

 

 

「シュガー様! お姉様が何処に行ったかも分からないのに親権云々等話して何の意味があるというのですか! お姉様がいなくなった今、婚約の問題があるのなら、わたしとアシェリート様で婚約を結び直したら良いではありませんか!!」

「……旦那様。帰りましょう。どうも彼女は、母親似じゃなく、両親似なようよ」

「う、うむ。スカーレット嬢が置き手紙ではなく、離縁状を置いて姿を晦ませる理由が分かるよ。ただ、だからこそ、僕は残念でならない。ヴァーミリオン公爵と侯爵の3年前の判断を」



 6年前、ヴァーミリオン公爵が伯爵夫妻の姉妹の扱いにあまりにも差が有りすぎると強制的にスカーレットを保護した。魔法学院に入学する半月前に何故か伯爵家に戻してしまった。それが3年前。当時の事情を知るオルグレン公爵は頭を振った。



「今更何を言った所で時間は戻らない。それに、あの時の公爵と侯爵の気持ちが僕にも分かる。子を持つ親として、血を分けた兄弟として」

「それが仇になりましたがね」

「シュガーのように物事をはっきり区別出来る人はそうはいないよ。さて、では行こう」

「ええ」

「ま、待ってください!!」



 自分の要求を丸々聞き流して帰ろうとするオルグレン公爵夫妻を呼び止めるも、元々ラリマーの話を聞く気がないので足が止まる筈がない。まだ喚くラリマーを置いて夫妻は外へ出、待たせてあった馬車に乗り込んだ。御者に行き先をヴァーミリオン公爵邸だと告げた。

 閉じた扇子を口元に当てて考え込むのはシュガーの癖。一定の速度を保って過ぎ去る外の光景をじっと見つめていると夫が声をかけた。



「考え事かい」

「ええ。色々とやらなけらばならないことが多いので」

「そうだね。スカーレット嬢の居場所については僕に任せて。色々と顔は広い方だと自負している」

「知ってますわ。だって、旦那様は元々医者を目指していた公爵家の次男だったんですもの」

「まさか、兄が家を捨てて隣国の王女と結婚するとは思ってもいなかったよ。両親も周りも、皆兄が家を継ぐと思っていたからね。その点、僕は医者として世界中を歩いていたからね。報せが届いた時はとても驚いたよ」

「あの時の貴方の慌てようは見てて情けなかったわ。人の上に立つ者は、常に冷静を保つ。基本よ」

「う、うむ。今でも、僕は公爵に向いていないような気がする」

「情けない貴方を補佐する為にわたしがいるのをお忘れかしら?」



 微かに開いた扇子から覗く薔薇の花弁。赤い薔薇は、息子が婚約者の為に沢山欲しいと願った。あの時の息子の必死な顔が思い出されて口元が緩んでしまった夫に仕方ないとシュガーは溜め息を吐いた。

「シュガー」と呼ばれ扇子を口元から離した。



「スカーレット嬢が見つかっても、戻って来ないと彼女が言えばその時はどうするんだい?」

「……そうね。でも、案外帰って来るかもしれないわよ」



 植物魔法を使えるローズオーラでも、咲かせた花を長期間咲かせるのは出来なかった。そこで目を付けたのがスカーレットの炎と光の魔法。単体なら不可能でも、同時に扱えれば話は別。炎と光を合わせることで花の寿命を大幅に伸ばした。更に、その花から採取した種はスカーレットの魔法をしっかりと受け継いでいて、次に咲かせた時はスカーレットの魔法がなくても長く、強く咲き続けた。

 咲かせるだけでは駄目。如何に、長く、強く咲かせ続けるかが必要となる。お抱えの商人から受け取る報酬をスカーレットにも渡していた。彼女は拒んだが、正当な報酬として無理矢理渡していた。――それが今回、逃亡資金として使われ、更には伯爵令嬢を育てる必要な額の金を置いて行った。


 予想出来ていた。あのままの現状が続けば、何れ限界を迎えてスカーレットはいなくなると。魔法学院を卒業すればすぐに公爵家に迎え入れれば良いと甘い考えを抱いていたアシェリートに何も言わなかった。何時までも親が助言を与え続けると思ってはいけない。国の最高位に当たる貴族の当主となるのなら余計。自分の目で、耳で確かめ、起きる可能性があるあらゆる事態を想定しないとならない。罪悪感がないとは言わない。一言でも助言(アドバイス)を与えていれば、違う未来があったかもしれない。

 シュガーが積極的に動くのも、その罪悪感から来ているのかもしれない。






ローズオーラは中身も公爵夫人に似たかもしれません。


まだお付き合い頂ければと思います(;゜゜)

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