Una rosa per te~出会いはお茶会~
早足であの場を離れ、ローズオーラが管理する植物園に入ったアシェリートとスカーレット。アルファは少し距離を取って付いて行く。植物魔法の使い手であるローズオーラは、魔法学院の許可を取って植物園を建設した。魔法学院では、魔法薬学を習う。その際に学院で育てている薬草を使うのだが、普通の薬草と違い魔法薬学で使用する薬草は、管理もそうだが栽培するのにかなりの手間と時間がかかる。
そこで、魔法学院へ通う1年前に、植物魔法を使えるローズオーラは自身が研究する植物も栽培していいのならと魔法学院側に植物園建設を提案。幼い頃から公爵家が贔屓にしている大商人から買い付けた希少な花を咲かせたり、また、光属性の魔法を使えるスカーレットの力を借りて、病気に強く寿命が長い花を咲かせ、効果の強い植物を育てている。多額の報酬金をローズオーラ個人の資産として管理してくれているオルグレン公爵バルーンの許可を得て、費用はローズオーラ個人の資産とオルグレン公爵家から出すとした。魔法学院の学院長や上層部、バルーンが話し合った結果、魔法学院も植物園の建設は今後の魔法薬学向上の為有り難いものであり、生徒や教師が触れられる希少な植物が増える。なので、建設費用は魔法学院が6割、オルグレン公爵家が4割出すとなった。
植物園は魔法薬学で使う薬草エリア、観賞用のフラワーエリア、ローズオーラ個人が研究する研究エリアの3つのエリアがある。アシェリートはフラワーエリアに設置された長椅子にスカーレットを座らせた。
「ここで待っていてくれ。今、温かい飲み物を持ってくる」
「はい……」
不安げに見上げたスカーレットを、今すぐ隣に腰掛けて抱き締めたい衝動に駆られた。きっと、泣いているであろうラリマーの所へ戻ると思われている。抱き締めたい衝動を無理矢理抑え込み、額にそっとキスを落とした。
「すぐに戻ってくる。温かい飲み物を飲んで落ち着いたら、今日はもう帰ろう。教師からは俺から説明しておくから」
「あ……」
そう言うとスカーレットが何かを言う前にアシェリートは植物園を出て行った。その際、制服の上着をスカーレットに羽織って。
ふわりと舞う香りに頬が赤くなった。アシェリートの香りに包まれて、ぎゅっと掛けられた制服の上着を握った。
もう話し掛けても大丈夫だろうとアルファが隣に腰掛けた。
「スカーレット。大丈夫?」
「アルファ様……先程は、お見苦しい所を見せてしまい申し訳ありません」
「スカーレットが謝らなくていいわ。アシェリート様も、ちゃんとラリマー様を撒いて来たら良かったのに」
「……やっぱり、2人は一緒にいたのですね。噂はずっと聞いていたので知ってはいました」
「スカーレット、その、……ごめんなさい」
「アルファ様?」
突然脈絡もなく謝罪を述べたアルファに緋色の瞳が丸くなった。
「私知ってたの。アシェリート様とラリマー様が毎日昼食を共にしているのを。スカーレットの目に入らないようにって、いつも早く食堂へ行ったのも……その為なの」
「アルファ様……」
「……やっぱり、話を聞いてすぐに言えば良かったわ。アシェリート様とラリマー様に。互いに婚約者がいながら、一緒に食事を取るなと」
「アルファ様がそこまでなさる必要はありません。私が……しないといけなかったのです。噂の真偽を確かめ、事実なら私がアシェリート様とラリマーに……」
そこまで言ってスカーレットは口を閉じた。
仮に告げたとして、ラリマーは疚しいことは何もないと言い張って泣き出す。そして両親に泣き付き、話を誇張させてスカーレットを数段悪くして叱らせる。アシェリートは……どうなのだろう。
一時期、互いがぎこちなくなった幼少の頃を思い出す。婚約者となって毎日スカーレットに会いにアシェリートは伯爵邸を訪れた。過酷な毎日の中でアシェリートとの会話が、スカーレットにとって唯一心を癒せる時間だった。話題は何でもいい。互いを知る話なら何でも。
だが、ある日を境にラリマーが入るようになった。スカーレットとアシェリートが談笑している最中、突然来ては自分を中心とした会話へと変えていった。スカーレットとアシェリートも無理矢理追い出すことも出来ず、暫くはラリマーに合わせた。しかし、次第に回数も多くなっていき、時にはスカーレットの前にアシェリートが待つ客室へと行くようになってしまった。
アシェリートが部屋を出ていくよう促しても泣きそうな顔になって嫌がり、時間通りスカーレットが来て注意をしたら本格的に泣き出し両親に泣き付いた。結局、両親にきつく説教をされたスカーレットはラリマーがいても何も言わなくなり、アシェリートもスカーレットの無表情を見て言葉を失い何も言えなくなった。
ラリマーが来るので当然互いがしたい話は出来ない。アシェリートは、手紙で次の訪問をスカーレットに知らせるようにした。そうすれば、手紙を読んだスカーレットにしかアシェリートの訪問日は知れない。アシェリートの来る日をアメシストや侍女長にしか言わなかった。迎える準備が必要な為。
最初はうまくいったこの作戦も、何度か繰り返す内に失敗に終わった。馬車から降りたアシェリートは、丸で来る日と時間を知っていたかのように待っていたラリマーを見て愕然とした。そろそろアシェリートが来るであろう時間に外へ出たスカーレットも然り。
……結局、そこからは前と同じでラリマーを優先した時間となった。ラリマーを優先しないとスカーレットが悪くされる。
(でも……)
父方祖父母に引き取られてからアシェリートは今までのラリマーを優先した行動を謝罪した。あのままずっとラリマーを無理矢理追い出しても、悪者にされ傷付くのはスカーレット。
スカーレット本人も頭では理解していた。アシェリートがラリマーを優先とした会話をする為、両親は何も言ってこなかった。寧ろ、ラリマーの嬉しそうな様子を見てスカーレットのことは何も見ていなかった。両親から責められない分気は楽だったが、段々と親しげにしていくアシェリートに不信感を抱いていたのも事実。アシェリートの訪問が天国から地獄に変わるのも時間の問題だった。
伯爵家を離れ、祖父母の家で生活をしてからアシェリートは毎日スカーレットに会いに来た。互いにあったぎこちなさは消え、また元通りになった。
偶に同伴するローズオーラが遠い目をして砂糖なしの珈琲を飲むようになった。必ず砂糖を入れて飲むのに。
聞く疑問でもなかったから聞かなかった。
1年前伯爵家に戻されてからは、また地獄の逆戻り。スカーレットの目の前でラリマーを庇う行いをしたのも、きっとスカーレットを守るため。そう信じる自分と伯爵家に来てラリマーに会ってばかりのアシェリートの心はもうラリマーにあるのだと疑う自分がいる。
「アシェリート様……」
ぽつりと、零した名前はずっと片想いしているアシェリートの名前だった。
――抑々スカーレットがアシェリートに会ったのは、10年前オルグレン公爵家で開かれたお茶会の場。公爵夫人シュガーが交流のある貴族や個人で交流のある夫人を招待したお茶会に、学生時代の友人だった母アレイトが呼ばれるのも自然の流れだった。お茶会デビューは5歳の頃に済ませていた姉妹を着飾り、アレイトは招待客を出迎えるシュガーの所へ行く。
「アレイト様。この度は私の開くお茶会にご参加下さりありがとうございます」
「シュガー様。素敵なお茶会にご招待下さりありがとうございます。さあ、貴女達もご挨拶を」
アレイトに促され、姉妹は前へ出た。
(あ……)
スカーレットの目に1人の少年が入った。癖のある黒髪に美しい紫水晶の瞳の。ふんわりと微笑むその姿に言葉を失いそうになるも、日々厳しいマナーレッスンを受けているスカーレットは完璧な挨拶を披露して見せた。少年の隣にいる濃い桃色の少女と目が合う。少年と同じ色の瞳。よく見るとシュガーも同じ色をしている。
馬車へ向かっている間、公爵家には自分と同じ歳の息子と1歳上の娘がいると教えられた。
続いて、スカーレットの双子の妹ラリマーも緊張が強かったものの及第点といったところか、不可もなく可もないものだった。
「ようこそお越し下さいました。アレイト様、スカーレット様、ラリマー様。オルグレン公爵家の長女、ローズオーラ=オルグレンですわ」
濃い桃色の少女はローズオーラというらしい。次は少年の番なのだが、彼はスカーレットを見たまま固まっている。どうしたのだろう、何処か変な箇所があったのか、と不安になるスカーレット。すると、急に少年の体がビクッと跳ねた。チラッとローズオーラを一瞥した後、自己紹介をした。
「初めまして。アレイト様、スカーレット様、……ラリマー様。オルグレン公爵家の長男、アシェリート=オルグレンです」
少年の名前はアシェリートというらしい。
スカーレットと目が合う。また、ふんわりとした笑みを向けられ頬が赤くなるのを感じる。どう反応したら良いか分からず、失礼のない程度に微笑み返した。
お茶会の場は、普段はパーティー等で使用されるホール内。母に連れられ、挨拶回りを終えたスカーレットは他のお茶会で知り合った令嬢達と会話をしていた。皆スカーレットには友好的に接してくれるのだが、片割れには少々手厳しかった。元々、両親に甘やかされてばかりで我が儘な部分が強いラリマーは、同年代の子が集まるお茶会へ行ってもその我が儘が強すぎて遠巻きにされていた。今も、母親にべったりで離れようとしない。ラリマーを見兼ねて、スカーレットは何度か一緒に行こうと誘うも頑なに側を離れなかった。仕方無く、1人で友人達と普段出来ない楽しいお喋りに浸っていた。
「あら? ラリマー様は相変わらず夫人にべったりですわね」
同じ伯爵家の令嬢アルファ=オルコットがジュースの入ったグラスを持ったまま、アレイトのドレスに引っ付いているラリマーの話をした。
「ラリマーは慣れていないだけですわ」
すかさずスカーレットが助け船を出すもアルファは首を振った。
「スカーレット様。無理をして妹君を庇わなくて構いません。私、嫌いなので」
「まあ……」
「我が儘過ぎますわ。それは、爵位を賜る貴族の令嬢ですもの。我が儘なのは当たり前ですが、あの子は我が儘が強すぎます」
「それは……」
スカーレットは苦笑するしかなかった。伯爵家の跡取りとして厳しくされているスカーレットとは反対に、母そっくりなラリマーは甘やかされている。
「まあ、余所の家の家庭事情に首を突っ込む物ではありませんわね。失礼致しました」
「い、いえ。あ、あの、アルファ様が以前仰有っていた家庭教師の件なのですが、お父様に相談してみた所是非にと」
「それは良かったですわ。アクアローズ先生はとても素晴らしい教師です。それに、生徒1人1人ときちんと向き合ってくれる方です。授業は厳しいですが、その分出来た時の喜びは大きいですわ。私の方からお父様に紹介状を書いて頂きますわ」
「はい。ありがとうございます」
オルコット家が贔屓にしている家庭教師の評判をマナーレッスンを受けているアルファ本人がスカーレットに教えた。厳しくも愛情溢れるあの家庭教師なら、スカーレットの為になると踏んだ。
それからアルファがオルコット夫人に呼ばれるまで会話は続いた。
スカーレットはアレイトとラリマーを探した。見ると、夫人達と会話をしているアレイトがいた。だが、ドレスに引っ付いていたラリマーがいない。やっと、友人の所へ行ったのだと思い安堵する。
スカーレットは外の空気が吸いたくなって解放されている庭へ出た。シュガーの趣味の1つである薔薇の庭園には枯れた薔薇は1輪もない。葉も落ちていない道。庭師や使用人達が日々綺麗に保っているのだろう。
「綺麗……」
薔薇に顔を近付け、香りを堪能する。
赤い薔薇はスカーレットの1番好きな花。自分と同じ赤。いつか、凛々しく美しく咲く薔薇のような女性になりたいと願う。
「私にはラリマーのような可愛さはないものね……」
愛くるしく、可憐な妖精を彷彿とさせる妹。両親はそんな妹に夢中。自分は跡取りだから、長女だからと厳しくされるだけ。泣き言を言っても弱音を吐くな、我が儘を言うなと叱られるだけ。
「……」
胸が苦しい。
同じ日に生まれた双子なのに、先に生まれただけでこんなにも扱いに差があるのなら、……いけない考えをしてしまう。
「ねえ」
「!」
不意に声を掛けられたスカーレットの肩が跳ねた。「ごめんね」と謝る声に聞き覚えがあった。横を見ると先程挨拶をしたアシェリートがいた。
「驚かせちゃったね」
「いえ。私もぼんやりとしていましたので」
「薔薇をずっと見てたけど好きなの?」
「はい。1番好きな花です」
「そっか……1番好きな花……うん……」
「?」
何やらボソボソと話して1人納得して首を傾げる。スカーレットの視線に慌てて何でもないと手を振ったアシェリートは、あそこに座ろうよと近くにあるベンチを指差した。断る理由もないのでスカーレットは「はい」と頷いた。
ベンチに腰掛けたアシェリートはスカーレットに色々なことを話していく。
「スカーレットって呼んでいい?」
「はい。私もアシェリート様とお呼びしても良いでしょうか?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
「ヴァーミリオン家の子はスカーレットと妹だけなの?」
「はい。私とラリマーは双子で、長女の私が伯爵の地位を引き継ぐこととなっています」
「そっか。僕の家も、最初は姉上が跡取りだったんだけど、1年後に僕が生まれたから僕が跡取りになったんだ」
「貴族の家は、基本男性が受け継ぎますから」
「うん。すぐに僕が生まれたから、変に後継者争いもないし、姉上も好きなこと出来るって喜んでるんだ。でも、母上に偶に叱られてるけど仲は悪くないと思う」
「家族の仲が良いのは素敵なことです」
ずきり、とスカーレットの頭が痛む。自分を除いて家族仲の良い家族ならスカーレットは知っている。あの家族の中に自分は含まれていないのだから。
「ねえ、スカーレットはどんな魔法が使えるの?」
「私は炎と光魔法を使えます」
「複数属性なんだ。すごいね。姉上も水と土の魔法が使えるんだよ」
「ローズオーラ様もですか? アシェリート様はどの様な魔法を使えるのですか?」
「僕は氷だよ。見てて」
そう言うと手のひらに魔力を具現化し、形にすると氷で固めた。感嘆の息を漏らすスカーレットに薔薇の形をした氷を置いた。
「すごい……」
「あげるよ」
「良いのですか?」
「うん」
「ありがとうございます! 綺麗……」
氷で作られた薔薇。触れているだけで冷たいが苦に感じなかった。今度はスカーレットの魔法を見せてとせがまれるも困った顔をした。
「私、まだ魔法の訓練が上手に出来なくて……先生との授業以外で魔法を使うのは禁じられているんです」
「そっか……。でも、気にする必要はないよ。魔法大国なんて言われてるけど、ここ最近はとても平和で、貴族の子供が魔法の訓練を受けるのも魔法の暴走を起こさない為の自衛なんだから。後は、騎士や魔導士を目標にする子位じゃないかな」
「そうですね」
「ねえ、もっと色々話そうよ」
「はい!」
アシェリートの好奇心溢れる紫水晶に一切の下心がない。ただ純粋にスカーレットを知りたい、仲良くなりたいという好意的な感情しかない。伯爵の地位を受け継ぐスカーレットに近付く子が、アルファみたいに純粋にスカーレット個人と仲良くなりたいという子ばかりではない。親に言われ、今の内にスカーレットと仲良くなって将来の伯爵と少しでも縁を持つため。
子供と言えど、既に貴族社会の戦いは始まっている。
お喋りに夢中な2人の所へ飲み物をトレーに乗せた侍女がやって来た。
「ローズオーラ様がお2人に飲み物をと」
「姉上が?」
侍女からアップルジュースの入れられたグラスを2つ受け取ったアシェリートは、もう1つをスカーレットへ渡した。お礼を言ってアップルジュースを飲んだ。お喋りに夢中になって気付かなかったが喉は乾いていて、口内に齎された潤いを歓迎した。
味の感想をお互いが話している最中――
「お姉様!」空色の瞳と同じ色のドレスの裾を持ってラリマーが走って来る。楽しい時間を邪魔されたとアシェリートが眉を寄せたと知らず、行儀の悪い妹に「ラリマー! 走ってはいけません!」と姉として注意をした。
走り止まったラリマーは意味が分からないと首を傾げる。
「どうしてですか? わたしはただ、お姉様がいたから来ただけなのに」
「ラリマー。ここはヴァーミリオン家ではありません。況してや、ドレスを着ている状態で走ってはいけません。マナーレッスンで先生に教わったでしょう」
「わたしはお姉様とお話したいから来ただけなのにっ!」
「ラリマー……」
ラリマーの瞳に涙が溜まる。
これはヤバイ。
庭には少数だが人はいる。大きな声を出して泣き出す寸前のラリマーやスカーレットに視線が集中する。ラリマーを注意するよりも泣き止ますのが先決だと、スカーレットの思考は即座に切り替わるもアレイトが騒ぎを聞き付け駆けつけた。
「ラリマー! 何があったのです」
「お母様あぁ!」
「スカーレット! ラリマーはどうしてこんなにも泣いているのです」
「わ、私はただ、ラリマーにドレスを着たまま走ってはいけないと注意をしただけです」
「注意をしただけでどうしてラリマーはこんなにも泣いているの!? 貴女には妹を思いやる気持ちがないのですか!?」
「も、申し訳ありません……」
悪いのはラリマー。
でも、アレイトの中ではラリマーを泣かせたスカーレットが悪い。
同じ娘なのに扱いに差があり過ぎた。
金切り声を上げてスカーレットを怒るアレイトに今まで黙っていたアシェリートが口を挟み掛けた時、主催者のシュガーが騒ぎの渦中に入り込んだ。
「何事です。私のお茶会を台無しにしたいのかしら」
「っシュガー様、申し訳ありません。スカーレット、貴女も謝りなさい」
「彼女は謝ることはしていないでしょう。寧ろ、謝るのは貴女が庇っている方の娘ではなくて?アレイト」
扇子を開き口元を隠したシュガーは、アレイトの腕の中で怯えるラリマーを冷たく見下ろす。
「アシェリートとスカーレット嬢に飲み物を届けた侍女が一部始終を見ていたのだけど、どう見ても悪いのははしたない行動をしたそこの娘で注意をしたスカーレット嬢は悪くないわ」
「そ、それはそうかもしれませんが、泣かせる程きつく注意するのはっ」
「あら? 泣いた子が被害者になるのかしら? それなら、スカーレット嬢が逆の立場でも貴女はスカーレット嬢が悪くないと言うのね?」
「そ……それは」
「違うと言うの? でも、貴女が言っているのはそういうことよ。大体、泣かせる程と言っても、聞いたら当たり前の注意しかしていないと聞いたわ。その程度で泣くなんて、貴族として生きていけるのかしらね。――所で、スカーレット嬢。ヴァーミリオン家ではこれが普通なのかしら?」
急に話を振られたスカーレットは慌てふためいた。容赦のない氷の刃をぐさぐさと母に突き刺すシュガーに圧倒され、呆然としていたから。
「まあ、いいわ。ヴァーミリオン伯爵夫人と娘を客室で休ませてあげて」側に控えていた使用人に2人を任せ、此方を窺っていた周囲に騒がせたことについて謝罪をした。
顔を真っ青にして使用人に支えられて歩くアレイトと、シュガーを化物でも見るような怯えた目で見るラリマーに複雑な感情を抱いたまま、スカーレットはシュガーに深く頭を下げた。
「公爵夫人。素敵なお茶会の場を乱してしまい申し訳ありません」
「顔を上げなさい。令嬢は簡単に頭を下げてはいけないわ。それに、聞く所によると貴女は次期女伯爵になるのでしょう? なら、常に胸を張って堂々としていなさい。少しでも弱い所を見ると他の貴族達は容赦なく貴女を蹴落とすでしょう。それに、私は当たり前の話をしただけよ。泣いた者が被害者なら、今頃社交界は泣き虫ばかりになるわ」
「公爵夫人……」
厳しくも慈愛に満ちた紫水晶に息を呑む。アレイトに厳しい言葉を受け喜んだことは一度もない。厳しさの裏側には厳しさしかないから。シュガーの厳しい言葉の裏にはスカーレットを気遣う優しさが含まれていた。アシェリートにスカーレットを任せたシュガーはその場を後にした。
それから暫くしてお茶会は終わり。
終わる間近までスカーレットはアシェリートと会話をしていた。スカーレットを気遣ってもあるのだが、アシェリートがスカーレットともっと沢山話したかったのもある。
アレイトとラリマーは体調不良という体で先に戻ったらしく、戻ったら伯爵に渡しなさいとシュガーに手紙を受け取ったスカーレットはオルグレン公爵邸を去った。
ヴァーミリオン邸に到着すると最近採用された紫の髪と瞳の女の子アメシストが出迎えた。スカーレットと歳も近いのもありよく世話をしてくれている。
「お帰りなさいませお嬢様」
「ただ今。お父様はいらっしゃるかしら?」
「はい。先程お戻りになられたのでお部屋にいらっしゃるかと」
「――スカーレット」
スカーレットが行く必要もなかった。父クリムゾンから顔を出した。
……自分と同じ炎に燃える赤い瞳の険しさに背筋が凍る。何とか帰宅の挨拶を済ませるとシュガーから預かった手紙をクリムゾンへ手渡した。
「……」
手紙を読むクリムゾンの表情が窺えない。何と怒られるか不安で体が震える。
読み終えたクリムゾンが再度スカーレットを呼んだ。
「今日は疲れただろう。部屋に戻ってゆっくりしなさい」
「は……はいっ、ありがとうございますっ」
「……」
声は震えるが最後まで言い切るとスカーレットはアメシストと共に部屋へ戻った。部屋に入るなり、緊張の糸が切れてソファーに力無く雪崩れ込んだ。手紙の内容はどうあれ、父の様子から次に会う時は叱られる。
何時だって、両親が優先するのはラリマーで、自分は跡取りでしかないのだから。跡取りだから、長女だから、姉だから甘えるなと常々言われてきた。
……ラリマーはどんなことでも願いを叶えてくれるのに。
――1カ月後、今日のお茶会で出会ったアシェリートと婚約が決まったと聞かされたスカーレットは世界がひっくり返るのではないかという位驚いたのであった。
読んで頂きありがとうございます。




