今生でも手放さない
エメラルド王国の名門公爵家ガーネット家の長女フェリチータ=ガーネット。代々、炎の様な赤髪を持つ者しか生まれないガーネット家で金色の髪を持って生まれた異端児。エメラルド王国の公爵家はその名の色の髪をした子が生まれる秘伝の魔術を掛けられており、その髪色以外の子が生まれればその家の子ではないという証とされてきた。
ガーネット公爵夫人ルチアは最初に生まれた娘がガーネット家の赤髪ではなく――自身の銀髪でもない――金髪だった事に発狂した。ガーネット公爵ヴィルゲルは出産に立ち会っていたので生まれた子が金髪だった事に愕然とした。
ヴィルゲルとルチアは昨今では珍しい恋愛結婚だった。相思相愛と名高い自分とルチアの間に何故金髪の子が生まれる? 一瞬にして頭が真っ白になりかけた。
時だった。
ヴィルゲルは赤子から妙な魔力を感じ取った。
ルチアの体調を安定させていた魔術師にすぐに調べる様命じると驚くべき事実を聞かされた。
エメラルド王国の公爵家に生まれる子は代々、その家の持つ色の髪を持って生まれる。それ以外の色を持った子は不貞の子という証になる。
だが、ルチアが産んだ金髪の子から発せられる妙な魔力の正体を知った魔術師は歓喜の声を上げた。この子は、数百年に一度しか生まれない神聖魔法の魔力を持つと。
神や天使にしか扱えないその力を人間が扱うには、生まれた時に神聖魔法が扱える魔力を持たないといけない。それも後天性では現れないもの。神聖魔法を持つ者は魔力の色と同じ金髪である子が絶対とされている。
発狂していたルチアも生まれた子が神聖魔法の使い手と聞いて落ち着きを取り戻し、呆然とした様子で赤子を見つめた。ヴィルゲルも同様に。助産師に抱かれて泣き声を上げる子をよく見ると、髪の色は金色でも特徴的な耳の形はヴィルゲルと全く同じだ。
髪の色が違っていた事でつい冷静さを失ってしまっていた。極めて稀にしか生まれない為につい頭から抜け落ちてしまった。子を疑うという事は妻を――ルチアを――疑うという事。公爵家に掛けられた秘伝の魔術が絶対的なせいもあってその可能性を全く考えなかった。
我が子とルチアに対する申し訳なさを抱きつつ、ヴィルゲルはルチアに労りの声をかけながらそっと近付いた。
ーーというのが神聖魔法を持って生まれた赤子、フェリチータの出産時の話。
フェリチータが神聖魔法の持ち主という事で、同年に生まれた第1王子の婚約者に否応なしに決められた。
フェリチータが生まれて2年後、ガーネット公爵家の赤髪を受け継いだ妹メルディが生まれた。姉妹揃って母親の青銀の瞳。フェリチータはヴィルゲルの特徴的な耳の形と癖毛な所、顔立ちもそっくり。メルディは髪の色以外はルチア似。
エメラルド王国は世襲制ではなく、今代の王が次期国王に相応しいと判断した王子を決める。王子は3人いる。第1王子の婚約者だからといって必ずしも王妃になれるとは言えない。
「なるかよ。おれはフェルとまたこうやって一緒にいられるだけでいい」
「エフィー……」
王宮の第1王子の部屋。寝台に座っているフェリチータを後ろから抱き締めるエフィムは、甘いフルーツの香りがする金髪に頬擦りする。
フェリチータとエフィム。この2人には実はある秘密がある。
「魔族だった時は魔王だったのに、何で人間になっても王にならないといけないんだ。おれはフェルとこのままダラダラして一緒にいたいのに」
「む、難しいんじゃないのかな……」
前世『魔界』と呼ばれる悪魔が住む世界で、魔王だったエフィムとエフィムの妻だったフェリチータ。凄まじい執着愛を見せていたエフィムから、人間に転生しても逃げられないと悟っていたフェリチータは再度捕まってしまった事に多少の残念さを抱きながらも、骨の髄まで愛してくれるエフィムとまたいられると知って喜んだのであった。
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