妖精と逃げた私
こういった短編ものもネタ帳行きになる可能性が大になってきた
“不滅”を意味する名を持つ国、イモルテル王国。数千年前、神に愛されし双子の妖精姉妹ネル=フェリエとラナ=ティリカ、イモルテル王国初代女王ベアトリーチェ=イモルテルが契約を交わし、長きに渡る戦争によって枯れ果てた大地に再び生命を吹き込んだ。これにより、長年争っていた民達は妖精姉妹と初代女王の下一つとなり、新たな国を築いた。
これがイモルテル王国の始まり――。
――と、物心がつくと国中の子供なら誰でも教わる昔話を改めて本で読む私レリア=ベルトレ。父は王弟で母はベルトレ侯爵家の跡取り。学生時代から母に惚れ込んでいた父が婿養子として侯爵家に入った。初代女王ベアトリーチェ様と同じ青と紫色のオッドアイの瞳を持つ父は、男性なのに女王の再来と呼ばれた。理由は瞳の色と魔法の才能。嘗て、破滅寸前だった王国を双子の妖精姉妹と共に再び生命を吹き込んだ初代王妃様は絶大な魔力の持ち主であり、魔法も現代で言う古代魔法の使い手で彼女に扱えない魔法はなかったと言われた。圧倒的な魔法の才と魔力量により、最初は父が兄である現国王よりも王になる資格があると騒がれたらしいが父からすると個人を優先自分よりも、誰よりも国と民を思う兄の方が王になるのが相応しいと魔法学院に入学する前に王位継承権を放棄したのだとか。先代国王夫妻の間には、父と現国王しか子がいなかったので父があっさりと王位継承権を放棄したので無駄な派閥争いも(小さなものはあっても)起きなかったとか。
そんな私レリアは、父にそっくりだ。生き写しと言っていい。父と同じ青と紫のオッドアイに金色の髪。絶世の美女と名高い母に似た要素と言えば、性別が同じくらいか。髪も瞳も顔立ちも何もかも父譲り。
父を深く愛している母は、父に似た私をとても愛してくれる。
……でも、肝心の父は私には一切興味がない。関心がない。
ベルトレ侯爵家には、私の他にも兄が1人と妹が1人いる。母と同じ瑠璃色の瞳と白金色の髪。男性でも柔らかな微笑みは母に似た兄や、父の隣に立っても全然劣らない美貌の母に似た美しい妹。私が父の生き写しなら、妹は母の生き写し。
母を深く愛する父にとっては、自分に生き写しの私よりも母に生き写しな妹の方が大事なのは仕方ない。
母も兄も妹とも仲は良いと思う。特に妹は、私の後を雛鳥の様に付いて回り「お姉様!」と慕ってくれている。私にとっても妹は可愛くて大切な子。この子の笑顔を見るのは私の幸せでもある。
「……でも……」
ことりとティーカップをガラス製のテーブルにそっと置いた。
場所は私の部屋。侍女が淹れてくれた紅茶を一口飲んで言葉を紡ぐ。
「王太子殿下にまで……ね」
父と同じ青と紫の瞳は、初代女王ベアトリーチェ様とも同じということ。次の女王の再来とも呼ぶべき私が生まれた事により、王家は同じ年に生まれた第1王子クラウディオ殿下と私との政略結婚を結んだ。私の中にも絶大な魔力が宿っている。……筈なのだが、生まれて14年経過するが魔法を扱えた事が一度もない。
本来、魔力を持つのは爵位が低くても貴族で稀に平民の子が魔力を持って生まれる場合もある。4歳辺りから体内の魔力量も落ち着き、王城で魔力検査を受ける。魔力量は個人によって様々。
身に絶大な魔力を宿していると診断された翌日から魔力操作の訓練が始まるのだが、私には一切魔法が使えなかった。それ所か、基礎的な属性を付加しないただの魔力操作すら出来なかった。
当時は様々な検査を受けた。
けれど、結果は何度やっても同じ。……絶大な魔力を持っているのに、魔法が扱えない『欠陥品』となった。
ここ数百年、大きな戦争も起きておらず、隣国とも和平条約を平和そのものであるイモルテル王国で必ずしも魔法が必要かと聞かれればそうでもないが、だが、魔法は一種のステータス。扱えて普通なのだ。その普通が出来ない私は、ベルトレ侯爵家の荷物でしかない。
「お母様やお兄様はいつか魔法が扱えると言ってくれるけど、きっとお父様はそうは思っていないわ」
当時4歳だったが忘れもしない。
自分と同じ容姿に魔力量を持っていながら、魔法が扱えない『欠陥品』の烙印を押された時のお父様のあの顔を……
お母様やお兄様、妹にさえ決して向けない深い失望が宿った表情……。
そして、その失望は殿下も同じだった……。
自分の妻となる相手が圧倒的魔力を持っていながら一切の魔法が扱えない『欠陥品』と知ると、初めて会ったのにも関わらず私はこう告げられた――
『お前のような無能な者が私の婚約者などと絶対に認めない』と。父や王様と同じ金色の髪、王妃様譲りの紫水晶の美しい王子に一目見て恋に落ちた私だが、殿下に告げられた最初の一言で一瞬にして初恋は砕け散った。
あからさまに嫌われてしまったのなら殿下とは必要最低限以外の接触は必要ないと判断した。必要な時のみお互い婚約者として行動をし、必要がない時は話題にも出さない。
無論、父を除いた家族には心配された。殿下に会いたくないの? 近況を知らせる手紙を送らない? 等。その他色々。向こうが私を嫌っているのなら、態々私が会いに行けば嫌がられるのが目に見えている。
「ふう……」
無言のまま、自分しかいない私室で紅茶を飲み続けているとティーポットにあった分全部を飲み干してしまった。お代わりを頼む程でもないのでティーカップをテーブルに置いて窓に近寄った。私の部屋の窓からは、侯爵家お抱えの庭師が綺麗にしている庭がよく見える。花が大好きなお母様の為に様々な花が植えられている。
「私……何時までこの家にいなくちゃならないのかな」
例え父や婚約者に愛されていなくても、不自由な思いをした事はない。この2人以外の人達にはとても愛されていると思っている。
――それでも……
コンコン
「ん?」
不意に窓を叩く小さな音がした。下を見て窓を開けた。
「レリア」
そこには、真っ白な二足歩行のウサギに似た不思議な生き物がいた。その生き物が何か知る私はふわふわな体を抱き上げた。
「リク! 今日も来てくれたわね!」
「ウン。レリアに会イニキタ」
「ありがとう」
リクを抱いて窓を閉めた私はベッドに腰掛けた。
リクは妖精と呼ばれる生き物。嘗て、初代女王と共に王国を繁栄へ導いた双子の妖精姉妹と同じ。妖精の姿を認識出来るのは、数百年に一度生まれる『妖精姫』という特殊な体質を持つ女性のみ。初代女王も『妖精姫』だった為に妖精姉妹と契約を交わすことが出来た。普通の人では、妖精は姿を捉える所か声すら聞けない。また『妖精姫』が何処で生まれかも誰にも分からない。王族や貴族は勿論、平民から生まれることもあったそうな。
私は自分が『妖精姫』だと誰にも言っていない。言って信じてもらえないとかそんなんじゃない。ただ、私だけにしか特殊な力を知られたくないだけ。それに、だ。言って信じてもらえないとか以前に絶大な魔力を宿していながら魔法が扱えない私の言葉をあのお父様が耳に入れてくれる訳もない。お母様やお兄様、妹は大層驚き喜んでくれるだろうが……。
だけど、いい。このままで。
リクを隣に座らせて今日は何を話そうか考える。リクが私の前に現れたのは私が5歳の頃。確か、使えない魔法を無理矢理使おうとして失敗し、1週間以上の眠りから目を覚ました時だった。
ベッドの側には、常に微笑みを絶やさないお母様が泣いていた。目覚めた私を抱き締め、何度も良かった、目を覚まして良かったと泣いていた。一緒にいた妹もそう。涙で濡れた顔でベッドに横たわったままの私に抱き付き、良かったお姉様と大きな声で泣いていた。
知らせを聞いて駆け付けたお兄様も涙目で何度も良かった、良かったと言っていた。でも、後から来たお父様とはどんな会話をしたか全然覚えてない。また、そこから元から私に興味がなかったお父様が更に冷たくなったのは。
只でさえ『欠陥品』な上に魔法の暴走を起こすという迷惑行動までしたのだ、態度が悪くなるのも仕方ない。
「キョウハレリアニ大事ナ話ヲシニキタ」
「大事な話?」
「ウン。レリアハ『妖精ノ里』ニ興味アルカ?」
「『妖精の里』?」
何度かリクに聞いたことがある。リク達妖精は『妖精の里』という、私達人間が住む場所とは全く別の空間で生活しているのだとか。人間に基本妖精は認識出来ないが、とある食物が大好きな妖精達は頻繁に人間の世界に訪れてはその食物を調達しに来る。実際、リクと会ったのもベルトレ侯爵家の厨房だしね。
「あるけど、それがどうしたの?」
「レリアハイツモ退屈ナ顔ヲシテイル。『妖精ノ里』ハトテモ楽シイ。オレト一緒ニ『妖精ノ里』ヘ行カナイカ?」
「え」
それって……願ってもない好機!
「人間の私が行っていいの?」
「オレ達妖精ガ見エル人間ニ悪イ奴ハイナイ。ベアトリーチェガソウダッタ」
「え? リクはベアトリーチェ様と会ったことあるの?」
「アル。妖精ハトテモ長生キ。オレハ妖精ノ中デ長生キノ部類ニ入ル」
「そ、そうなんだ」
可愛いもふもふな妖精かと思ってたけど、実際は私よりも何百倍も年上だったんだ……年取っても可愛いってズルい。
イモルテル王国の貴族の子は基本的に15歳になると学校に通わないとならない。私は14歳。先に入学したお兄様がズルいとよく妹と一緒に言っていたが、内心では気が気じゃなかった。クラウディオ殿下の婚約者であり、絶大な魔力を持っているのに魔法が扱えない私が学校へ入学したらベルトレ侯爵家の恥だ。それはお父様が一番理解している。入学するなと言ってこないのは、きっとお母様がお父様を止めているせい。この世でお父様に意見出来るのは、兄である王様とお母様位。
学校だけじゃない。私はもうこの家にいたくない。
お母様やお兄様、妹は大事な存在。……だけど、どれだけ大事にされても『欠陥品』である現実が常に私に付いて回る。私が入学して、妹も入学したら、お兄様と妹は『欠陥品』を身内に持つと周囲の人達に馬鹿にされるに違いない。現に、何度か公式の行事に殿下と参加する際陰でよく言われた。
私の事だけを馬鹿にするのはいい。家族を馬鹿にするのは許せない。一番許せないのは、原因を作っている私。
なら、原因である私がいなくなってしまえば丸く収まる。
「行っていいなら行きたい。リク達妖精が住む場所に! 毎日リクと会えるってことだよね? とても楽しみ」
「ウン。オレモ楽シミ。レリアハ甘イサクサクヲイツモタクサンクレル。『妖精ノ里』ニ行ッテモホシイ」
「うんうん。いいよいいよ」
リクの言う甘いサクサクというのはクッキーである。
生粋の侯爵令嬢であるお母様は、お菓子を作るのがとても上手だ。家族皆が大好き。私も作りたいと願って作り方を教わっていた。
また、リクは他にも林檎が好き。食感が良い甘い食べ物は基本何でも好きだと教えられた。
「ナラ行コウ」
「すぐに行けるの?」
「オレガ来タ道ヲ使ッタライイ」
「そうなんだ。じゃあ……ちょっとだけ待ってて。何もないで行っちゃうとビックリされるから、手紙を残して行くよ」
行ってもビックリされるだろうが書き置きを残して行った方が自分から出て行ったと知れるだろう。ベッドから離れ、机の引き出しから1枚の紙を取り出した。椅子に座り、羽ペンにインクをつけて筆を走らせる。
――約10分程かけて書いた手紙をベッドに置いて私はリクを抱き上げた。
「よし! これで大丈夫。あ、そういえば、お金って必要?」
「ナイ。皆人間界デハ姿ヲ認識サレナイカラオ金使ワナイ」
「そっか。じゃあ……」
「レリア。レリアガイナクナッタラ、ココノ人間悲シム?」
「……そう……だね」
お父様と殿下以外の人達は悲しむと思う。特に、私をとても慕ってくれている妹は。誰も悲しまない方法で姿を消す方法は私にはない。
暗い顔で俯くとリクがある提案をした。
「ナラ、手紙ニ忘却魔法ヲカケヨウ」
「忘却魔法? 手紙に?」
「ソウダ。誰カガ手紙ヲ読ンダ直後ニ屋敷ニイル全員ノ記憶カラレリアヲ消去スル。ソウシタラ、ココノ人間ハ悲シマナイ」
すごい……見た目は可愛くても妖精だから魔法は使えるんだ。それも、忘却魔法なんていう高度な魔法を。人間の記憶を操作するのは優れた魔法の使い手にしか扱えない。
「そうだね。それがいいよ。そうしたら、悲しまないよね」
お父様や殿下はともかく……。お母様やお兄様、妹が悲しむのは嫌。
私はリクの提案を飲んだ。一旦リクをベッドに下ろした。すると、二つに折った手紙を開いたリクが詠唱を唱えると書面に水色の魔法陣が刻まれた。これで誰かが手紙を読めば、自動的に忘却魔法が発動されてベルトレ侯爵家の屋敷にいる全員の記憶からレリアはいなくなる。
「デハ、行コウ」
「うん!」
妖精達が住む『妖精の里』か……一体、どんな所なんだろう……とても楽しみ。
再びリクを抱いて、庭に誰もいないのを確認すると私はリクの指示する道へ走ったのだった。
さようなら、私を嫌っているお父様。
さようなら、私という『欠陥品』と生まれた時から婚約させられ、本当に愛する人と一緒になれなくてずっと私に憎悪をぶつけていたクラウディオ殿下。
でも、もう大丈夫ですよ。私は今から人間の世界から消えて可愛い妖精達が住む『妖精の里』に行きます。もしも、また人間の世界に足を踏み入れて出会っても私達は初めましての相手になります。
お母様、お兄様、可愛い妹メイリ。私がいなくなっても悲しむ必要がないようにちゃんとしておきました。これが今まで私を愛してくれていたお母様達に出来る唯一の家族孝行です。
「レリア」
道中、腕の中のリクが問う。
「手紙ハアレデ良カッタノカ?」
「いいんだよ。あれで」
“この手紙を読んでいる頃、私はもう人間の世界にいません。小さい頃からの秘密の友達と一緒に屋敷を出ます。お父様は勝手なことをした私に激怒するだけなので何もありませんが、お母様やお兄様、メイリにはとても申し訳ないと思います。今まで私を家族として愛してくれてありがとう御座いました。
きっと、この手紙を読み始めた段階で私にお父様と呼ばれることさえ嫌になっているかと思われますがご容赦下さい。お父様、お父様譲りの魔力を持ちながら魔法が扱えない『欠陥品』である私をお情けで育てて下さりありがとう御座いました。大嫌いでいるだけで目障りな私がいなくなるのでどうかお怒りにならないで下さい。
また、クラウディオ王子殿下におかれましても同じです。殿下も私のような『欠陥品』と婚約を結ばれて毎日とても苦しそうでした。未来の妻が役立たずではどんな殿方も嫌に決まっています。何故、早々に私と殿下の婚約を破棄しなかったのかが最後まで私には理解出来ませんでした。
それと秘密の友達にこの手紙にある魔法をかけてもらいました。手紙を読んだ直後、ベルトレ侯爵家の屋敷にいる人達の記憶から私は消えます。最初から、ベルトレ侯爵家にはメイリとお兄様しか子供がいないことになります。この手紙も魔法が発動した後消える様追加細工してもらいました。
それでは、さようなら。 レリア”
記憶がなくなるならいい。
だって、誰も悲しまない。心が傷付くのは私だけ。お母様やお兄様、メイリを置いてきた罪悪感を永遠に忘れはしない。
それでも……私という『欠陥品』が最初からいないのなら、誰も負の感情を抱かず幸せになれる。
独りよがりだと思われても良い。
「大丈夫よ。きっと」
――この時の私はもっと深く、慎重に、時間を掛けて家を出るべきだった。そうしたら、まさかリクの魔法を咄嗟にお父様が破って皆覚えたままにならず、悲しみのドン底に突き落とすことなんてなかったのに。
最も深い後悔の海に沈むのが……私を一番に嫌っている筈のお父様と殿下とも知らず……。
続きはまだまだありますがこれだけは言えます……
一番病むのは殿下や父親よりも、多分妹かも……




