至高の黒
北の大陸に位置する王国の貴族には魔力がある。というのは、一般的な話。上位貴族になればなる程魔力は多く、強大な魔法が扱える。特に王族ともなれば、より一層強い魔力を持って生まれる。
しかし、それらよりも更に強い魔力を持って生まれる存在もまたいる。数百年に一度しか生まれないとされる黒髪と黒瞳の色をした人間。突然変異種と呼ばれる彼等は、王族貴族から生まれることもあれば、全く魔力の持たない平民から生まれることもある。
黒髪と黒瞳の子を王国は常に探し続けた。その者を王女や王子の伴侶として迎え、子を成せば生まれた子はその者と同じか更に強い魔力を持って生まれるからだ。また、ここ200年黒髪黒瞳の者が現れていないのも大きな理由である。
――そんな王国で公爵の父を持つ1人の令嬢がいる。
名をシアドゥーシア=イラ=メルクーリス。メルクーリス公爵家の一人娘。王国が長年探し続けた黒髪黒瞳の持ち主であるがその事実は公爵と極一部の使用人しか知らない。シアドゥーシアを生むと同時に命を落とした妻カリスの為に秘密にした。生まれて直ぐに強力な認識阻害魔法と容姿変異魔法をかけ、黒髪黒瞳を父ラザロスと同じ赤みがかった銀糸に紅玉色の瞳にした。シアドゥーシアが長年探し続けた黒髪黒瞳と王家が知れば、無理矢理にでも身に秘める力を狙って王子と婚姻を結ばせようとする。妻の忘れ形見であり、妻にそっくりな愛娘を一生をかけて守ると決めた。
だが、メルクーリス家は公爵。事実を伏せても、シアドゥーシアの生まれ持った魔力は容姿と共にカリス譲りで強大だった。幼少期より、第1王子と婚約を結ばれてしまった。王族特有の金髪と翡翠色の瞳をした美青年。名をフィロメロス=ラ=アルザーク。王と王妃の間に生まれた正当な王位後継者。文武両道を兼ね備えたフィロメロスだが、唯一欠点を上げるとしたら……。
「シアドゥーシア。今日を以て、お前との婚約を破棄し、ここにいるイリニーと新たに婚約を結ぶ」
「殿下……! 嬉しいですわ殿下!」
「私もだよイリニー」
「……」
場所は第1王子フィロメロスの部屋。シアドゥーシアは向かいに座るイリニーのピンクブロンドの髪に指を絡め、涙で潤う濃い桃色の瞳を愛おしげに見下ろすフィロメロスを無言で見つめていた。シアドゥーシアは差し詰め、愛する2人の仲を邪魔する悪役といったところか。
愛おしげにイリニーへ向けていた表情から、嫌そうな顔へ変えてシアドゥーシアへ向いたフィロメロス。何も発しない様子を怪訝に思ったのだろう。嫌悪を露わにしていた翡翠が驚愕に変わる。
「はい。王子殿下の命、確かに承りました」
――良かった……。これでもう、王子殿下と関わらなくて済む。
非常に驚いた顔をする王子はきっとこう思っている。第1王子の婚約者の座を守る為に、自分が愛するイリニーを長い間虐げていたシアドゥーシアが婚約破棄を告げれば、当然激高してイリニーに危害を加えると。
痛いのが嫌いなのに、他人に痛いと思わせる行為をするのはもっと嫌いなシアドゥーシアがイリニーを虐げる真似をする筈がない。
先程言われた婚約破棄は、ずっと待っていた宣言だった。この国では、次期国王は現国王からの指名で選ばれる。王子はフィロメロスの他にも2人いる。どちらが次期国王になるかはまだ選ばれていない。もしも第1王子が選ばれれば、婚約者であるシアドゥーシアは王妃になる。最初からずっと冷たい態度しか取られていないフィロメロスと夫婦になれる自信がずっとなかった。例え愛がなくても、家族として、パートナーとして支えていけたらと思っていた。だが、最初から良好な関係を築く気が零な相手と一緒になりたくない。例え相手が王子であろうと。
驚愕に染まった翡翠は見開かれたまま瞬きもされない。何故素直に了承して固まるのか。まあいいかとシアドゥーシアは座っていたソファーから立ち上がると、王族へ向ける最上級のカーテシーを披露し、部屋を出て行った。隣に座っていたイリニーも何故か驚いた様子だった。
「どうしてかしら」
婚約も破棄されたのでもう関係はないか、と深く考えなかった。
屋敷に戻ったシアドゥーシアは父ラザロスに今日の婚約破棄を報告しようと執務室を訪れるも、丁度今外へ出て行ったらしく不在だった。夜にまた戻ると執事長に教えられ、間の時間をどう過ごすか考え――庭へ向かうことにした。
花が大好きなシアドゥーシアの為に様々な花がメルクーリス家の庭園には植えられている。黄色の可愛らしい花にそっと触れた。フィロメロスと同じ色。相手に好かれていなくても淡い恋心は抱いていた。だが、それも今日まで。
「もう必要ないよね。殿下はイリニー様と婚約を結んで一緒になれるのだし。イリニー様の家は侯爵家。王族に嫁いでも問題のない地位だもの、反対はされない筈」
ずっと冷や冷やもしていた。何時、自分の髪と瞳が黒だとバレるかと。気が重たい毎日を送る必要もなくなった。メルクーリス公爵家は、一人娘であるシアドゥーシアが王族に嫁ぐと跡取りがいなくなってしまうので分家から養子を引き取っていた。
シアドゥーシアを姉としてとても慕ってくれている義弟が将来公爵の地位を継ぐ。家の心配はない。婚約破棄の話を聞いたら大いに心配されるだろう。彼も父に着いて外に出ている為不在。2人が戻るまで花と愛でようと決めたシアドゥーシアはぽつりと零した。
「私も好きな人と一緒になろう」
――それよりも好きな人を見つけるのが先だけど。
ふふ、と花に微笑んだシアドゥーシアは気付かない。
どうしてか、城から慌ててシアドゥーシアを追い掛けてきたフィロメロスがこの独り言を聞いていた等と……。
※婚約者を好きだけど全然自分に好意を寄せてくれない(単に緊張が強かったせい)シアドゥーシアに対し、色々と拗れた結果――自分に素直に好意を見せてくれるイリニーに気持ちが傾く。婚約破棄を告げても全く動じないシアドゥーシアに逆に慌て、真意を聞こうと公爵を訪れ、最後の彼女の独り言を聞いて元から好かれていなかったと誤解。
後は好きなだけ想像してください(^/^)




