冷遇は偽り、愛情は本物
『すまない。ボクは真に愛する人と一緒になりたい。だが、君を嫌いになった訳じゃないのは分かってほしい』
生まれた時から未来の王妃となるべく育てられたアルトリエ公爵令嬢アナスタシア。流麗な銀の髪は長く、青と銀のコントラストの瞳には他者を魅了する不思議な力がある。婚約者は王国の第一王子ティミトリス=ソレ=ル=ティエベール。夜空を彷彿とさせる青みがかった黒髪と王と同じ翡翠色の瞳の青年。
お互いが出会ったのは5歳の時。
生まれた時から決められた婚約者。
初めての顔合わせでアナスタシアはティミトリスを見て絶望した。
アナスタシアの母は、彼女を命と引き換えに生んだ為に亡くなってしまった。アルトリエ公爵家の子はアナスタシアと3歳上の兄が1人。父アルトリエ公爵に似た長男と亡くなった夫人に似たアナスタシア。愛妻家として名高い公爵は、子の中で一番妻に似ておきながら亡くなる原因となってしまったアナスタシアに冷たかった。家は優秀な兄が継ぐから問題はない。ティミトリスから婚約を破棄され、傷物となった娘の利用価値は地に落ちた。妻と同じ流麗な銀の髪と青と銀のコントラストの瞳。『月姫』と称えられた美貌しか、アナスタシアにはなかった。幼少期から父親に冷遇されて育ってきたアナスタシアは、驚く程に自尊心が低い。その為、生まれた時から決められた婚約者ティミトリスと顔合わせをした際には――
(こんな素敵な方と婚約だなんて……。それも、第一王子なら、順調にいけば次の王はティミトリス殿下になる。どうしましょう……)
自分では一国の王と共に歩む妃には相応しくない。ティミトリスとの顔合わせの日以降、全身に重力が掛けられたような重い毎日を送った。
ただ1つ幸運だったのは、ティミトリスがアナスタシアに全く興味もなければ好意も抱かなかった事。あくまで婚約者としての義務を果たす程度にしか接してこなかった。必要な時に婚約者として対応されるだけ。終われば、丸でアナスタシアをいない者扱いをした。社交界デビューを果たした時はより顕著となった。エスコートをし、ファーストダンスを踊れば後は自由。ティミトリスと2度踊った記憶がない。
15歳になると令嬢令息が必ず通う学校でも一緒に行動した事はない。それ所か、アナスタシアという婚約者がいるのにも関わらずティミトリスの傍には別の令嬢が常にいた。太陽を思わせる輝かんばかりの金髪に愛らしい桃色の瞳の令嬢の名はエウラリア=フォン=ディストロージェ。ディストロージェ公爵家の次女。同い年の令嬢である。アナスタシアとエウラリア。2人を見つめる瞳の違いは明らかだった。義務的な表情しか浮かべないアナスタシアに対し、エウラリアには常に愛情が多分に含まれた甘い瞳しか向けられなかった。
アルトリエ公爵夫人譲りの圧倒的美貌も、婚約者の心を繋ぎ止められないのなら宝の持ち腐れ。
周囲の蔑みは増すばかり。
そんな中告げられた、ティミトリスからの婚約破棄。真に愛する人は勿論エウラリア。仲睦まじく寄り添う合う2人こそお似合いだと、囁きの波紋が広がっていく。
王家との縁を結ぶ為の駒としか思われていないアナスタシアが、この婚約破棄を聞いた父アルトリエ公爵に――――
「ナ……ナーシャ……っ!!! 私の可愛いナーシャ!! ああ何という事だ!! ナーシャが受け入れるというのなら仕方ないがそれでも婚約破棄をされたせいでこの先あったナーシャの良縁が消えたとなったら!!! 私は、私はどうしたらいいんだメラニー!!!」
酷い折檻を受け、公爵家から排除される。というのが世間の想像。実際は、亡き妻メラニア譲りの『魅力』溢れる美貌のせいで赤ん坊の頃から危険な目に遭ったアナスタシアを心の底から心配し、母親がいない分精一杯愛情を注いできた。世間で言われる冷遇や駒という言葉は、アナスタシアの関心を世間から少しでも引き離す為。そのせいでアナスタシアが不憫な状況に置かれているとは公爵も百も承知だが、美貌と地位を目当てにアナスタシアに近付く不届き物は後を絶たなかった。公爵である父に道具としか思われていない、王子に見捨てられたら価値がなくなる、そう印象付ける事でアナスタシアと交流を深め見返りを得ようとした輩は一切近付く事はなかった。
メラニアの肖像画の前で正座して大泣きしている父にアナスタシアはどうしたら良いか分からず、呆れた眼で父を見つめる兄フォティオスに助けを求める視線を寄越す。妹の視線を受けたフォティオスはぽんぽんと銀色の頭を撫でるだけであった。
書くなら短編かな。
実際は親馬鹿公爵に溺愛されてます。自信の無さは元からです。




