第57話 別れ
目が覚めた俺は手っ取り早く着替えを済ませて寝室のドアを開けた。リビングには水のグラスを片手にバスタオルで髪を拭くエリナの姿があった。
「おはよう。早いのね。もう出発するの?」
「うん、少し早めに出ようと思って。エリナは?」
「私はもう少しゆっくりしてから出るわ。そうそう、これを渡しておくわね」
エリナは自分の寝室から手のひらサイズのカードのような物を持って来ると俺に手渡した。それはカードよりは少し厚みがあり、表面には幾何学模様が描かれているものだった。
「これは?」
「これは精霊の便りと言って…… 説明するよりやって見せたほうが早いわね。淡い緑に光ったら耳に当ててみて」
「わかった」
俺はエリナに言われたとおり、耳に当ててみるとカードからエリナの声が聞こえる。
なるほど、これは電話のようなものか……
「どう? びっくりした? これすごいでしょっ。ごく一部の限られた人しか持ってないんだからっ」
「う、うん……」
「なにその薄い反応っ。びっくりし過ぎて声出なかった?」
俺のいた世界ではみんなこれ持ってたんだとは言えないしな……
「ゴメン、ゴメン。凄すぎて声が出なかった」
「でしょ、でしょ。初めての人はみんなびっくりするわっ」
俺の驚いた演技にエリナは上機嫌でカードの使い方を教えてくれた。使い方は至ってシンプルで軽く握って相手の顔を思い浮かべるだけでいいらしい。
「これでいつでも合流できるでしょ?」
「えっ? また合流するの?」
てっきりここで終わりだと思っていた俺は呆気に取られた。
「当たり前でしょ。旅はまだ始まったばかりじゃないっ。いいわね、修行が終わったら絶対に連絡するのよっ!」
エリナは、俺に詰め寄って何度も念を押す。
「はい、はい。わかった、わかった」
俺はエリナの勢いに押され、困惑しながらその場では仕方なく了承した。
実際に連絡するかしないかは後で決めることにしよう……
「それじゃ私はウディネに向かうから、よろしく〜」
「了解〜 ウディネね。じゃあ俺は先に行くから。エリナも気をつけて」
俺はエリナに別れを告げて宿を出ると途中の屋台で食事を済ませ、近くにあったパン屋でアンネロッテ用にコーヒーに合いそうなパンを買い、屋敷への道を急いだ。
屋敷に到着しアトリエに向かうとちょうどアンネロッテが庭で猫にエサを与えている。彼女は俺の姿に気づくと猫を抱きかかえ、こちらに向かってきた。
「おはようございます」
「おはよう。早いじゃない」
「すいません。気持ちが昂っちゃって早く来てしまいました。朝食まだでしたらパンを買ってきたんで、よかったらどうぞ」
「あら、気がきくわね。とりあえずコーヒーでも淹れるから入りなさい」
アンネロッテはパンの袋を受け取るとアトリエに俺を招き入れた。
「先生はアトリエで生活しているんですか?」
「そうよ。ここが私の家。ここが一番落ち着くから」
「お屋敷にご両親がいるんですか?」
俺の質問にアンネロッテは静かにソファーから立ち上がり窓辺から屋敷を眺めながらゆっくりと口を開いた。
「両親は十年前に盗賊に殺されたわ。あらかじめ仲間を使用人として潜り込ませて侵入の手引きをさせたみたい。流石の魔術師も寝ている時は魔法が使えないからね。料理にも薬がもられてたようだし…… 私はちょうど運悪く依頼を受けてたから屋敷を離れていたの。まぁ、後々、思い返せば依頼も私を誘き出す罠だったかもね。屋敷に戻った時には金目の物は全て無くなっていて両親と使用人達の死体だけが残っていたわ」
「……」
「は、犯人はどうなったんですか?」
「もちろん見つけ出したわよ。あらゆる手を使ってね」
「捕まえてギルドに引き渡したんですか?」
「そんなことで私の気が済むわけないじゃない。私がこの手で自ら裁いてやったわ。関わった人間を全て両手足を切り落として山に捨ててやったの。アイツら助けて、助けてって言いながらモンスターに喰われいったわよ。フフフ……」
「……」
ヤバイ人だと思ってはいたがこの人だけは絶対に怒らせてはならないと俺は改めて再認識した。
「さて、無駄話はこれくらいにしてそろそろ出発しましょうか」
アンネロッテは手に持っていた食べかけのパンを口に放り込んで、それをコーヒーで流し込んだ。
「出発?? 修行ってここでするんじゃないんですか?」
「こんなところでしたら屋敷がめちゃくちゃになるわ。いいから早く来なさい」
急かされた俺は慌てて外に出る。
「いい? しっかり握ってないと落ちるからね」
アンネロッテはそう言って俺の手を強く握った。それに応じて俺もその手を握り返す。するとフワッと体が宙に浮いた。
「じゃあ、行くわよ!」
その声と同時に俺達は一気に急上昇し遥か彼方に見える山の方へ勢いよく飛び出した。
「うわぁぁぁー! 落ちる! 落ちる!」
俺は叫びながら無我夢中でアンネロッテにしがみついた。
「ちょ、ちょっと、どこ触ってんのよっ! 離しなさいっ!」
「無理、無理! 離したら落ちるーー!!」
「もう、ぎゃーぎゃーとうるさいわねぇ、少し眠っててくれる?」
アンネロッテに軽く頭を撫でられると魔法のせいか俺はすぐに意識を失ってしまった。
あまりいないとは思いますが少しでも気に入った、続きが気になるという方がいらっしゃいましたら励みになりますのでブックマーク、評価をお願いします。




