エリナの回想〜3
十二歳になった。
私は寄宿学校に行くために一度、この国を離れることになる。
父は貴族や王族が通う学校に入れようとしていたが私はそれを断固拒否した。
そんなところに行っても私にとっては何の意味も持たない。そこは学校とは名ばかりの貴族や王族の社交場で一定の爵位以上の者の集まりである。そこで彼らは将来の相手を探すのだ。
本当は学校なんて行かず、先生に剣を習っていたかったが、さすがに父の面子のこともあるので渋々、騎士課程のある学校へ行く条件でお互い合意した。
私はウィンディラの遥か東にあるウディネ王国のトリエステ王立騎士学校に入学した。
ウディネ王国は海に面しており、海運業が盛んな商業都市でその豊富な資金を使い、軍事力増強に力を入れている。この国は騎士の家系が多く、国はいくつもの騎士団を保有し、その一つ一つはとても強大である。また国王直属の王の盾と呼ばれる騎士団は選ばれた者にしか入ることが許されない、すべての騎士の憧れだ。
トリエステ王立騎士学校に通う生徒は騎士の家系に生まれ、家を継ぐ者がほとんどのエリートばかり。入学するとまずは初等騎士生となり、一年ごとに試験を受け、最終的に最上級騎士生で卒業となる。卒業するとギルドに登録され騎士として活動することができるのだ。
この学校は優秀な騎士を多く輩出している名門校だけあって、教員も元騎士団長を務めた者や王の盾に在籍していた者などの人材を雇用している。
生徒は卒業すると皆、王の盾を目指す。なぜなら王の盾に入ることができた家は地位と名誉が約束されるからだ。たとえ勢力の小さい分家だったとしても強大な力を手にすることができるので親の方も必死だ。
私は校門をくぐると案内に従い、最初に寮へ向かった。年季の入った趣きのある建物だ。
今日から四年間過ごす私の部屋はベッドが二つと机が二つあるだけの狭くて殺風景なものだった。父の勧めた学校なら広い個室にメイドも一人連れて行くことができたのだが……
とりあえず私は荷物を床に置き、ベッドに腰を下ろす。窓から見える校庭では、ちょうど馬術の訓練が行われており、まだ馬に乗ったことのない私は興味津々にその様子を眺めた。
しばらく窓の外を眺めていると扉をノックする音がしたので、立ち上がって扉を開けた。するとそこには、大きな荷物を両手で重そうに持った、私とかわらない背格好の女性が立っている。どうやら彼女がルームメイトのようだ。
彼女を部屋に招き入れるとお互いに自己紹介と握手をした。彼女は人形みたいな整った顔に青く澄んだ瞳。銀髪に輝くロングヘアーがとても美しい。初めて同年代と話すので緊張していたが気さくで話しやすかった彼女とはすぐに打ち解けることができた。
彼女はアイズ・ターラントという。ウディネで知らぬ者はいない名門ターラント家の生まれで三人姉妹の長女。父親はターラント騎士団の団長で、いずれ継ぐ家督のためにこの学校に入った。
ターラント家では物心ついた頃にはすでに厳しい訓練を受けさせ、優秀な騎士を輩出し家の勢力を保っているのだ。
私たちはしばらく雑談をし、彼女の提案で学校を見て周ることにした。寮から出て並木道を真っ直ぐ抜けると目の前に四階建ての校舎が見える。こっそり中に入ってみようと思ったがあいにく鍵がかかっていたため、再び外の散策を続けた。
校舎の裏手にまわると気合いの入った声がする建物がある。扉が開いていたので二人で中を覗いてみると、どうやら修練場みたいだ。私たちが覗いていたことに気づいたのか男子生徒が一人こちらに近づいて来た。
「君たちは新入生? よかったら中に入っておいでよ」
私とアイズは顔を見合わせて頷くと彼に連れられて中に入った。彼はエーベルハルド・アールグレイと名乗り、最上級騎士生のようだ。
彼は学校にいくつか存在する騎士クラブの長で今度の対抗戦に備えて訓練の真っ最中だと教えてくれた。ここでは三十名ほどの生徒が様々な武器を手に取り訓練に励んでいたが見たところ大した動きではない。
エーベルハルドはアイズがターラント家だとわかると練習に参加してみないかと声をかけた。ちなみに私のことは眼中にない。
彼女はそれに応じ、木剣を受け取ると中央へ歩いていった。その姿に周りの人間たちは訓練の手を止めて彼女に注目している。
私を含めて皆、ターラント家の彼女がどの程度なのか気になるのだろう。
エーベルハルドは三つ年上、最上級騎士生で体格差もかなりある。
しかし、彼女にとってそれは、全くハンデではなかった。
開始の合図と同時にエーベルハルドの剣はすでに宙を舞っていたのだ。
圧倒的な力の差に周りは騒然としている。すると彼女は私の方を見てニコっと笑った。
「エリナ! 私とやりましょうっ」
アイズの挑戦に私は静かに頷く。
アイズは弾き飛ばした木剣を拾い上げ私に投げ渡した。私は剣を受け取り、彼女と向き合うとお互い、一気に間合いを詰める。
私は前のめりでアイズの懐に潜り込み斬撃を繰り出す。
しかし、それは無情にも空を切る。彼女は私の攻撃を全て躱すとすぐに反撃を開始した。
私は何度か避けきれず受け止める。
彼女の斬撃は驚くほど速い、そして何より重く、華奢な彼女からは全く想像できない。
――そのまま一進一退の攻防が続く。
はっきり言って彼女がここまでとは思っていなかった。私と同等、もしくはそれ以上かもしれない。
実際のところ、すでに私の太刀筋はほとんど読まれている。
これ以上長引かせてはいけない……
どうやらアイズも同じ考えのようだ。
彼女もまた自分の太刀筋が私に読まれていることに気づいている。
アイズは私と目が合うと不敵な笑みを浮かべた。
おそらく次で決めるつもりだ。
アイズの剣先が一瞬下がると次に瞬きした時には彼女の鋭い突きが私に襲いかかっていた。
紙一重でなんとか躱す。
しかし息つく暇なく次の突きが顔面めがけて飛んでくる。
――速い。彼女の剣が頬を掠める。
嘘っ、もう一度!? ダメっ。躱せない!
私は咄嗟に剣を90度回転させて両手で強く握り彼女の突きを刀身で受け止めた。
「……」
周りの空気が水を打ったように静まり返る。
「今日はこれくらいにしておきましょうか」
アイズは呆然としているエーベルハルドに木剣を返すと、一礼して先に修練場を出て行った。
私もすぐに彼女の後を追う。
「あー、楽しかった。エリナはやっぱり私の思った通りだったわ。まさかあの三連突きを躱すなんてっ」
「どうしてそう思ったの??」
「だって寮で握手した時、お姫様の手をしてなかったもん。私と同じで何度も何度もマメが潰れて硬くなった手をしてたからよっ」
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