藤袴
ひらり、風に乗って舞い落ちた桜の花びらに、少女は目を細めた。
また、あの季節がやってきたのか。
今はもう、すっかり遠くなってしまった友人の名を想う。
君は、元気にやっているのだろうか。
ーー元気だよ。俺のことは知ってんだろ?お前こそへばってないだろうな?
聞こえるはずのない声が頭に浮かび、少女は苦笑した。そう、君の姿を見ない日はない。あの頃と少しも違わぬキラキラした笑顔を見せる君に、懐かしい日々を思い返すようになったのはいつからだろうか。
ーー私は、元気にしてるよ。
自分の生み出した幻想に、少しズレた答えを返す。
君は夢を追いかけて、故郷を飛び出していった。命令でも約束でもない、小さな小さなメモ1枚だけを少女に残して。
ーーお前、待たせすぎだぞ。
ふと、笑みが漏れた。楽しかったわけではない。そこに含まれた自嘲の色は、隠しようがないほど色濃かった。
そもそもの話、夢を掴んで忙しい日々を送っている君は、あのメモのことなんて、いや、私のことですら覚えていないのかもしれない。
ーーまあ、気長に頑張るさ。
内心呟いたその言葉は、今までも何度も考えたもので。それは長年自分の夢が叶っていないことを示していた。
連絡先は知っている。けれども君から連絡が来たことはないし、私も夢を叶えるまで、あの約束もどきを果たすまでは連絡しないと決めていた。その時には、或いはすでに、私の存在は君の中では無いと同然かもしれないけれど。
よし、と一人頷いて、私は目の前の緩やかな坂を上り始めた。