くまのグーさん
幾つもの電球が揺れる。
薄暗くて、閉鎖的な空間。
ここは工場。
衛生帽子とゴーグルをかぶった白い服の人達が働く場所。
ジャキジャキ。
布を裁断する音。
チクチク。
糸で縫い合わす音。
ギュッギュッ。
綿を詰め込む音。
シュルッシュルッ。
綺麗に刺繍をする音。
カタン。
動くベルトに座る僕。
ウィーン。
動くベルトのローラーが回る音。
じーっとじーっと。
ベルトの上の僕達を貫く眼。
お日様みたいなライトが。
長く細いトンネルを照らし出す。
幾つもの眼が僕達を貫いて。
幾つもの眼が出来損ないを見つけ出す。
幾つかの影が空を舞って。
トンネルの外に消えていく。
それは出来損ない達。
悲しい泣き声が聞こえて。
涙がベルトを濡らすけれど。
ライトの熱がすぐに乾かしてしまう。
そして、長く細いトンネルが終わった。
ポ~ンポ~ン。
僕達が空を舞う音。
コトンコトン。
僕達が四角い箱に落ちる音。
あたしはサンリオピューロランドよ。
僕はアンパンマンミュージアムだよ。
君は?
長く細いトンネルを生き残った僕達。
四角い箱に押し詰められているけれど。
行き先のことを考えると楽しくなる。
君は?と聞かれたから。
僕はディズニーランド。
魔法の国だよ。
って、答えて。
ええ、いいな~。
って、みんなで笑った。
ガツンガツン。
四角い箱が壁にぶつかる音。
ズリズリ。
四角い箱が床を滑る音。
ブニュブニュ。
四角い箱の中で僕達が押し合う音。
僕達を詰め込んだ箱が。
空を飛んでいた。
飛行機が雲を切って。
風を切って、海を越えて。
飛んでいく。
キーンと気圧で耳鳴りがして。
僕は黄色くて丸い耳を。
ギュッと押さえた。
バイバーイ。
手を振って、消えていく影。
バイバーイ。
手を振り返して、消えていく僕。
僕達は離れ離れになった。
袋詰めされた僕を運んで。
白い軽トラックが走る。
凸凹道もへっちゃらで。
跳ねまくるから。
腰が痛くて。
泣きたくなった。
でも、ディズニーランドのことを。
魔法の国のことを。
考えると。
嬉しくて。
嬉しくて。
痛みも忘れてしまう。
そして、僕はようやく辿り着いた。
わーとか。
キャーとか。
流行りの曲の合間に声が聞こえる。
プラスチックの大きな筒の中。
たくさんのぬいぐるみの中。
僕は埋もれていた。
ウインウイン。
アームが横にスライドする音。
グルングルン。
アームが回転する音。。
ガガガガアー。
アームが下に降下する音。
やったとか。
マジとか。
交差する声。
アームがぬいぐるみを掴んで。
取り出し口へと運んでいく。
途中、落ちたりすると。
怒られたりもした。
そう、ここはUFOキャッチャーの中。
そう、ここはディズニーランドじゃない。
とある街のゲームセンターの中。
とある街のUFOキャッチャーの中。
黄色い耳をちょっぴり出して。
取れそで取れない感ありありで。
ぬいぐるみの山に僕は埋もれている。
どうして?
ディズニーランドに行くんじゃなかったの?
UFOキャッチャーの中がとても悲しかった。
だから、とにかく外に出たくて。
とにかく精一杯、背伸びをしていた。
あっ、ほら。
僕の耳をアームが引っかけて。
僕もウェイトコントロールして。
アームから落ちないようにして。
ぶらりぶらり。
僕がアームで揺れる音。
ギシリギシリ。
アームが僕の重みで軋む音。
ドスン。
僕がアームから落ちる音。
パカパッパッパー。
UFOキャッチャーの効果音。
やったーとか。
かわいいねとか。
若いカップルが僕を抱きしめて。
ゲームセンターを後にする。
イチャイチャした会話。
女の子の甘い匂い。
男の子の煙草の匂い。
ディズニーランドに連れていっておくれ。
どうか、お願いだから。
僕は切に願った。
あっ、何これ?
甘い匂いの女の子。
はは。
煙草の匂いの男の子。
こんなの要らないよ。
煙草の匂いの男の子が。
僕を路地裏に放り投げた。
どうして?
僕は。
僕はくまの。
僕はくまのプーさんだよ。
割れたガラスに映る僕。
見た目は全然プーさんなのに。
Tシャツの刺繍が。
goohになっている。
くまのグーさん?
違う。
嘘だ。
僕がバッタもんだったなんて。
くまのグーさんだから、魔法の国に行けなくて。
くまのグーさんだから、UFOキャッチャーに埋め込まれて。
くまのグーさんだから、路地裏に捨てられて。
雨が降り注いで。
泥水が跳ねて。
猫が僕をくわえて。
犬が僕をくわえて。
烏が僕をついばんで。
いつの間にかお日様が浮かんでいた。
ラララ。ララ。
あっちゃんの歌声。
ブンブン。
僕を振り回す音。
ブシュッシュッ。
水が切れる音。
目が覚めると、僕はあっちゃんとベランダにいた。
お日様がとても眩しくて。
気持ちよかった。
ごめんね。あっちゃん。
僕はくまのグーさんだから。
ディズニーランドに行けなくても。
こんな僕を。
あっちゃんが拾ってくれたのだから。
もう十分だよ。
ギュッギュッ。
はみ出した綿を詰め込む音。
チクチク。
脇の下の穴を縫い直す音。
シュルッシュルッ。
刺繍を縫い直す音。
あっちゃん。できたよ。
あっちゃんのママの優しい声。
ありがとう。ママ。
あっちゃんの喜ぶ声と石鹸の匂い。
僕はあっちゃんと鏡の前に立った。
あれ?
goohじゃなくてpooh?
ああ、poohだよ。
あっちゃんのママが魔法をかけてくれた。
僕は本当に。
くまの。
くまのプーさんになれたんだ。
ありがとう。
プーさん。
明日、ディズニーランドに一緒に行くんだよ。
あっちゃんの魔法の言葉に。
僕は嬉しくて。
リュックの中に潜り込む。
今宵、見る夢は。
きっとあっちゃんとプーさんのハニーハントに乗る夢。
ありがとう。あっちゃん。
【おしまい】