だんだん1話
ー1話
黄色いベストを着た人々が走っている。
シャンゼリゼ通りでは、お洒落な店のガラスが叩き割られ、ルノーが燃えている。その中で警官とデモ参加者が殴りあっている。
ライブは中止になり、小林も春菜もホテルから出られない。
20才になり、日本で大学に通っている真由子から、動画メッセージがパソコンに届いている。
!ハッシーくん前で初路上ライブです!
平穏な池上商店街で歌う真由子が笑っている。
「どっちも現実?」
春菜はホテルのテレビとパソコンを見比べて言った。
「あぁ。今、光治おとうさんが、画面を横切った。悪い夢を見てるようだ」
「えっどこ?」
殴られて倒れている人が映り、画面に光治が現れた。抱き起こして画面から消える。
「お父さん……」
小林はツアーで、こうした光景に出会うたびに、表情をなくして行く。
インタビューに政治的発言が増え、稲沢さんに注意される。
「中立を保ってください」
今朝も念を押された。
海外のファンからは、苦しみが訴えられる。
スタッフが翻訳してくれるメッセージには、人はここまで無慈悲になれるのかと…事実が伝えられる。
記者や編集者のフィルターを通っていない言葉は、あまりにも生々しい。
もし、ホテルを飛び出し、光治の所に行ったなら。そこから戻らないであろう自分を怖れた。
「小林くん」
自分の想いに入り込んでいた小林は、ビクッとした。
「もうさ。ハルトモのコンセプトだと、限界じゃない?」
政治的な物にかかわらない。夢を歌う。小林と春菜アコギ2本のみでプレイする。それがハルトモのコンセプトだ。
「どうしたい?」
春菜は思いつきで言わない。決意してから小林に言う。
「ピアノをさ。本格的に勉強してハルトモに入れたい」
「もう、先生も決めてるんだろ」
「どうして知ってるの?」
「春菜は言う前に決める。付き合う時も、結婚する時も、ハルトモを始める時も。それを汲み取って現実にするのが、僕の役割らしい」
「ご免なさい。なんか上手く言えなくて。言えない内に、小林くんがやってくれる。いつも。頼りすぎだね」
「頼られなくなったら、寂しいから気にしない」
「うん」
「もう。ツアーもほとんど中止になるし、日本に帰ろう。稲沢さんに相談する」
稲沢さんは、黙ってツアー中止の大惨事を強行してくれた。稲沢さんは、すでに予測して打てる手は打ってあった。
ハルトモは、日本に帰国した。