宵時の鍛冶師〔後編〕
私は欲しい物が出来たんだよ。
街に行って色んなお店に行ったんだけど、どこにも売ってなかった物が有るんだよ。
それは・・・
シャベルが欲しいんだよ。
スコップは売ってる所は有ったんだけど買わなかったの。
・・・ぬっ!
土方ならスコップだろ?
って脳内!
人間サイズが両手持ちして使う物をハムスターに使えっての?
遠目に見たらスコップが浮遊して自動的に動いてる様にしか見えないじゃないか。
私は七不思議みたいな存在になるつもりは無いぞ。
・・・在るもので我慢って・・・
確かにそうだけど・・・鍛冶屋さんに注文したら作ってもらえるかな?
って思ったからスコップは買わなかったんだもん。
次に街に行ったら鍛冶屋さんに連れて行ってもらうつもりだったしさ。
そんな時にだよ。
鍛冶師スナフキンの爺様に出会った訳だよ、頼まないって手は無いでしょ?
脳内!
あんただって家から徒歩数分の所に鍛冶師が居たら何かを作ってって頼むでしょ?
・・・ほらやっぱり。
だからスコップは買わなくて正確だったのよ。
ってな訳で早速頼んでみよう。
「シャベル、私シャベルが欲しいの。爺様、作ってくれないかな?」
「シャベル?片手持ちの土を掘る小さいあれか?」
「そう、シャベルなんてのは作るのイヤ?爺様は武器を作る鍛冶師みたいだしお門違いなの分かってるんだけど」
「ワシは何でも作るぞ、面白そうなら尚更じゃ」
「面白いかどうかは分かんないけど・・・」
面白い、面白いか・・・
手持ちのインゴットを全部渡して全種類のシャベルを作ってもらおっかな?
それも、寸分違わぬ大きさで作ってもらうとか?
あっ!そうだ。
軍事使用のスコップみたいにしちゃおうかな?
私は掘るだけでシャベルで土は移動させないから問題無いしね。
「爺様、材料はこれでお願い。そんで・・・
「こりゃまた随分と豊富に稀少な物まで持っておるの」
稀少?
おっちゃんの店の店頭に複数個づつ並んでたけどな。
値段はかなりお高目だったけどもね。
おっちゃんの店って・・・実は凄い店なのかな?
爺様が稀少とか言ってる物を普通に並べてるんだしさ。
だとしたら・・・私、たくさん生意気な事を凄い店の店主に言ったって事だなぁ。
おっちゃん・・・ごめんなさい。
「して、どのインゴットで作るのじゃの?」
「え?全部でだよ」
「全部?・・・10本作ると言う事かの?」
「そだよ、せっかくインゴットも10種類在るんだし全種類欲しいじゃない」
「しかしのぉ、作ったとしても全部使うのかの?」
「最初は使うよ。でも、これっ!ってのが有ったら他は使わないと思う」
分かんないもん。
土を掘るのに適した金属なんて。
一通り試して最適なのを選ぶのが良いと思うんだよね。
そもそもだよ、スコップとかシャベルを普通の鉄以外で作った人っているのかね?
居ないと思うんだよね。
「シャベルを暗闇鉄や陽乳鋼で作る事自体が常識外れなんじゃが・・・」
「あっ!言い忘れてた!作って欲しいのは普通のシャベルじゃないから。いざって時は武器にもなる仕様のを作って欲しいの」
「なんじゃと?武器になるじゃと?・・・ほぅ面白いの」
テレビで見た事があるの。
掘る部分に反りをつけないで平らにして白兵戦の武器に早変わりさせてる部隊がどっかの国にあったの。
さっきも言ったけどさ。
私は掘るだけだから反りは要らないんだよね、掘って出た土は【無限収納】に入れちゃうからさ。
てな事を爺様に説明しないとな。
・・・
・・
・
「なるほどの、確かにスコップやシャベルは薄いし頑丈じゃから、そのまんまでも武器として使えるのを反りを無くして更に武器としての度合いを高めるのじゃな」
「そんな感じだね。でも基本的にシャベルとして使うから刃はつけなくて良いの」
「とすると、重要なのは硬度になるの。ふむ・・・だとすると、ミスリルと月光金と陽乳鋼は不向きじゃの。どれも硬度が足りん」
そうなの?
ゲームとかでミスリルの武器とか防具とかって出てきたりするんだけど。
月光金と陽乳鋼ってのは良く知らないけど、これも硬くはないんだ。
「この3種は装飾品などに向いている金属での、武具に用いるとしても同様に装飾に使うものじゃ」
なんだぁ。
装飾品って事は彫金の方か。
「じゃが・・・」
芋?
口にしたら怒られそうだから思うだけだもーん。
「陽乳鋼については考えが有るのじゃが・・・」
「どんな考え?」
「・・・『拒絶の壁』・・・」
ふぇ?
『拒絶の壁』?
この壁をどうするの?
「嬢ちゃんには分からんかも知れんが、何やら相性が良いようなのじゃ」
「そうなの?私には分かんないなぁ」
「なのじゃ。ワシの考えが正しければ、この2を混ぜて硬度が高い新素材を作れるやも知れん」
新素材っ!
おぉっ!なんか格好良くない?
「爺様!それやってみようよ!」
「そんな簡単にはいかんのじゃ」
「なんでっ?」
「『拒絶の壁』が厄介じゃ。こいつは硬すぎて加工が儘ならん」
そっか、加工出来る人は殆ど居ないんだったよ。
でも、私なら・・・
「爺様!粉末にすれば良いの?それとも粘土みたいに柔らかくすれば良いの?」
「ふむ・・・分からん。試してみん事には何とも言えんのじゃ」
「じゃどっちも用意するよ」
「なんじゃと?どっちもじゃと?」
私なら用意出来る。
粉末は【破砕】しまくれば作れるはず、粒は均等にならないだろうから篩にかけないとダメだと思う。
粘土位までの柔らかさは【軟化】を使えばオッケーだしね。
「柔らかい方は少し時間くれれば作れるよ、どれ位あれば良いんだろ?」
「とりあえずはインゴットとと同じ量じゃな」
「分かった直ぐ作るね。粉末の方は篩にかけたりしないとダメだからちょっと待ってね」
「篩かけはワシがやろう、嬢ちゃんはなるべく細かくしてくれれば良い」
それならどっちも今ここでやっちゃおう。
あ・・・依頼量はいくらになるんだろ?
新素材なんてもんの開発までするんだから、かなり高くなっちゃうのかな?
・・・手持ちはそんなに無いよ。
爺様は長生きだし、ミラクルナッツなんて要らないだろうしなぁ。
「ガッハッハ、なんぞ楽しくなって来たの。弟子候補に新素材か!ワシの人生まだまだこれからやも知れんの!」
うわぁ、爺様大喜びしてるよ。
報酬・・・どうしよう。
「嬢ちゃん、とりあえずミスリルと月光金は返すの。それでじゃ、報酬じゃがの・・・
「爺様ごめん!私あまんまりお金を持ってないの!」
「ガッハッハ、金は要らん。報酬は残ったインゴットで良い。更にじゃ、ヒヒイロカネと暗闇鉄をもう1個づつ持って来たらワシの秘匿の金属でシャベルを作ってやるのじゃ」
爺様秘匿!?
・・・なんか凄そうな予感が。
さらに直感が手に入れなかったら生涯後悔するって言ってる気がする。
スカージュちゃんに頼んで買って来てもらおうかな?
いや、一緒に行こう。
スカージュちゃんが鍛冶をやってみて続けていけるなら就職祝に道具と素材をプレゼントって事で買うのも良いよね。
シュヴァツ君の使う農耕具も買わないといけないしね。
「爺様!直ぐは無理だけど手に入れて来るから、秘匿のやつも作ってね。で、これが柔らかくした壁の石、粉状は今からやるね」
「ふむ、嬢ちゃんは多才じゃの」
「えぇー、壁に家を造るならこれ位は出来ないと無理だよー。【軟化】【硬化】が無いと窓と扉を作れないし、【破砕】が無いと家自体が造れないし、必須だよ必須!」
「必須と言うがの、そこまで熟練するのが大変なんじゃの」
「そうみたいだよね、私は熟練度が上がるのが早いみたいなんだよね。そんで集中して上げちゃうから、あっと言う間に熟練度が上がってくんだよね」
「それはかなりの特異性じゃの、聞いた事が無いの」
「もしかしたらね、ステータスの備考欄にある【熟練者】ってのが関係してるのかもしれないの。ほら、熟練って意味は経験豊富とか慣れてるとかでしょ?」
「【熟練者】・・・なんか引っ掛かるの」
引っ掛かる?
私もおかしいとは思うよ。
スキルなんて使ったのは、ここに来て初めてだし。
この世界だって私の居た所と全然違うから慣れてなんていないし。
意味が分からないんだよね。
だから考えたって分からない事は放置する事にしたの。
だって分からないんだもん、考えるだけ無駄でしょ?
そういうもんだって受け入れちゃう方が楽なんだもん。
「嬢ちゃんの過去を調べても良いかの?」
「ふぇ?私の過去って言っても2ヶ月位しかないよ?」
「それじゃのうて、前世をじゃ」
調べる事が出来るの?
すっげー!
なんか興味あるなぁ。
あっ!
私が何でここに来たのかとかも分かったりするのかな?
ほら、死んでるのか死んでないのか、とかさ。
「爺様?私の前世って言うの?何で死んだか分かったら教えて欲しいな」
「そんな事に興味が有るのかの?」
「だって、目が覚めたらこっちの世界に居たんだもん。せめて死因位は知りたいじゃない?」
「すると嬢ちゃんは転生者という事かの?」
「そだと思う。備考欄にも【転生者】ってあるし」
「なんじゃと?・・・嬢ちゃん、徹底的に調べねばならんようじゃの。【転生者】の称号はちと厄介な時が有るのじゃ」
厄介?
・・・中二とか?
うーん・・・私はそゆの興味無いよ。
自分と自分の周りが楽しく穏やかに暮らせればオッケーだよ。
でも、爺様が心配なら・・・
「構わないよ、私は私が覚えてる以外は興味ないしね」
「そうさせてもらうかの」
「ほい、粉状もこれ位で良いかな?」
「おぉ、上出来上出来。色々と試行錯誤するでの、足りなくなったらまた頼むやも知れん・・・
「オッケーだよー。そんなに時間掛かってなかったでしょ?だからいつでも言ってね」
シャベルとスコップなんですが、関西と関東では名称が逆になるそうです。
関西では小さい物をスコップ、大きい物をシャベルと言うらしいです。
他にも先端の形状で名称が違う事も有るそうです。
私は生まれも育ちも関東なので小さい物をシャベルって事にして書いていきます。




