初登校だっ〔前編〕
「お呼びになりましたか?学園長」
「あぁ、ヴェル来ましたか」
この子が後継になるかも知れない・・・のですか。
とは言ってもアイシャの見立てですし、アイシャ自身も可能性が有ると言っていただけですし、大きな期待はよしましょう。
しかし、シズネと関わるのならば、その成長の度合いは計り知れません。
あの子の教育は度を越しています。
しかし、教わって居る方は難無くやってのけるのですから無理な事ではないのでしょう。
シズネは何を基準に導いているのか、それが分かりません。
妾と違うのは分かるのですが、どこが違うのかが分かりません。
無理矢理やらせる時も有りますし、やる気を出させてからやらせる事も有ります。
妾も同様の事は行います。
しかし、シズネの様に万事が万事上手く行く事は有りません。
上手く行かない事の方が多いのです。
「学園長、いったいどの様な用件でしょうか?」
「貴男は卒業後の身の振り方は決まりましたか?」
「まだ決まっていません」
「そう、ならば身の振り方の1つとして聞いて下さい」
正直な所、迷います。
あそこに行けば少なからず成長はするでしょう。
しかし、あそこは何かしらで一線を越えた者達の住む場所です。
この子ヴェルは、妾から見ても何一つ越えてはいません。
そんな子がやって行けるのか心配でなりません。
「『来ないか?』と言う誘いが貴男に来ています」
「オレ、私にですか?」
「一人称を変える必要は有りません。その人間界の風習は好ましく有りません」
「スミマセン・・・それで、どこから招待されているのですか?」
「『断崖荘』・・・一線を越えた者達が住む場所です」
「一線を?」
「端的に言ってしまえば、貴男はアイシャに見込まれました。そのアイシャからのスカウトです」
しかし、どういった風の吹き回しなんでしょうか?
あの自由気ままに生きて来ていたアイシャが人材育成に興味を持つ事が起こるとは・・・これも分かりません。
・・・もしかすると、アイシャもシズネに教育された口なのでしょうか?
しかし、あのアイシャが簡単に教育などされるのでしょうか?
やはり分かりません。
ですが、シズネならやってのけそうな気もします。
タイプの違うスカージュ、シュヴァツ、ティファの3人を教育しているのです。
アイシャを教育出来ても不思議では有りません。
「その招待を受けます」
「そうですか、それでは近い内にその旨を伝えておきます」
「宜しく御願い致します」
「行くと決めた貴男に忠告です。あそこは魔族界、人間界、どちらの常識もある程度しか通用しません。あそこの常識はシズネです、ですが理不尽な常識ではありませんので、腑に落ちないのならば鵜呑みにせずに理由を問いなさい」
「問えば答えてもらえるのですか?」
「えぇ、苛烈な独裁者ではありませんからね」
苛烈ではありません。
しかし、追い詰められると誰よりも苛烈になります。
コンコン・・・コンコン。
窓をノック?
書状の類ですか?
「どうぞ」
「お取り込み中にスイマセン。火急の書状です」
「はい、誰からのでしょうか?」
「えっと・・・見て貰えれば直ぐに分かると思います」
「?・・・そうですか、では頂けますか」
「これです。では、あっしは失礼します」
?・・・あっさり退散しましたね、いつもならば駄賃を強請るのですが。
それよりも書状です。
何方からなのでしょうか?
「えっ!?・・・これは・・・」
「学園長?どうしました?」
「これは・・・初代魚魔王レヴィ殿のエンブレム」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
やぁ!
今日はスカージュちゃん、シュヴァツ君、竜魔王の3人と『断崖荘』を飛び出して外出中のシズネちゃんだよ。
出掛けはウキウキとワクワクだったんだけど、目的地の入口に到着してトラブルが起きる予感しかなくなってゲンナリしてるんだよね。
ここはね、『拒絶の壁』の上にある魔族の学校だよ。
何でかって言うとね。
静か過ぎるんだよね、物音1つしないの。
聞こえる音って言ったら風が吹いて擦れる木々や葉っぱの音だけ・・・
これは、町内で有名な幽霊屋敷みたいな印象だよ。
ホラー感が半端ないよ!
「あ、あのさー」
「なんだ?」
「私、帰りたくなったんだけど・・・」
「何故だ?」
「だってここ怖すぎだよ!入ったら何かに取り憑かれそうな雰囲気だよ!」
ホント怖いんだよ!
だってだって【振動感知】に反応する生物は居ないし。
正門から正面に見える本校舎っぽいのは古びた洋館みたいな佇まいだし。
敷地内から漂ってくる印象が悪過ぎなんだよ!
・・・これ、雰囲気云々以前に・・・
「いっぺん更地にって案は間違ってなかったかも」ボソッ
「ぷっ!相当印象が悪いみたいですね」
だって・・・ホントに怖いもん。
「まぁこの時間帯に出歩いてる人は余り居ませんからね」
「何で!夜ご飯までまだまだ時間あるよね?授業以外の習い事みたいなのをしたりしないの?」
平たく言えば、部活だね。
「そういったのは有りませんね、授業以外で習い事をする意図が分かりません」
「何で!学校の授業なんて半分以上は役に立たないものでしょう?」
「身も蓋も無いことを言いますね・・・確かにその通りですが・・・」
「だったらさ、実社会に出てから役に立つ事とか、好きな物事を追求する為の課外授業があっても良いじゃん。あっ!・・・もしかして、ユグスちゃんは工作も授業にするつもりなのかな?」
だとしたら・・・
一切何にも優遇はしない。
適正でお買い上げ頂く。
だって、工作なんてのは好きに作ってなんぼじゃない。
課題を課せられても得意な分野じゃなければ上手く行かない事だってあるでしょ?
フィギュアは得意だけど、模型やアクセサリーは苦手とかさ。
絶対にあるって。
苦手克服とか言って長所を伸ばさないのは良くないもの。
絶対に間違ってるとは言わないけど、出来不出来を平均にするよりも出来る事を伸ばす方が将来性が有ると思うの。
それにだよ、得意な事柄ってのはやっていて楽しいはずだもの、苦手な事柄は逆に苦痛だと思うもん。
どっちが良いって聞かれたら一択でしょ?
楽しい方が良いに決まってるよね。
だから、課題があるような授業にしたらダメ。
「恐らくそうでしょうね。シズネさんの言う課外授業は有りませんし」
ビシッ!
「シズネさん?そのビシッてのは止めてくれないっすか?あたし怖いです」
「えっ?あっ!うん、ゴメン」
ビシッてのは他人にも聞こえてたんだ。
私って分かり易いんだなぁ、残念な奴みたいだよ・・・
「しかし、俺が居た頃とはまるで違う雰囲気になってるな」
「・・・父上が居た頃はどうだったのですか?」
「俺が居た頃は、この時間でも外に生徒は居た。散策をしたり、武技を競ったり、学園長に借りた本を読む奴などがいたんだがな。・・・スカージュはこの時間は何をやっていたのだ?」
「えっ?あたし?・・・あたしは・・・庭の奥の方に植わってる椎の木の辺りでシュヴァツと話をしたりしてました」
むっ!
ノロケタイムか?
「あの椎の木はまだ植わってるのか・・・そうか」
むむっ!
違う方向を向いたぞ、この流れは・・・
「あの椎の木と何か関係があるのですか?」
「あぁ、あれはユリーシュが植えたんだ」
「母上が?何故なんな場所に植えたのかを父上は御存知ですか?」
「ま、まぁな」
「ホントですか!教えて下さい!」
「むっ・・・決して他言せぬのらば」
ピコーン。
このワードはからかうチャンスだな!
ぬっふっふっふ。
「もちろん話しません」
「俺も約束は守ります」
「・・・ん?私?」
他人の秘密をバラして回る趣味はないよ。
それ、全然面白くないもん。
「言わないよ?」
「ホントっすか?」
「疑うなら叫んで歩く」
「いやいやいや!勿論信じてるっす!世界中が疑っても、あたしは信じてるっす!」
・・・大袈裟だなぁ。
そこまで必死にならなくても良いと思うんだよね。
これじゃ、私が脅迫したみたいでイヤなんだけど。
でも、何でこんなに大袈裟なんだろう?
前はこんなんじゃなかったんだけどな。
・・・いつからだったかな?
大袈裟になったのは。
・・・あれだ、スカージュちゃんに初説教された次の日からだ。
私、何かしたっけかな?
うーん・・・
もしかして・・・
お尻ペーンペンに何か意味が有ったとか?
だってさ、見てた人は皆して固まったもん。
何かしらの意味有って固まったって考えるのが妥当だよね?
で、その意味って何だろう?
魔王が3人も固まるんだから良い意味じゃなさそう。
それじゃ・・・
月の無い夜は背中に気を付けろ的な意味とか?
さすがにそれは行き過ぎかなぁ。
いや・・・でも・・・それ位の意味じゃないと固まらないよね。
だとすると・・・
私はスカージュちゃんに殺害予告をしたって事になる?
いやいやいやいや!
殺害なんてしないし!
何とかして誤解を解かないと、ずっと大袈裟なまんまって事になっちゃうよ!
だけど、どうやれば解けるのかな?




