本当のヒトデナシ
医療街。最先端医療技術の研究開発拠点、研究機関・病院などが集積することからそう呼ばれている。
「この街に来たらどんな病気、怪我でもきれいに治る」と言われるほど医療技術に優れたこの街には、王族から平民など関係なく国中から患者が訪れては治療を受け、安楽死を頼んだ者を除いては健康的に帰っていった。
しかし、医療街でも治せない難病が突然発生した。人を怪物に変えるそれは「獣化病」「異形病」と呼ばれていたが、そもそも病であるかも分からなかった。
それでも、訪れた患者を治療することを目的とする医療街の者は諦めず、獣化病の治療方法を探り続けてきた。同時に怪物から街を守るために防壁を建て、傭兵や王族から派遣された兵団に守らせていた。
……しかし
獣化病に魅入られた一人の狂人によって、街は怪物で溢れ出した。
――――
〜〜♪
私は口笛を吹きながら廊下を歩いていた。
窓に映るうなじまでの金髪、医療街で働く者が着る白いローブ、丸眼鏡をかけた私の耳に大勢の悲鳴が入っていく。口笛を止めずに廊下の窓から夕暮れの街を見下ろすと、必死に走って逃げている人間共を怪物たちが追う光景が広がっていた。どうして人間以上の存在になれるのに、拒むわけ?
一人の人間が転び、怪物に追いつかれたのを見つけて観察する。伸し掛かられて抵抗する人間に怪物がトドメを刺し、他の人間を追跡し始めた。残された人間の死体に血溜まりが広がる中、痙攣しながら怪物に変化する死体から目を離せない。私は片手を窓に当てながら、もう片方の手で胸の鼓動を抑える。
幼虫が成虫に羽化する。生き物が全く違う姿になる瞬間はいつ見ても飽きない。それが人間のような虫とは違う存在だとなおさら。
……だからこのショーを始めたわけ♪
研究用に保管されていた怪物の体液を持ち出し、街の下水道に流し込んだ。下水道には路上にすら居させてくれない人間共がたくさんいる。彼らが先に人間以上の存在になる権利がある。そうして元人間の怪物が地上に現れ、今はこうして人間を怪物に変えていく。
宗教、技術、文化、そして医療を持つ動物である人間が、異質な姿に変えられるのを見ていると……口の端が下がらなくなる。
突然、腹部に強烈な痛みと、何かに貫かれた感覚を感じた。口から血が吐き出す中、窓ガラスに目を向ける。
腹を尖った何かに突き破られた私の後ろに、人の形をした人間ではない何かが映っていた。そこでどういう状況なのかを理解した。
ああ……そっか……私も、獲物……だよね……
…………ははは
遅いじゃん……♪
窓ガラスの中の私は笑っていた。これから自分の身に起こることを想像して……
……
…………
………………
あれからどれくらい時間が経ったんだろう。
気がついてから最初に思ったのはそれだ。頭を手で抑えながらなんとか立ち上がり、自分の下半身を見つめた。裾口が広い白のズボンを履いているように見えるが、真っ白な湿り気のある足そのものだ。
人間の足じゃない! 私は胸を躍らせ、近くに更衣室があるのを見つけて駆け込み、そこにあった姿見の前に立つ。鏡には軟体動物を人の形にした人外が映っていた。
顔つきは人間の時と変わらないが全体的に白くヌメっており、頬に赤いラインが浮かび上がっている。髪も肌と同じように白く変色し、額からは二対の先が細い柔らかな触覚が伸びていた。
広い袖口がついた腕、広い裾口がついた足、平たく長い尾、胸と腰は膜で覆われ、白く赤いラインがある粘りついた身体をしている。
私が口を開けば、怪物も開く。私がウインクをすれば、怪物もウインクする。
私が目を細めれば、怪物も目を細める。私が口の端を上げれば、怪物も口の端を上げる。
私は鏡の中にいる怪物と鏡面で手を合わせ、こう挨拶した。
「こんにちは……新しい私♪」