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ヒトデナシ  作者: 影絵師
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格闘シスター

今回は獣人でも虫でもなく、異形です。


 薄暗い石作の通路に数名の足音が響く。壁や床、天井のいたるところに血の跡が付着していた。


「早く、こっちへ!」


 鎧を装備した女が走りながら声を上げる。背後を振り向く彼女の視線の先には、戦闘するシスターの標準装備である甲冑修道服を身に着けた女が荒い息をしながら走っている。その後ろには何体かの死体が追いかけていた。

 死体がシスターの体を掴み寄せ、彼女の首の横を噛みちぎる。命を尽き、倒れ込んだシスターに死体共が顔を近づける。

 

「くっ、よくもっ!」

「騎士様、ここは私にお任せを!」


 立ち止まった女騎士の近くを走っていた銀髪のシスター――ニコルが言った。格闘用に篭手を頑丈にした甲冑修道服を身に着けている彼女に、女騎士は首を振って剣を構える。


「いや。彼女の亡骸を好きにはさせん」

「……わかりました。行きましょう!」


 互いに頷いたニコルと女騎士は来た道を戻る。食事を始めようとしていた動く死体たちが、彼女たちの接近に気づき襲いかかった。

 女騎士が死体の腕を斬り飛ばし、ニコルが胴体を殴り飛ばす。息を合わせた連携で、動く死体らを倒した二人は、首を噛み切られたシスターのそばにしゃがむ。血が流れ出る彼女の目に光がない。

 女騎士は助けられなかったことを悔やみ、ニコルは悲しそうな表情をする。頭を下げたまま女騎士が訪ねた。

 

「私たちだけか?」

「……きっと、この迷宮のどこかで生き残っているはずです」

「そう願いたいな……だが、ここで足を止めるわけにはいかない」

「そのとおりです」


 シスターはそう言い、女騎士は立ち上がり二人とも迷宮の奥へ向かう。 

 感染、呪い、天罰、邪悪な魔法……様々な要因により人ではなくなる異常現象が国に広まる中、とある街の地下深くに眠る迷宮の奥に元凶が存在することが判明した。

 騎士団、冒険者、傭兵、教会の一員で構成した調査団が遺跡に潜り込み、その元凶を調査した後に破壊、可能であれば持ち帰る任務を受けていた。これを成功すれば人間が怪物になってしまうこと、怪物に襲われる心配をしなくてすむ。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。迷宮を徘徊する未知の異形は動物を人の形にした獣人などと違い、死体が変異した姿をしたモノであり、地上の人外への対処方法が通用しなかった。調査団が奥に進むにつれ、異形に殺された者の死体が異形と化していく。

 現在、迷宮の奥まで来ている生きた団員は女騎士とニコルだけである。それでも彼女らは望みを捨てていない。国中の人間が平和に過ごせるために、駆ける足を早める。

 彼女らの目の前に一回り大きい扉が見えた。偵察部隊の生き残りが死に際に「扉の向こうに求めていたものがある」と言い残したことを思い出す。女騎士とシスターが希望を感じた。

 その時、女騎士が声を上げて倒れる。異常に気づいたシスターが振り向くと、うつ伏せの女騎士の背中に数本の棘が刺さっていた。そして自分たちが来た道を歩く人影があった。それは甲冑修道服を着ていた。


「私を置いていかないでください……お二人とも」


 先程、死体に殺されたはずのシスターだ。噛まれた首元の内部が露出し、裂けた口から牙を見せ、両手の指先が鋭く硬化している。目から赤い涙を流す彼女は人として死んだが、動く屍と化していた。

 死んだ調査団員の死体は処理しなければならない。ニコルはそう叩き込まれていたが、親しい者の死体を処理する勇気はなかった。ニコルは己の弱さを後悔し、シスターを醜い生から解放しようと身構えた。


「安らかに……眠ってください」


 そう言った直後、ニコルはシスターに向かう。拳を何度も突き出すが、シスターはそれを全て躱していく。蹴り上げるが躱され、回し蹴りをするが躱された。戦闘能力が高い調査団員を元にした異形は強敵だ。

 回避していたシスターがニコルの喉を掴んだ。掴まれたニコルは抵抗するが、逃げられずシスターの手で口を強引にこじ開けられる。彼女の頭を引き寄せたシスターが口を閉じ、頬を膨らませていく。頬を裂けて出来た口から異臭を放つ液体が漏れているのを見たニコルが最悪の予感を感じ、自分の口を閉じようと暴れるが無駄だった。

 開かれたシスターの口から濃い色の液がニコルの顔に降りかかり、彼女の口に侵入し喉元を通っていく。

 吐き終えたシスターに解放されたニコルは、体内からの強烈な痛みと吐き気にその場に両手をついて倒れる。ニコルの口から先程の液体と血が吐き出されて広がっていく。体に力が入らず体を床につけ、修道服が液体に汚れる。

 そんな自分の姿をシスターが見下ろして笑っている。ニコルは体の内部が変わっていく不気味な感覚を感じながら死んでいった。


――――


 甲冑修道服を着た銀髪のシスターが迷宮を歩いていた。

 牙が見える裂けた口から舌を垂らし、黒く変色した目から赤い涙が溢れる。鋭く歪に変形した両手が血に濡れている。調査団員の一人であるニコルは異形の一つになっていた。


 地上に……帰りたい……


 

 


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