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ヒトデナシ  作者: 影絵師
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豚になった見習いコックが、状況説明するようです

 人間は神に見放されただろうか。

 そんなクサイことを思いながら、僕はまな板に乗せられた肉を切った。トントンと包丁を動かしながら、肉を細切れにする。隣のコンロで猪頭のお父さんが鍋を煮込んでいる。

 僕の名前はバビ。お父さんが経営している屋台で働いてる料理人兼接客係だ。怪物の種類としては豚人間、つまりピッグマンだ。あの特徴の鼻と、丸っぽい体さ。


――――


 人間だった頃は大通りにあった料理店で働いていた。豪華な店で平民だけでなく貴族もよく来ていた。身分の差にうるさい客もいたけど、お父さんに無言で睨まれてから来なかったこともあった。平民と貴族に美味しい料理を出す無口な父を手伝いながら、僕もお父さんみたいになろうと修行した。

 そんな幸せ暮らしがある日、あっという間に終わってしまった。

 朝早く、いつもの開店の準備をしてた時になんとなく窓を見た。いつもなら様々な通行人が歩いていたはずだ。

 しかし、街の中に現れるとは思いもしなかった怪物たちが人々を襲い、殺す。そして怪物に変わっていく殺された人たち。

 僕の悲鳴を聞いたお父さんが厨房からやってきて、外の状況を知った直後に扉や窓をテーブルや椅子で塞いていく。衝撃な光景を見て頭が停止していた僕もお父さんに怒鳴られ、慌ててバリケードを作るのを手伝った。何もしなければ殺される。生きたい僕はせっせと作業するだけだった。

 作業がある程度進んだ時、僕はもう一度、窓の外を見た。

 人が死んでいた。大通りに血溜まりが出来ていて、あちこちに死体が転がっていた。中には怪物になりかけているのもあった。

 誰かが走って逃げていた。鎧とフードを着ている女らしい人は、大きな鼠に追いつかれて倒れ、噛みつかれて死んだ。僕は再び悲鳴を上げそうになり、口を手で塞いだ。

 女の人を殺した怪物がこっちを見た。そして、僕らが隠れている店に駆け出した。

 そのことをお父さんに知らせると、僕に「厨房に隠れろ」と言った。料理に使う包丁を持ってたお父さんが何をするか、理解した僕はすぐに拒否した。敵うはずがない、兵士の人も殺されたんだ。お父さんも隠れた方がいいと頼んだ。

 するとお父さんは僕の頬を殴った。痛みを堪えながらお父さんの顔を見ると、悲しそうな表情をしていた。


「倅が先に死ぬなど、絶対に許さん」


 その言葉を聞いた僕は、お父さんの思いを無駄にしないよう厨房に向かった。大量の食器を戸棚から全部出し、空になった棚に入って戸を閉めた。

 そして、耳を手で塞ぎ、息を潜めた。


……

…………

……………………


 あれからどれくらい時間が経ったんだろう。

 耳に当てていた手を離した僕は暗く狭い空間で思った。

 もしかして助かった? あの怪物たちが僕たちに気づかなかった?

 そんな希望を感じつつ、戸を開こうとはしなかった。まだ不安と恐怖が残っていたからだ。それでもお父さんが生きてるか知りたかった。

 その時、隠れている戸棚の戸を外からノックする音が聞こえた。

 僕は反射的に戸を開き、棚から飛び出したことを今でも後悔している。

 すぐ隣に怪物がいた。あの女の人を殺した鼠だ。そいつは厨房で使っている包丁を僕に振り下ろし――


 それからのことは覚えていない。覚えていたら僕はきっとおかしくなってた。

 体を揺さぶられ、気がついた僕の視界には猪の怪物が僕を見下ろしていた。

 僕は驚いたけど、怖くはなかった。厳しいけど、理不尽が嫌いなお父さんそのものだとわかった。だって、そういう目をしてたから。

 そして、僕は豚の怪物になってた。絶望で泣きそうだった僕をお父さんは叱った。


「泣くのは……生きてこの場から逃げ出すんだ」


――――


 そして今に至る。

 細切れの肉を炒めた料理と、お父さんが煮込んでいた鍋のスープをお盆に乗せて、それをお客様が待つテーブル席に持っていく。

 

「うん! いい匂い! お腹ペコペコなの!」

「本当にこれを食べられる?」


 僕はテーブルに料理を置きながら心配を口にした。

 僕が見てきた怪物の中で一番人間らしさを残しているお客様はクレーエ。人間の頃は路上孤児で、いつも僕らの店に来ては料理をただ食いしてた。まあ、残飯処理に使ったり新作料理の味見をしてもらったけど。

 街に怪物が発生した時は梯子を盗んで屋根に逃げ、梯子を必死に引っ張り上げて怪物たちが登れないようにした。悔しそうに見上げる怪物を見て、クレーエは自分を賢いと思っていた。

 空を飛んでいたハーピーと呼ばれる上半身が人間、腕が翼、足が鳥の脚の怪物たちに襲われ、空中で腕と足を食いちぎられ、大通りの上空で放り投げられ、落下死するまでは。

 今のクレーエは目が一種の鳥のように黒一色であり、黒い翼と太腿に生える羽毛、鋭い脚といった、彼女を殺した怪物と同じ姿だ。男っぽく見えるほどの短い黒髪と盛り上がってない胸は変わらずだ。

 

「別にいいじゃん……人だったあたしもこういう感じだったでしょ?」


 フォークとスプーンを使えず、顔をテーブルに近づけて、動物のように食べる。人の時は少なくとも手づかみで食べていた。

 怪物――僕やお父さん、クレーエみたいに理性や人間性があるのを除いて――みたいな食べ方に、僕は嫌悪感を感じてやめさせた。テーブルに置いてあるフォークを手にして言う。


「やめろよ。僕がやってあげるよ」

「何よもう、わかった、あーんするよ……今更人間らしく求めたって」


 クレーエの最後の言葉に僕は何も言わず、彼女の口に料理を運んでいく。


――――


 あの時、怪物になった僕とお父さん。人間を殺したり、食べようとは思わなかった。むしろ助けたいと思っていた。これが理性とか自我って感じかな? でも、自分より他人を救う余裕はなかった。

 店の裏口から出て、安全な場所を探してた時に怪物と遭遇した。最初は気にされないかと思っていたけど、そいつは襲いかかっていた。まるで僕らが怪物になり切れていない人間だとわかっているかのように。意外と力のある豚と猪の怪物になってたから返り討ちにしたけど。

 それから怪物に見つからないように隠れながら進み、襲われたら戦う、多少うまくいったけど、大勢の怪物に追われた時に転んだのは絶体絶命かと思った。

 だけど、不思議なことが起こった。僕らを追っていた怪物たちが突然怯えて、背中を向けて逃げ出した。助かったは助かったけど、新たな悪い予感がした。

 僕らが行く先に、あの恐ろしい怪物ですら怯えるような存在がいるかもしれない。それでも僕らは進んだ。

 そこは教会前の広場だ。たまに宗教絡みの祭りや儀式が行われていて、その場にあった「何か」もそれに使われているかと思った。

 赤い水晶の根本で燃えている篝火だ。まるで篝火の炎が鉱石化したようなそれは、僕とお父さんを安心させてくれた。その周囲に血溜まりや死体が全く無く、あの篝火が怪物を寄せ付けないように思える。


――――


 教会前の広場に落ち着いた僕らは屋台を始めた。調理器具や食器は広場近くの無人になった家から借り、家具を分解して屋台の素材にした。始めたきっかけは……人間らしさを失わないようにするためかな?

 最初は僕ら二人だけだったが、月日が経つにつれて理性を失わずに済んだ怪物たちが避難してきた。

 篝火の近くに座り込むネガティブ思考の鼠の人外、空を飛んでいる時に広場を見つけたハーピーのクレーエ、他所からやってきたクールな狼の女剣士、篝火に向かって祈っているカマキリの人外など、様々な怪物が過ごすようになってきた。


 ……こういう状況だけど、まだまだわからないことだらけだ。

 守りが硬いはずの街になぜ怪物が現れたのか?

 水晶の篝火はどういう物なのか?

 他の場所はどうなっているだろうか?

 まあ、考えても仕方ないか。僕は豚になっても、お客様への料理を作って出すだけさ。

 

 

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