女弓兵
燃え上がる街に多くの人間の悲鳴が響き渡る。
いつもなら、商店が並ぶ大通りを家族、友人、もしくはそれぞれ一人といった通行人でいっぱいだった。
今は火の手が上がる商店、散らばり逃げる人間たち、そしてそれを追う複数の怪物。道路には怪物に殺された人々が転がっていた。中には怪物に変異している死体もあり、それは新たな人間への脅威になる。
人々が逃げる方向には駆けつけたばかりの数台の馬車が止まり、中から鎧を身に着けた騎士、兵士、弓兵が次々と降りてきた。
「くそっ、なんてことだ」
その中で目立つ鎧を身に着けている――隊長だと思われる騎士がそう漏らす。惨劇が起こっている街は、頑丈な壁に囲まれており、訪れる者を一人ひとり確認する、怪物に殺された死体は焼却するなどの十分な警戒もしていた。だが、こうして化け物が紛れ込み、人間を殺しては数を増やし続けている。どこか見落としてしまった結果がこれだ。
民間人を自分らの後方へ避難させる騎士たち。まだ逃げ遅れた者はいるが、全員逃してからでは怪物共の攻撃を許してしまう。
……すまない。
見捨てることに隊長は小さく声に出して謝り、数十人の弓兵に指示する。
「射手! 構えろ」
弓兵たちは騎士や兵士の前に配置し、弓を構える。
隊長の指示で放つ矢の先には、騎士たちに気づき、殺気を放ちながら迫ってくる怪物たちがいる。
犬、猫、鼠……人間の身近にいる動物を無理やり人の形にした怪物。人間でもなく、動物でもない、そのどちらの恐ろしい性質をかけ合わせた怪物が、包丁や斧といった日常で使う刃物を持って騎士たちに迫る。
ある程度引き寄せたところで隊長は手を振り下ろし指示する。
「放て!」
放たれた矢に突き刺さった怪物たちは倒れ込んだ。矢を避けた怪物、刺さったが致命傷ではない怪物たちは駆け続ける。騎士たちの目の前まで来ていた。
次の矢を放つには間に合わない。隊長が次の指示を出そうとした。
しかし、声を上げられなかった。一体の怪物が投げた斧が隊長の胸元に食い込んだ。裂かれた胸部から血を吹き出し、倒れる隊長。
それを目にした近くの騎士や兵士、弓兵が驚くが、その直後に怪物たちの攻撃にさらされた。
包丁、斧、草刈り用の鎌、熊手といった人間の道具で殺す。鋭い爪や牙といった獣の部位で殺す。隊長を失い、混乱しながらも抵抗する騎士たちを次々と殺した。兵士や弓兵も同じように殺した。
血が飛び散る中、フードをかぶった一人の弓兵がその場から逃げ出した。
恐怖でいっぱいだった。怪物に殺されること、そしてその怪物になってしまうことに。
そんな者が逃げられるはずがない。一体の怪物がその者に気づき、四足で追いかける。飛びかかって押し倒し、フードの中身を見る。
女だ。明るいクリーム色の短髪をした成人ではない女が恐怖に歪んだ顔を向けている。涙が浮かぶその目には、毛に覆われた尖った顔、小さな耳の鼠の顔が映っている。
女の口から悲鳴に近い声が出た。
「お願いです! 殺さないで!」
叫びながら両足を激しく動かし、鼠の怪物に両腕を叩きつける。
もちろん、大声と抵抗が鼠の怪物に通用するわけがない。鼠は口を開き、女の喉元を齧る。歯が喉に食い込み、一気に引っ張る。
喉を噛み千切られ、血を流した弓兵の女は動かなくなった。
――――
目を覚ました女弓兵は気を失う前の記憶を思い出し、すぐに喉元に手を当てる。
塞がっている……だけど、この毛の感覚は何?
謎の感覚を撫でて調べている時、訓練していた時に学んでいたことが頭に浮かぶ。
怪物に殺された人間は怪物に蘇る。
血の気が引く。上半身を起こした女弓兵は喉に当てていた手を、恐る恐る顔の前に移す。
腕から手首までに明るい毛皮が覆われており、手も人間と比べて細い。もう片方も同じだ。
今度は下半身に視線を移す。ズボンの裾から出ている両足は獣と全く同じ。おそらく腰から生えている無毛の尾が股下から伸びていた。
完全に全身を見たわけではないが、その時点でもう理解していた。頭も鼠と同じだろう、尖ったマズルに、髪から出ている小さな耳。
呆然とした女弓兵はゆっくり立ち上がり、周囲を見渡す。仲間である騎士や兵士、弓兵の死体がいたるところに転がっている。怪物の死体もあるが、人間の死体よりも少ない。
女弓兵は仲間の死体に声をかけた。
「みんな、起きてよ。私を、一人にしないでよ」
返事をしない仲間。それでも女弓兵は歩きながら仲間に声をかけるのをやめない。
「私は鼠の姿をしてるかもしれないけど、人間だったんだよ。チューチューも言ってないでしょ。私が人間だからだよ。お願い、目を冷まして」
自分が人間であることの証明、生き残りの仲間を求めて、鼠のヒトデナシは滅ぼされた街を彷徨う。