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ヒトデナシ  作者: 影絵師
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父親に人生を台無しにされた司書が、紙人形の異形に生まれ変わる

2024年の初投稿が2月が終わりそうな頃……しかも皆が期待していないと思う全年齢で……

でもR-18じゃない執筆も良いものですね。どうせ次回にはエチチされるから、初登場の場面はエロ抜きで書きました。



 どれだけ自分の子を理不尽な目にあわせても、“生みの親”という免罪符を考えた奴の顔が見たい。いや、どうせその善人気取りな顔を見たら後悔する。


 私の“父”と名乗る男は、薄汚い紙切れのような男だ。

 物心がつく前から私は何度も泣かされており、成長してからもそいつの暴力と暴言が止まることがなかった。

 美味しくない料理を少し床にこぼしただけで殴られ、少し音を立てただけでも殴られ、時には何もしていなくても「気に食わない」という理由で殴られたこともあった。自分で何度も直している私の服の下には、痣だらけの皮膚が隠れている。

 私にはお母さんがいない。空の酒瓶が散らかっている家には、その男と私しか住んでいない。きっと、男のせいで死んでしまったか、もしくは逃げたかもしれない。幼かった私を置いて……


 私が住んでいる村には既に父の悪評が広まっているが、父の報復を恐れているのか、誰もか咎めるようなことはしてくれず、“父の所有物”とされている私を助ける人も誰一人いない。酒を買いに行かされた時も、私を腫れ物のように声をかけず、ただジロジロと見ていた。酷い時は同い年のクソ共に目をつけられ、絡まれることもあった。

 その時は私も必死に殴り返し、酒を買って家に帰ったら「血塗れで汚い」と父に殴られた。




 そんな日々が続いていたある日、酒を買い出し中の私に一人のお爺さんが話しかけてきた。


「どうしてまだ子供なのに、酒を買ってるのかい?」


 聞いてきたそのお爺さんに「買わないと、家の人に殴られるから」といつものように返すと、お爺さんは驚くと同時に悲しそうな目をした。その目に私は期待しなかった。私に同情してくれる村人は何人かはいたけど、父の拳から救い出そうとはしてくれなかった。このお爺さんもその一人だと思っていた。

 すると、お爺さんは私の手を掴み、「ついてきなさい」と言ってきた。予想外の行動に振り払おうとしたが、父の手と違って柔らかく温かった。

 そのままお爺さんと一緒に歩いていると、村の中で大きい館に着いた。その玄関をお爺さんが開けた瞬間、私は驚きを隠せなかった。

 目に飛び込んだのは本棚。一応、家にも本棚ぐらいはあるが、それに比べて大きく高く、しかも大量に並んでいた。まるで本棚を壁とした迷路のようだった。

 空いた口が塞がらない私に、お爺さんは名乗った。


「私はこの図書館の館長でね、手伝いをしてくれる者を探していたんだ」


 つまり、私はそれに選ばれた。そう理解したけど、納得は出来なかった。そもそも私以外の人もたくさんいるはずだ。


「正直に言うと、君のような子供があんな家で腐っていく未来を想像すると、あんまりいい気分じゃないからね」


 そんな疑問にお爺さんはそう答えた。

 その後、私はお爺さんの元で図書館の手伝いをするようになった。父には手切れ金を渡したらあっさりと認めたと、お爺さんは複雑そうに言っていた。

 兎も角、正直嬉しかった。父の酒を買うことをしなくていいし、理不尽な暴力を受けることもなくて済むからだ。


 図書館の手伝いで本を棚にしまう仕事や、本の整理などで忙しいが、そのぐらいの苦労は別に構わなかった。

 特に遠くの街に馬車で行って、図書館に置く本を集める仕事が楽しかった。普段は見られない景色、食べ物、そして新たな本が私の好奇心を刺激した。

 あのまま父がいる家にいたら、お爺さんの言う通り私は何も知らずに腐っていたかもしれない。 




 図書館に住み込んでから三年ぐらい経ったある日。

 一人で街に行って図書館に置く本を集め終え、帰った私を待っていたのは、変わり果てた図書館だった。大きかった図書館は無くなっており、代わりにあるのは燃え尽きた炭と灰の山。


 焼け残った壁の一部と本棚を呆然と見ていた私は、咄嗟に駆け寄った。留守番をしているお爺さんはまだ図書館にいるはずだ。

 姿が見えないお爺さんの名を叫びながら、瓦礫や炭と化している本棚の下を探った。未だ高熱を帯びている焼け跡に手が触れて火傷しても、その行為を止めなかった。

 長い間、お爺さんを探し続けたが、見つからなかった。けど遺体も見つからなかったことから、お爺さんは無事に逃げることが出来たと期待した時だった。


 空の酒瓶が転がっているのが見えた。

 父が私にいつも買わせた、愛飲しているものだ。




「『俺の娘を返せ。それが出来ねえならもっと金を出せ』と、あのジジイに言ってやったのによぉ。そしたら『お前のような男にあの子を渡せん』と生意気言いやがったから、金になりそうな本を少し頂いて火をつけてやったぜ。ま、あんな価値のねえ老いぼれと紙切れが燃えても損する奴はいねえよ」


 帰りたくない家に行き、ヘラヘラと笑う男から聞き出した直後の記憶はなかった。

 気がついた時は、集めた本の中でも分厚く重い本を手にしたまま、仰向けの父に跨っていた。見たくない父の顔は潰れて赤い血を噴いており、私が握っている本を汚していた。

 違う。私が汚したんだ。お爺さんから「後世に残すべき内容が記されている本を決して粗末にしてはならん」と教えてくれたのに。大事な本を凶器に使うなんて……



 結局こいつの娘なんだ、私は。


――――


「ふーん」


 これまで何かあったかを話していた私に、風変わりな格好の少女が興味なさそうな相槌を打った。

 動物の皮を裏返して縫ったようなフード付きコートを着ており、左右が青と赤の二色の二つ結びをしている謎の少女は、父を分厚い本で撲殺して図書館があった場所に佇んでいた私のもとに突然現れ、「こんな所でどうして黄昏れてるの?」と聞いてきたのだ。

 ……知らない子供に血生臭い話をしてた私もどうかと思うが、彼女の聞く態度に少し不満だった。


「あんたねぇ……そっちが聞きたいってしつこく言うから話したのに、その態度は何なのよ?」

「なにさ。同情してほしかった? それとも本で人殺しをしちゃったお姉ちゃんを恐れてほしかったの? ねえどっち?」

「……それ以上何も言わずにどっか行きなさい。痛い思いをしたくないなら」


 少女の無神経な言葉に怒りが込み上げてくる中、どうにか耐えながら追い払おうとする。だけど、震える私を気にすることなく、少女は近づいてくる。


「ゼノノアさんのお望みの人がせっかく見つけたのに、どっか行くわけないじゃない。ゼノノアさんは本に詳しいお姉ちゃんを求めてきたんだよ」


 少女――ゼノノアの言葉に、思わず顔を向けた。

 これまで都会での大きな図書館に誘われたことは少なくなかったけど、ゼノノアのような子供に誘われたことはない。そもそも図書館を所有しているようには見えない。

 私は驚きながらも黙っていると、ゼノノアは言葉を続けた。


「ゼノノアさんはね、今すぐに図書館を作ろうと思ってるの。自慢になるけど、これでもゼノノアさんは結構物知りだよ。でもね、分からないことがあったり、すぐに思い浮かばないことがあったらね、その図書館を使うつもりなの。それでね、その図書館……の館長に選ばれたのが、お姉ちゃんなんだよ」


 私が……図書館の館長……?

 お爺さんから「いつかは私の代わりに、君が新たな館長になって欲しい」と言われていたし、私自身もそれが夢だった。自称父のせいで叶わなくなったけど。

 ゼノノアの言葉に対して、戸惑いと疑いがないわけではない。それでも自分の図書館を持てることに嬉しく思いながらも、血で本を穢した私にはその資格がないことを自覚していた。そのことをゼノノアに伝えた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。さっきまでの話、聞いてた? 私は図書館で働く資格なんて……」

「図書館でじゃなくて、図書館として働くんだよ。それに資格なんかどうでもいいし、ゼノノアさんはお姉ちゃんに任せたいんだよ」

「“図書館として”って……どういう――」


 そこから先は言えなかった。私の首が何かに貫かれたからだ。長く細く、蠢いているそれは、ゼノノアの手首から伸びていた。袖口で隠れていた彼女の手は、肉と骨が剥き出しになっていた。


「こーゆーこと♪」


 私の貫かれた首から噴いた血で汚れた顔に歪んだ笑みを浮かべるゼノノア。

 こいつの行動とニヤケ面を目にし、放火した父を問い詰めた時と同じ感覚に襲われた。私の中でナニカが切れるような感覚に。

 焼け落ちた柱の一部である角材を手に取り、ゼノノアの頭に振り下ろす。手応えはあった。

 しかし、ゼノノアの笑みは消えなかった。それどころか、ますます口角を上げていた。


「ゼノノアさんの手で作り変えられる瞬間の人間って、ビックリしたり、泣き喚いたり、何の反応を見せない時もあるけど、お姉ちゃんみたいな反撃をしてくるのは珍しいよ。でも、ゼノノアさんには効かないよーだ♪」


 嘲笑ってくるゼノノアのムカつく顔を潰すべく、角材を握る拳を掲げようとした。だが、その腕先の感覚がない事に気づき、目を向けた。

 私の片腕の皮膚が、まるで貼り付いていた紙のように一枚一枚剥がれ落ちていくのが見えた。露わになった骨格も薄っぺらい紙と化した。

 腕だけでなく、体中の表面が紙のように剥がれていき、私の足元にその山が出来ていく。

 両腕が消失し、脚が紙と化して崩れ落ちる私が出来ることは、目の前にいるクソガキを睨むだけだった。


――――


 居場所である図書館を燃やされ、実行した父親を撲殺した司書はこの世から消え、残ったのは司書だった無数の紙切れ。

 彼女を人間としてやめさせた張本人であるゼノノアは身体を揺らしながら、紙切れの山と絨毯を楽しそうに眺めていた。

 すると、無数の紙が虫のように蠢き出し、一つに集まっていく。それらは繋ぎ合って一枚の紙となり、何度も折られて人の形になっていく。


 紙を少ない回数で折ったような四肢。足首から下の部位は存在せず、鋭い角で爪先立ちをしている。それに対して手は比較的に再現されているが、異様に平たく鋭い形をしている。

 胴体は立体的で胸やくびれ、腰回りといった司書の女体を模しているが、極東の折り紙を思わせる異質なものになっている。

 司書の髪型は一枚の紙を折って再現されており、顔に当たる部分には目や鼻、口は存在していない。


 平たい部位はあるが、立体的の生きた紙人形として生まれ変わった司書をゼノノアは嬉しそうに笑った。


「じゃじゃーん。図書館に相応しい本のヒトデナシに、お姉ちゃんは生まれ変わりました。……紙のヒトデナシの方がいいかな?」


 悩んでいるゼノノアに、司書だった神人形は薄っぺらい脚でゆっくりと近づく。その様子を眺めていたゼノノアだが、咄嗟に後ろに跳ぶ。

 彼女が立っていた位置に紙人形が腕を払った。その腕は薄く長い紙になっており、縁が剣のように鋭くなっている。死ぬわけではないが、回避しなければゼノノアは切断されていたのだろう。


「……お姉ちゃんって司書の癖に喧嘩っ早いんだね。ま、これから人間として生きられないお姉ちゃんが図書館としてどうするか、観させてもらうね、ライブラリーちゃん♪」


 そう言い残し、空間に“口”を開けて飛び込むゼノノア。

 彼女を呑み込んだ口が消え、ただ一人、この場に残された神人形――ライブラリーは、図書館があった焼け跡を見渡していた。


 ……図書館としてどうするかですって?

 いいじゃない。臨んだ形じゃないけど、私の図書館を手に入れられた。

 その大切な居場所を、もう誰にも好き勝手にさせないわ。

名前:ライブラリー

性別:女性

人間時:眼鏡をかけた司書

一人称:私

二人称:あんた、あなた

好き:読書、本の収集、折り紙

嫌い:自分の根城である“図書館”を荒らされること、煙草、酒、親子の絆


 ゼノノアの手で作られた紙人形のヒトデナシであり、蟲姫やガーデナーと同格の頂点者。しかし、ゼノノアとは距離を取っており、積極的に人間狩りをしていない(そのため、天使モドキから“離反者”とみなされている)。とはいえ、見ていて不快な悪人や自分の邪魔をする者には容赦しない。

 紙そのもので出来ている身体だが、並の金属より頑丈であり、鎧を切断、あるいは包んで潰すと攻撃は可能。自分の一部である紙切れを飛ばすことで、遠距離の敵にも対応。触れた相手の身体を紙にして破る、折る、捻るといった攻撃も可能。

 生死問わず相手に直接触れて情報(記憶、知識など)を、文章や絵として自身の身体に書き写す能力を持ち、それを本にして図書館に保管している。ただし、ライブラリーが“価値はない”とみなした本は図書館ではない場所に捨てられ、人間がそれを拾ってヒトデナシ狩りに活用している。




※今年中に出そうと思う登場人外

・銀とガラスで出来た人形。ゼノノアとは敵対しており、人間が平和に暮らせている街を管理している。

・全身に銃や大砲が内蔵されている女軍人。ゼノノアとは“友人”として接している。

・身体の至るところに業火を吹く口が生えているドラゴン娘(ケモナー向けではない、すまんな)。異形の竜として作られた。 

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