表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒトデナシ  作者: 影絵師
25/27

殺されて土に埋められた村娘が、アルラウネとして蘇る

pixivでのリクエスト「殺されて土に埋められた結果アルラウネ系とかの植物系の異形になり蘇る」

 とある森を駆ける少女がいた。彼女の名は、スミレ。明るく活発な少女であり、村には友達も多くいた。


 そんな彼女が、今は一人だった。住んでいた村がヒトデナシ――人だった化け物についさっき襲われてしまったからだ。

 慣れない狩猟用のクロスボウを手にし、他の村人達と共に応戦しようとしたが、次々と殺しては同胞に変えていくヒトデナシを前に立ち向かう気力を失っていた。

 スミレは「近くの村に助けを求める」という口実で住んでいた村から逃げ出した。


 彼女は今、一人で森の中を走り続けていた。

 ここまで獣のヒトデナシに一体ずつ襲われていたが、どうにかクロスボウで倒してきた。

 しかし、それも限界が近かった。


(このままじゃ……)


 息切れを起こし、体力の限界を迎えていた。それでも立ち止まらずに走り続けた。もしも立ち止まってヒトデナシに捕まってしまえば、死ぬより残酷な末路が待っていると理解しているからだ。


 その時だった。


 目の前の木々の間から突然、黒い影が出現した。スミレは驚いて急ブレーキをかける。転びそうになるが、どうにか踏ん張り、恐る恐る黒い影を見上げた。

 その正体は、巨大な鹿だった。いや、普通の生き物ですらなかった。

 人間の女体を覆う樹皮の装甲、手足の枝か根を思わせる形の頑丈な爪、頭の上半身を覆う木で出来た鹿の頭蓋骨。


 レーシェンと呼ばれるヒトデナシだ。


 彼女はスミレの姿を確認すると、ゆっくりと近づいてきた。スミレはクロスボウを構えるが、恐怖心から手が震えてしまう。

 どうにか勇気を振り絞り、木で出来ている鹿の頭蓋骨に狙いを定め、引き金を引いた。張られていた弦が矢を飛ばし、頭蓋骨を被っている頭に直進する。これまで遭遇してきたヒトデナシはこうして殺してきた。今回も通用するとスミレは思い込んでいた。


「えっ」


 だが、勢いよく放たれた矢は鹿の頭蓋骨に刺さりもせず弾かれた。宙を舞いながら地面に落ちていく矢を呆然と見つめるスミレだが、迫り始めたレーシェンに気づき慌てて次の矢を装填していく。

 弦を引き直し、すぐさまクロスボウを構えようとした。しかし、もう手遅れだった。


 目の前まで迫っていたレーシェンは大木そのものである腕を振り上げ、スミレに向かって叩きつけてきたのだ。慌てて身を屈めて回避しようと試みたが間に合わず、彼女の小さな体は軽々と吹き飛ばされてしまう。何度も地面の上を転がり、木の幹に背中を打ち付けようやく止まった。

 口の中に広がる血の味を感じ、全身に強い痛みが生じてしまい上手く立ち上がれなくなっていた。初めての重い一撃に悲鳴を上げてしまう。


「うぐぅ……あぁ……」


 レーシェンの攻撃はまだ終わらない。


「や、やめ……て……」

 

 倒れたまま動かなくなったスミレに目掛けて再び振り上げた腕を叩きつけた。鈍い音と共に大地が大きく揺れ動き、土煙が立ち込め始める。衝撃によって巻き起こった風圧により木々が激しくざわめき出した。


 叩きつけた腕を上げると、動く様子がもうないスミレの体があった。口から大量の血液が漏れ出ており、両目からも涙混じりに出血している。圧死した証拠だ。

 彼女がここまで生きられたのは、運良くクロスボウ程度で倒せるヒトデナシと遭遇してきたからだ。レーシェンのようなクロスボウ程度で殺せられないヒトデナシは山程いる。それこそ斧や剣、攻城兵器でも傷つけることが出来ないほど強力な個体もいる。そんな相手ならばどうすることも出来ずに死ぬだろう、今のスミレのように。


 レーシェンは死んでいる彼女に近付き、首を掴んで持ち上げた。目から光が失っており、口はだらんと開けていた。

 そして、もう片方の手で己の角に生えている実を取り、スミレの空いている口に近づける。喉奥まで押し込むと手放し、地面に落ちたスミレの遺体を土で覆い被せていく。

 死体を埋め終わったレーシェンは口角を上げ、その場から去っていった。残されたのは盛り上がった土と、墓標代わりの砕けたクロスボウだった。




 数時間後……


  太陽が完全に沈みきり、夜の闇が支配する森の中では虫の音しか聞こえてこなかった。月明かりすら差し込まない暗闇に包まれている森の中で土の山があった。レーシェンに殺されたスミレが埋まっている場所だ。

 レーシェンがスミレを埋めたのは墓のつもりではない。殺した獲物に自分の種を植え付け、地面に埋めることで同胞を増やしているのだ。

 やがて、体内にある種がスミレの頭から芽を出し、体中に根を伸ばし、彼女の身体を変化させていく。


 肌の色が緑に変色していく。

 頭から生えた芽が蕾に変わり、そして色鮮やかに開花した。胸元にも一回り大きな赤い花が現れる。

 背中、腕に根か蔓のような管が張り巡らした。

 腕先からは枝のようなものが伸び始め、指は鋭い爪が形成されていく。

 そして下半身が崩れていき、その下から花と根が生えてきた。それはまるでスミレの下半身が花に飲み込まれているようだった。


 朝日が登る頃に変化が終わり、土から這い出てきたのは、人ではなく植物――アルラウネとなったスミレの姿であった。

 まだ意識があるのか、彼女は虚ろな目をしたまま立ち上がり周囲を見渡す。自分が何をされたのか理解していない様子だったが、次第に何が起きたのか思い出し始めた。自分は木の鹿に殺されたはずだと。

 スミレは自分の両手を顔の前まで持っていき、確認するように眺める。その光景を見た途端、驚きの声を上げた。


「え? なに、これ……」


 彼女の両腕が緑色に変わっており、その両腕に植物の蔓が絡みついていたのだ。しかもそれは肘から手首にかけてびっしりと生えており、まるで拘束具のようでもあった。

 ふと下半身を見下ろした瞬間、思わず悲鳴を上げてしまう。


「いっ!? いやあああ!!」


 自分の身体の半分が巨大な花に喰われているような光景だったからだ。必死に逃れようと蔓に巻き付かれた両腕を振るうが、下半身の痛みがない事、いや、巨大な花そのものが自分の下半身だと気づいた。

 両腕の動きを止め、ただ見下ろすスミレ。レーシェンに殺されたはずの自分が生きていること、そして今の化け物のような自分の姿に、彼女は自分自身の状態を察してしまった。


「……私、化け物になったの?」


 そう呟いた直後、背後に気配を感じ取ったスミレ。慌てて振り返ると、昨日スミレを殺した木の鹿の頭蓋骨をかぶった女――レーシェンが木陰から出てきた。

 彼女の姿を目にして、スミレの顔色は真っ青に染まっていく。殺されると思った彼女だが、レーシェンは何もせず、ただスミレに近づいていくだけ。逃げようにも根に変化した足が動かない。

 ゆっくりと近づくレーシェンに対して、スミレは震えながら後ずさりをする。しかし、すぐに背中に木がぶつかってしまった。もう逃げることも出来ず、レーシェンに見つめられ、こう言われた。


「アルラウネ……」


 初めて聞く言葉だった。それが今の自分の生物名? スミレは恐怖と不安が入り混じった表情を浮かべるも、何故か受け入れられる。

 それは身体だけでなく、精神も人間ではなくなったからだ。ヒトデナシとして生まれ変わったのだ。

 レーシェンはアルラウネとなったスミレの頬に触れ、優しく撫で始めた。スミレも思わず笑みを返すのだった。

 


 

 森の中を集団で歩く人間達がいた。

 ヒトデナシに襲われた村から運良く逃げ出せた村人達だ。彼らは森の奥深くにある集落を目指していた。そこで助けを求めるためだ。

 しかし、彼らの行く手を阻む者が現れた。同時に何人かの村人達はそのモノに見覚えがあった。


 森に擬態しているかのような緑色の肌、身体中から生えている花と蔓、そして下半身の巨大な花。

 それに対し、人間の女体そのものである上半身、笑みを浮かべる女性の顔は……はぐれてしまった明るい村娘に酷似していた。


「スミレ……?」


 村人の一人がそう呟いた直後だった。

 スミレに似た何か――アルラウネは、踊るかのように身体を揺らした。彼女から生えているいくつかの花から粉末が飛び散り、村人達の方へ飛んでいく。

 飛んでくる粉を見ていた村人達だが、慌てて吸わないように口を塞ぎ始めた。


 しかし、その行為は無意味だった。何故なら…… 口や鼻を押さえても意味もなく、粉末――花粉が肌を伝って体内に入り込むからだ。

 次の瞬間、異変が起きる。身体のあちこちから芽が出始め、皮膚を突き破るように蔓が飛び出してきた。

 それを見て驚く暇すら与えられなかった。蔓が身体中に絡みつき、身体の自由を奪われていく。そして、蔓は瞬く間に全身へと伸びていった。


 あっという間に体内から生えてきた蔓によって拘束されてしまった村人は、苦しそうな声を上げ続ける。蔓から逃れようとするが、その力は強くて振り解けない。

 彼らは人間として死に、様々な植物を模したヒトデナシとして蘇らせられるだろう。

 その過程を楽しそうに見るアルラウネ――スミレのように……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ