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ヒトデナシ  作者: 影絵師
24/27

歌が得意な褐色少女が、アルビノの人魚モドキに生まれ変わる。

あらすじ

「奴隷だけど歌が得意な褐色少女が音楽家のパートナーに選ばれたが、それに嫉妬した令嬢に処刑されかけたところを異形の娘に助けられ、真っ白い人魚のような人外に変えられる」


 黒髪と褐色の肌を持つ少女の故郷は、海に浮かぶ島々に存在する漁村だ。貧しい村ではあるけれど、それなりに平和に暮らしていた。

 それでも、遠い国から来た白い肌の人間に労力として連れ去られてしまうことは日常的だった。

 少女が生まれた前からそうだったのだ。疑問を持たず、疑問を持ってたとしてもどうすることも出来なかった。


 少女は歌が好きだ。祖母から教えてもらった昔からの歌を歌えば、家族はもちろん近所の人達も穏やかな顔で聞いてくれる。しかし、白い肌の人達にうるさそうに手で追い払われて、誰にも気づかれないように悲しむことが多かった。

 ある日のこと。いつものように海辺にある家から出て、村の広場に向かう。そこでは、聞いたことのない楽器の音色が鳴り響いていた。褐色の少女は、その音に惹かれるようにして近づき、演奏者を見上げる。そこには、変わった髪型で裕福な格好をした男――音楽家がいた。彼は褐色の少女に気づくと、知らない楽器――ピアノを弾く手を止めて微笑んだ。


「こんにちは」


 褐色の少女は驚いて一歩後ずさったが、すぐに頭を下げた。


「こ、ここ、こんにちは……」


 褐色の少女が挨拶を返すと、白い肌の男達は驚いた顔をしたが、音楽家は気にせず彼女に話しかけてきた。


「君のことは知ってるよ、歌が上手いんだってね。私の演奏に合わせて歌ってくれないかい?」


 突然の提案に戸惑う褐色の少女だったが、男は有無を言わさずピアノの前に立たせてしまった。

 褐色の少女は仕方なく歌い始める。下手に逃げ出すと何されるか分からないからだ。

 すると、周りの村人達が興味深そうな視線を向けてきた。

 褐色の少女は恥ずかしくなり俯いてしまいそうになるが、白い肌の者達の表情を見て、もっと聴きたいのだと思い、一生懸命歌った。

 白 い肌の者達は褐色の少女が歌いだしてからというもの、目を閉じて静かに聴いている。それはまるで祈りを捧げているかのようだった。

 やがて、演奏が終わると同時に褐色の少女の歌声が止み、拍手が沸き起こった。褐色の少女が慌ててお辞儀をする中、音楽家が頭を優しく撫でてきた。


「ありがとう。君のおかげでいい演奏になったよ。決めた! 君を私のパートナーにしよう!」

 

 突然の音楽家の言葉に、褐色の少女を含むその場にいた者は驚きの反応を見せた。音楽家は褐色の少女の手を取ると、興奮気味に喋りだす。

 彼曰く、自分は世界を旅する音楽家であり、これから世界を巡って様々な音楽を広めに行くのだが、一緒に来てくれる人を探していたとのこと。

 最初は困惑していた褐色の少女だが、今まで感じたことがないほどの喜びを感じていることに気づいてしまう。

 結局、褐色の少女は音楽家と一緒に行くことを決めた。音楽家は嬉しそうな笑みを浮かべると、褐色の少女に彼女の家まで案内してもらった。

 少女が連れ去ることを阻止しようと彼女の家族や近所の人達が音楽家の前に立ちはだかる。

 が、音楽家は力で振るう事なく、頭を下げて褐色少女を連れて行く許可を求めた。奴隷として扱われているような自分達に白人が頭を下げてくるとは、これまで一度もなかった。それ故に、彼らは戸惑い、最終的に褐色の少女を連れて行くことを許可した。

 音楽家と褐色少女は船に乗り、村から離れていった。少女の家族たちに見送られながら。


―――


 船内では白人の音楽家と褐色少女の歌手という組み合わせが話題になっていた。

 褐色少女は彼の所有物であること(音楽家は否定していたが)、少女の歌声が確かな事実に他の乗客や船乗り達は文句を言うことはなかった。一人の女性を除いて……

 その女性はとある貴族の令嬢であり、音楽界では有名な人物だ。歌手として出演した演奏会は必ず成功すると言われてきた彼女は、音楽家に「自分と組まない?」と誘おうとしていた。

 しかし、音楽家には褐色肌の少女が歌手としてついている。貴族である自分と組まず、奴隷である少女を歌手として選んでいることに令嬢は不快だった。



 そこで、自分達の船室で歌う褐色少女に合わせて音楽家が演奏している最中に、こっそりと彼の元を訪れた。


「ねえ、私と組んでくれない?  私なら、そんな子よりずっと上手く歌えるわ」


 その様子を見た褐色少女は悲しそうな表情をするが、仕方ないと受け止めていた。いくら歌が上手くても、演奏会に奴隷を出演させる人なんていない。むしろ、普通はそんな人を雇わないだろう。そう思っていた。

 しかし、音楽家は違ったようだ。


「素晴らしい歌声を持つこの子ではなく、貴族のお嬢様で妥協しろというのかね」

「だ、妥協……!?」


 音楽家の言葉に令嬢は驚きと怒りを顔に出した。褐色の少女も驚いていた。いくら歌が上手くても、黒っぽい肌の自分より貴族のお嬢様を選ぶと思っていたからだ。

 音楽家は言葉を続ける。


「私は私の音楽に相応しい声を探しにあの島まで行った、その声の持ち主はこの子なんだ。確かにこの子は肌が黒い。しかし、私は肌の色等どうでもいい。音楽というのは音色と歌声を評価するものであって、肌で価値が決まるわけじゃない」

「で、ですが……そいつは奴隷ですわ!」

「……確かに我々が意味なく奴隷と扱っている部族の娘だ。が、彼女の歌を聞いた瞬間、奴隷ではなく私の音楽を歌ってくれる歌手として選ぶことにしたんだ」

「ど、奴隷を歌手にするなんて――」


 食い下がろうとする令嬢に向かって、音楽家は強い口調で言った。


「それとも何かね? 君が彼女に勝るのは、貴族という立場と白い肌だからかい?」

「なっ……!!」


 音楽家の男の問いに、令嬢は顔を真っ赤にして黙り込んだ。そして、悔しそうな表情を浮かべてその場から走り去った。

 その様子を見て、少女はぽかんとしていた。まさか自分の声を本当に褒めてくれる人が居るとは思わなかったのだ。

 そんな事実に感動しながらも、褐色の少女は音楽家に感謝した。


「あの……私なんかを庇ってくれてありがとうございます」

「自分を“なんか”と呼ぶんじゃない。君を誇りに思えるのは、君自身だ」


 音楽家の言葉に少女は嬉しく思いながらも、恐る恐る尋ねてみた。


「……私を優しくしてくれるのは、あなたの音楽に合わせて歌えるからですか? もしも歌えなかったら、私なんかどうでも良かったんですか?」

「いや、それは違うよ。たとえどんな見た目だろうと、君は素晴らしい声を持っている。私が求める条件を満たしているんだ」


 ここまで自分を肯定してくれる音楽家に、褐色の少女は驚きで何も言えなかった。わかるのは明るい気分でいられることだけだ。


「それにしても『もしも君の歌が私の音楽に相応しくなかったら』、か……考えたことなかったな。だが、そんな下らんことを考えてる暇があったら、歌の練習でもしようじゃないか」


 そう言って、音楽家の男は次の曲の準備を始める。少女も暗い気持ちを振り払い、彼が演奏するピアノに合わせて歌声を上げるのだった。


―――


 甲板で船乗り達に歌を披露し、称賛をもらった褐色の少女は明るい気持ちで自分の部屋に戻った時だった。

 机の上に美味しそうなケーキが置かれており、一緒にある紙には「お食べ。未来の歌姫様」と書かれていた。音楽家が用意してくれたものだと少女は思い、ひと口食べてみた。甘くて美味しい……

 その直後、喉に強烈な痛みが走った。まるで焼けるような感覚だった。あまりの痛さに床に転げまわったあと、少女は気を失ってしまった。


 目が覚めたのは、音楽家が必死に呼びかける声が聞こえたからだ。


「良かった……君の部屋に置いてあったケーキだが、あれは私が置いたのではない。しかも刺激物が多めに含まれていたようだ」

「え……」

「誰かが君の部屋に忍び込んで置いていったんだろう……本当に申し訳ないことした。まあ、あんなことをするような奴は誰なのかすぐにわかったよ」


 音楽家の言葉を聞いて、褐色の少女は嫌な予感を覚えた。

 誰がこんなことをしたのか、何となく察してしまったからだ。あの令嬢に嫌われているのは仕方ないけど、まさか毒殺してくるなんて……

 険しい顔になった音楽家は部屋を出る前に褐色の少女に言った。


「君の歌声を奪おうとした者を問い詰めてくる。君はここで休んでいなさい、喉が痛んでいるかもしれないから」


 それを聞いた少女は必死に彼を引き止めようとした。もう二度と会えない気がしたからだ。だけど、喉の激痛のせいで喋れなかった。

 引き止めることも出来ず、音楽家はそのまま船室から出ていってしまった。




 ……それから数時間後、なかなか戻ってこない音楽家を心配していた時だった。部屋の扉が開かれ、そこから現れたのは……船員達を引き連れた令嬢だ。船員達の手には鎖が握られて、ジャラジャラと音を立てていた。

 彼女はベッドに寝ていた褐色の少女を指差し、怒りの形相で怒鳴りつけた。


「素晴らしい演奏が出来る彼を殺したのは……こいつよ!」


 少女は思わず耳を疑った。

 この船にいる『素晴らしい演奏が出来る男』は奴隷である自分に優しくしてくれた音楽家しかいない。でも、その人が殺された? なんで?


「この子が彼の音楽を台無しにしたのよ! 罰として海に放り投げなさい!」


 令嬢の命令に、船員達は怒り狂って褐色の少女を押さえつけようとする。

 少女は悲鳴を上げながら逃げようとするも、数の暴力によって押さえつけられてしまい、鎖を巻きつけて身動きを取れなくされた。


 褐色の少女は察した。

 毒入りケーキを差し出した事を音楽家に問い詰められた令嬢が彼を殺し、その濡れ衣を自分に着せてきたことを。

 訴えようにも、喉がやられて声が出せない。出せたとしても奴隷の声を聞いてくれる人はこの船にいるの?


 少女は涙目で助けを求めたが、誰も聞いてくれず、そのまま海に投げ捨てられてしまった。海面に叩きつけられる前に見た光景は、こちらを嘲笑う令嬢だった。


 褐色の身体に巻き付いている鎖の重りで海中に沈んでいく中、褐色の少女は肌の違いで優劣を決める人間を呪った。

 自由を、歌声を、大好きな音楽家さんを奪い、そして、自分を殺そうとした白い肌の人達を心の底から憎んだ。

 褐色の少女は負の感情を抱いたまま、海の藻屑となって消えていくはずだった。


 そんな彼女にナニカが近づいてくる。魚でもなく、鮫でもない。風変わりな格好の子供が海底を歩いて、沈んだ少女に近づいていた。


―――


 月明かりが照らす小島で、全身が海水に濡れた褐色の少女が目を覚ました。自分に巻き付いていたはずの鎖が無くなっており、体を起こそうとするが、沈められていたせいか体に力が入らない。

 そばに誰かがいることに気づき、どうにか顔を向けた。

 動物の皮を裏返したような肉々しいフード付きのコート。そのフードから出ている青と赤の二色のおさげ。そんな風変わりな衣装を纏った女の子が少女を見下ろしていた。


「大丈夫?」


 そう問いかける少女を見て、褐色の少女は思い出す。

 自分はあの船から令嬢達の手で海に投げ落とされ、溺れ死んだはずなのに、どうして助かったのだろう。もしかして、目の前に立っている少女が助けてくれたのだろうか。

 褐色の少女から周囲の海に視線を移した少女は見渡しながら呟いた。


「体中を鎖で巻きつけられた挙げ句、海の底に沈められたんだね。可愛そうに」

「魚さん、カニさん、クラゲさんは様々な色をしてるのに仲良しだね。肌の色で奴隷にされたり支配したりする人間とは大違い」

「人間をやめてみる? 肌の色にケチをつける者を容易く消せるよ」


 真っ暗な海上を見渡した後、自分を見下ろしてきた謎の少女に、褐色の少女は驚愕する。

 何故か自分の境遇を知っていて同情しているのかと思ったら、人殺しの提案までしてきたのだ。しかも、淡々とした口調なので冗談ではなく本気で言っているのだとわかる。

 もしも音楽家が生きていてこの場にいたら、謎の娘の誘いに褐色の少女が乗るのを阻止しただろう。

 しかし、音楽家はこの世にいない。自分の歌に嫉妬した令嬢の手で処刑されかけた褐色の娘は、謎の娘――異形の少女に頷いた。


「本当に? 後悔しない?」

 

 再度頷く。その返答に異形の少女は口角を上げ、片手を胸の前で掲げた。その袖口から細長い管が何本も伸びてくる。


「わかった……それじゃあ、人間の殻から出ようね♪」


 褐色の少女の歌声が出せなくなった喉に手を当てると、細い管が皮膚を突き破って入ってきて、彼女の体内を弄っていく。 激痛に悶える褐色の少女だったが、身体を変えられる不快感と、感じてはいけない快感に同時に襲われる。

 黒かった髪が真っ白になっていき、瞳は血の如く赤くなる。

 身体は色だけでなく、形までも変化していく。


 褐色の肌を白い鱗が突き破り、全身を覆い尽くす。脇腹に何対かの切れ目――鰓が形成された。

 下半身が崩れ溶けていき、その中から巨大な尾ビレが現れ、背中にはイソギンチャクのような花状の触手が生え伸びた。

 両腕は甲殻に覆われたヒレに変化していくが、数本の指が残されていた。その先端には尖った爪が伸びており、ヒレの縁も人体を切断出来そうな切れ味だ。

 人間の歯がボロボロと口から抜け落ち、鮫の鋭い歯が代わりに生え揃う。耳があった場所にはヒレのような聴覚器官が生えてきた。

 褐色の少女の面影が残るのは目元だけになり、それ以外は完全に白い人魚……というより人間の要素が少ない魚の異形になってしまった。


 変異が終わった頃、彼女の体内から管を引き抜いた異形の少女が手を離すと、褐色の少女だったアルビノの人魚は荒い息を吐きながら自分の体を見た。両手だったヒレを目にしても、彼女は驚く様子を見せない。それどころが赤い目を細め、サメのような口の端を上げて笑みを浮かべるのだった。

 思わず声を出して笑うアルビノの人魚。しかし口から出たのは楽器のような音色の鳴き声だ。それを気にすることなく、アルビノの人魚は歌い始める。

 それは音楽家が褒めてくれたかつての美しい歌声ではない。喉に楽器を組み込まれたかのような演奏が周囲に鳴り響く。アルビノの人魚は嬉しくなってその場で尾びれを大きく振った。

 人間をやめてしまったにも関わらず、嬉しそうな様子を見せるアルビノ人魚に異形の少女は手を振って別れを告げた。


「素晴らしい歌をありがとう。いや、演奏だっけ? まあ、その姿で好きなように歌ってもいいよ」


 彼女は空間に“口”を発生させるとその中に入り込み、その口が閉じていって姿を消していった。

 残されたアルビノ人魚はまた楽しげに歌うと、そのまま海の中に飛び込んで消えていくのであった。


―――


 港の近くの海岸に大破した船が漂流した。船の中は酷く荒らされており、ボロボロなドレスを着た令嬢が発見された。令嬢は泡を吹いており、とても正気とは思えない状態だった。

 令嬢の証言によると、海に棲む白い怪物の歌を聞いた瞬間、船乗り達が自ら入水自殺をし、魚のような歪な生き物に変えられた。そして、令嬢自身も海に引き摺り込まれそうになったが、奇跡的に助かったのだという。彼女の言い方だと『自分はあえて生かされた』らしいが……

 後日、海に関する噂が広まった。

 あの海域では時折、奇妙な歌声が聞こえることがあるそうだ。その歌声を聞くと、人は狂ってしまい、理性を失ってしまい、最後は海の生物にされてしまう。そんな噂だ。


 それから長い年月が経ち、白い怪物の正体は、地上を蔓延る元人間の異形――ヒトデナシの一つと明らかになるのだった。

名称:人魚の歌姫

性別:女

人間時:10代前半の褐色少女

異形姿:様々な海洋生物をかけ合わせたような白い人魚モドキ

好き:歌うこと

嫌い:肌が白い人間

 

 元々は褐色の少女だったが、彼女の歌声に感心した音楽家に歌手として誘われる。しかし、自分を選ばなかったことに逆恨みした令嬢に音楽家が殺され、自分も濡れ衣を着せられて処刑される。異形の少女に助けられ、人魚モドキとして生きていくことになる。

  口から出る楽器のような音色で歌を歌う。その歌声はとても美しく、聴く者の心を魅了する。ただし、その歌声には人を狂気に陥れ、異形に変える作用がある。声は発せられないが、ヒトデナシ同士なら意思疎通できる。

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