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ヒトデナシ  作者: 影絵師
21/27

悪人な叔父と異形の姪

 渋いおっさんと少女……Good

 人外と人間……Good

 悪人な渋いおっさんと異形の娘(?)……今回の内容です。

 とある街道で流血沙汰が起こっていた。


「お、お願いだ……どうか見逃してくれ……」

「見逃してくれ? そうやって命乞いしてきた同胞を殺してきただろ」


 腰が抜けて後ずさりしながら懇願する悪党を、薪割りに使う手斧を持った無精髭の軽い男が見下していた。

 無精髭の男の足元には人間の死体が何人が転がっており、彼が手にしている血まみれの手斧で殺されていた。殺害者である男は、持っている手斧を指で回転しながら悪党に近づく。


「あんたらの噂は聞いてんだ。人間だった化け物から逃げてきた人を襲って、略奪を働いてるってさ。そんな奴らが許されると思ってんのか?」

「い、生きるために必要なことだ! お前だって、こんなご時世にまともな生き方が出来るわけないだろ!」

「まともな生き方ねぇ……」


 男がそう呟いた直後に悪党に近寄る、手斧を強く握り締めながら。

 それを見た悪党が必死に命乞いを続ける。


「お、俺が死んで化け物になったらどうする!? お前なんかを殺しに行くぞ!」

「その心配はないさ。何故ならあんたは……」


 化

 け

 物

 の

 胃

 袋

 に

 入

 る

 の

 さ




「今回は大漁だったな。物資も十分手に入れたし、あの子の“食料”もたっくさんだ」


 手斧を腰のホルスターに収め、パンパンに詰まった袋が固定されている背負子を背負いながら歩く男。彼が背負う袋の底が赤黒く染みていた。

 彼は今、薄暗い林の中を歩いていた。木陰から単なる動物とは思えない視線を向けられているが、何故か襲われる様子がない男はのんきに鼻歌しながら歩き続けていた。

 しばらくすると、男の視界に小さな家が映った。我が家を見つけた男は足を速めて帰宅していく。

 玄関までたどり着くと、そのドアノブに手をかけて扉を開けた。


「ただいま!」

「あ、おかえり。今日は何を見つけた?」


 男の挨拶に、家の中にいた少女が挨拶を返し、裸足で駆け寄る。

 そばまで寄った彼女の頭を優しく撫でた男は、背負っていた背負子を床に置いた。


「ああ。今回は色々と見つけたぞ、まずは君が食べれる肉と――」


 男の言葉を聞き、彼が背負っていた赤黒い染みがある袋を目にした少女は苦笑いを浮かべる。彼女は男に謝った。


「ごめんなさい……私のせいで、おじさんが人殺しになって……」

「俺は人の姿をした“害獣”を狩っているだけだ。こんな世界でも真面目に生きようとしてる者達を狙うクズ共がムカつくから殺してんだ」

「でも……人を殺したら駄目って、お父さんが……」


 人殺しを躊躇わない男と違って、人を殺すことを否定する少女。


 そんな彼女の姿は、異形そのものだった。

 黒い長髪、褐色の顔は人間の頃と変わらない。褐色の右腕と右足も普通の人間と同じだ。

 しかし、彼女の左腕は大きく違った。子供の右腕と比べて左腕は大人と同じ大きさであり、褐色の肌ではなく水色の鱗か甲殻に覆われているような歪な形をしていた。




 男が姪である少女と一緒に過ごすようになったのは半年前である。

 兄貴の家族が住んでいる街が異形に襲われた事を聞いた男は、彼らを助けるためにすぐさまその街に向かった。

 しかし、燃え上がる街へ向かう道で兄の家族達と望まぬ形で再会した。

 兄と、その妻は全身に傷を負っており、道の真ん中で死んでいた。彼らの娘である少女がそばで泣き続けていた。それを見た男は涙は流さなかったものの、深い喪失感を覚えた。

 しばらくその場に立ち尽くしていたが、異形に襲われる前に少女を自分が暮らしている村の家に連れてきた。兄夫婦の死体はボロボロで異形になるとは思わなかったが、せめて二人の墓を建てたかった。

 両親を失った姪を立ち直らせる、当初はそういった目標で同居生活をするはずだった。

 


 二人で暮らし始めてから数週間経った頃の事だ。

 少女が男に痒みを訴え、自分の左手の甲を見せた。そこには水色の鱗のような何かが刺さっていた。

 男は少女を連れて村の医者に向かった。そこで男はある事実を突きつけられた。


 医者の診断によると、少女の手の甲に鱗が刺さったわけじゃない。褐色の肌を突き破って水色の鱗が生えたのだ。

 それは少女が異形化しているという意味だ。

 男は「この子は殺されていなかった」と説明するも、医者から「死んだ者が異形化するのは常識だが、中には生前の姿をしばらく保ち続ける例外が存在する」と返されてしまった。


 つまり、死んだ両親である兄夫婦のそばで泣いている所を男が見つけた時、少女はもう死んでいたということだ。


 医者は「この子を人間と見なしているのであれば、怪物としての命を絶たせた方がいい」と告げ、男に判断を任せた。


 その夜、男と少女は村から出ていった。そこから離れた林の中にあった廃家に住み着き、二人だけの同居生活を再開したのだ。

 男は姪を人として死なせず、姪の異形化を治そうとせず、ただ共に暮らし続けるだけだった。

 普通の食べ物を拒食するようになった姪のために、悪党を狩って人肉を集め……

 異形化が進んだ姪を守るために、他の異形や狩人を殺し続け……


 それを繰り返しているうちに、同居生活を始めてから一年間経った。




「どうしておじさんは……こんな私を生かし続けるの?」


 林の中の家の近くで、自分に背を向けながら煙草を吸っている男に少女は……少女だったモノは尋ねた。


 彼女の異形化が左腕に留まらず、全身に進行していた。

 子供だった右腕は左腕と同じように水色の外骨格に覆われて歪な形に変化していた。

 女体の華奢な鎧を身に着けているように見えるが、甲殻で出来ている身体そのもの。

 動物を模したような無機質な脚。腰から伸びている鋭い尾。

 人間時と変わらぬ黒髪、一対の角が生えている目のない仮面の顔。

 どう呼べばいいか分からない存在に、姪である少女は変わり果てていた。

 

「そうだな……」


 異形化した姪に尋ねられた男は煙草を一服し、振り向かずに答えてみた。


「俺は異形の姿が大好きな悪人だからかな」


 そう返した男の背中を、異形の姪は見ているだけだった。

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