鳥の異形に変えられた男が、人間狩りの楽しさを覚える。
Pixivでのリクエスト「ガルーダと呼ばれる鳥人に襲われた男性が命乞いをすると同種化して仲間になるか死ぬか言われ同種化を選択してガルーダとなる。今までにない翼はすぐに動かせず数日の間はヒナの様に育てられ、飛べるようになると狩りに連れていかれ元仲間の人間を捕まえて殺す様言われ躊躇しながらも殺してしまうが罪悪感が現れずむしろ楽しいという感情が現れてしまい自我を保ちながら心はガルーダへと変わっていく男性の話」
ざっくり内容
・上記のまま
・今回は難しかったです。
「さあて、どうしてやろうかねぇ……」
岩山のどこかで、人の形をした鷲――鳥人の雌が足の鉤爪で人間の男を踏んでいた。背中の翼を伸ばし、手に持った人間の生肉を嘴で食いちぎっては男を怖がらせた。
ガルーダ――とある異国の神話に登場する鷲であり、それとの共通点があった鷲の鳥人の通称でもある。両手が翼のハーピーとは異なり、羽毛に覆われた人間の背に翼を生やした体をしている。
ガルーダに踏まれて身動きを取れない男は、防壁で閉ざされた街で高く売れる物を探しに岩山へ訪れた者であり、「何でもいいから高く売って、楽に生きよう」と考えていた彼は異形に殺されるかもしれない恐怖で震えていた。
元人間の異形とは話が通じないことを理解しているが、迫る死を拒絶したい男はこう言った。
「た、頼む……死にたくない……」
「死にたくない? それをアタシが聞き入れるとでも?」
「あ、あなたの言うことを……何でも聞きます……」
生肉である人間の腕を食べているガルーダは男の言葉を聞き、しばらく考えてこう提案した。
「そうねぇ……アタシに楽に殺され、アタシと同じ怪物になってもらおうかね……」
「そ、そんな……俺は死にたく――」
「それとも……あんたの指を手足全部、一本一本引きちぎり……腹を切り裂いてモツを抜き出し……目ン玉をゆっくりと引っ張り抜いてから殺そうか?」
ガルーダが提案した恐ろしい選択肢に男は恐怖と驚愕した。怪物に殺されて怪物になるか、死ぬ前に拷問されるか……
涙と鼻水を垂らしながら男は答えた。
「怪物になります……だから、楽に――」
全て言い切る前に背中に鉤爪が刺さり、男は絶命した。殺した張本人のガルーダは彼の遺体を両足の鉤爪で掴み、どこかへ運びに飛びだった。
岩山の洞窟の中、羽毛と無数の骨が散らかっている地面に男の遺体があった。離れた場所でガルーダがそれを見続けていた。
突然、遺体が激しく震え始め、死んだはずの男が悲鳴を上げた。
全身の皮に無数の羽根が生えだし、腰から長い尾羽が伸びた。
四肢の先端が鱗に覆われ、指先が鉤爪に変化した。
唇が硬い嘴に変化し、背中から翼が生えた。
遺体の痙攣が収まり、悲鳴が小さくなった瞬間、蘇生した男はガルーダに変化してしまった。自分の鉤爪の両手に驚いている男に、雌ガルーダが笑顔を浮かべてゆっくりと近寄る。
「なかなかの体つきをしてるじゃないか。あんた、その翼で空を飛べるかい?」
「む、無理です……こんな身体で空を飛んだことなんて……」
「誰だって最初は『無理だー』とほざくよ。動物っていうのはね、本能で学んでいくようなもんだ。しばらくあんたはここでアタシの狩りを待ってるがいいさ」
雌ガルーダはそう言い、洞窟の出入り口に向かった。それを見届け、しばらくしてから「今のうちに逃げ出せるかも」と考えた男――ガルーダは雌ガルーダがすぐ戻ってこないことを祈りながら、出入り口へ走った。そして外の光景を見てすぐに立ち止まった。
自分がいる洞窟の出入り口は崖に存在しており、一歩外に踏み出せば真っ逆さまだ。あまりの高所に恐怖を感じたガルーダは逃げ出すことを諦めるしかなかった。
男がガルーダに変化してから3日経った日のことだった。
「ほら、お食べ」
洞窟で留守番していたガルーダの前に、狩りから帰った雌ガルーダが生肉を放り投げた。人間の腕や足といった原形を留めている生肉を片手で掴み、嘴に運ぶガルーダ。雌ガルーダはそれを見て、おかしそうに笑う。
「あんた、変わったねえ。最初は肉を見ただけでゲーゲーと吐き出した癖に。まあ、寝床が汚されるよりはマシだけどねえ」
「俺は……生きるために食っているんだ。お前とは違う」
「『自分は肉を食うが、家畜を屠殺する奴とは違う』と言いたいのかい? ふん、明日からはあんたの飯を取りに行かんよ。今のあんたなら飛べるだろうし、自分で狩りをしな」
そう睨みながら人肉を食べ始める雌ガルーダ。人間だったガルーダはそれを見て、頭の中で自分と雌ガルーダは全く異なると思い込む。
俺は被害者だ。鳥の化け物に脅され、怪物として蘇られた人間なんだ。こんな美味い肉なんか……
……今俺は、人間の肉を、“美味い”と思ったのか?
翌日、二羽のガルーダが岩山の上空を飛んでいた。飛び慣れている雌ガルーダと違い、初めて飛んだガルーダは左右交互に傾き続けていた。それでも落下せずに飛んでいる彼に雌ガルーダが褒めた。
「上手く飛べているじゃないか。そうそう、そうやって翼を動かして――」
「分かったから早く狩場へ案内してくれ」
「そう急かすんじゃないよ。人間に見つかったらどうするんだい」
俺は好きで人間を殺すんじゃない。生きるためだけにこれから初めて殺すんだ。こいつみたいに楽しそうに殺すのは絶対にしない……
頭の中で何度も考えるガルーダ。前を飛び進んでいた雌ガルーダが空中で止まり、自分もその場で羽ばたき続けた。
「ほら、あの人間共だよ」
そう教える雌ガルーダの視線を追う。
それは知っている顔の人間達だった。ガルーダが人間だった頃、怪物に滅ぼされた村や街に忍び込んでは貴重品を集めて高く売る仕事での仲間だ。
長い付き合いの連中が俺の獲物……
襲おうと急降下せず、その場を飛び続けるガルーダ。それを見ていた雌ガルーダが不機嫌そうに急かした。
「さあ、あいつらがあんたの初めての獲物だよ! さっさとお行き!」
それでも行動を起こさないガルーダに残酷な言葉を吐いた。
「なんなら……今からあんたを引き裂いてやろうか? 指を全部一本一本と――」
怪物になるか、拷問死するか……最悪な選択肢を迫られた人間時の記憶が頭に浮かんだガルーダは、気がつけば人間の仲間達にめがけて猛スピードで急降下していた。
こちらに気づいた仲間達が悲鳴を上げて逃げようとしているが、彼らとガルーダの間が狭まるばかりだ。地面すれすれで飛んでいるガルーダの腕が仲間に届く距離になったところで……
その時の記憶は思い出せない。
気がついた時は、真っ赤に染まった両手の鉤爪で人肉を掴み、嘴に運んでいたところだ。足元には仲間だと思われる人骨が転がっていた。嘴に運んだ生肉には、仲間の歪んた顔が含まれていたのが覚えている。
人間だった頃の仲間を食ったこと、口内に広がる血肉の味、罪悪感は……
生まれなかった。
むしろ、楽しかった。無意味に逃げたあいつらを追い詰める時、命乞いをする奴らの肉を食いちぎった時……最高だ。怪物として人間を狩り続けるのは楽しくて楽しくてやめられない。
選択肢を迫られた時、俺は正しい方を選べたことを誇りに思う。人間なんかと比べ物にならない素晴らしい存在になれたのだ。
確かに怪物は恐ろしい存在だ。しかし、時には人間や、人間の知能を保てた怪物の方が恐ろしくなる。