蟲姫様のお話
……R-18(IF)に登場したキャラの健全(?)な話を書くって複雑だな。
これは、異形病と獣化病、それらによって変えられた元人間の怪物がおとぎ話の中にしかいなかった時代の話である。
「それでは……来月分の報酬はこれ程でよろしいでしょうか?」
「……駄目です、安すぎます」
応接間のテーブルを挟んで座り合い、交渉している二人。一人は豪華な家具などが並べられている部屋に似合わない庶民的な男、もう一人は身なりの良さそうな糸目の女性だ。その側には年老いた執事が立っていた。
館の主である女性は、蜂蜜と花が名産品であるこの地域の領主であり、彼女が与えた土地で働く養蜂家や花畑の持ち主から農産品を税として受け取り、それらを他の地域や首都などに売るのが主な仕事だ。無論、この他にも設備や防衛の支持など様々な仕事はあるが、ざっくり説明するとしたら“農民からもらった農作物を売る仕事”だ。
女領主は農民や労働者に出す報酬の交渉を農民の代表者としているところだ。
「しかし、先月と今月と比べてみますと、来月分のも変わりはないと思いますが」
「確かにおっしゃる通りです。しかし、最近我々の家庭も苦しくなってきており、このままで食べていけれません。どうか、報酬を増やしてください」
頭を下げる代表者に女領主はしばらく見つめる。すると、老執事が「お言葉ですが……」と彼女に囁き、聞いていた女領主は代表者に首を横に振った。
「申し訳ございませんが、来月分の報酬はこれで決まりです」
「し、しかし……我々の暮らしが……」
「それに関しては私が必ず解決します。今日はどうか、お引取りください」
食い下がろうとする代表者だが、女領主の考えが変わらないと察し、不満を浮かべて館から去っていく。
応接間に残された女領主と老執事。女領主が執事に尋ねた。
「先程のは確かですか?」
「はい。調査の結果、あの方を含む農民達の暮らしは豊かとは言えませぬが、報酬を変えずとも数ヶ月は餓死の心配はございません。各家庭にも大きな問題は見られません」
「では……彼は嘘をついて報酬を値上げしようと?」
「お辛いでしょうが、そうとしか言えません。近年は領主より農民が重要視される傾向があるため、今の報酬では不満でしょう」
そう聞いて女領主は頭を悩ませる。
はっきり言って、彼女は人の上に立つのが好きではなかった。自分が言ったことに全ての人々が聞いてくれるわけでもなく、だからといって脅しで従わせるのは論外だ。自分のことは自分でやるべきだと考えるそんな彼女が領主になれたのは、亡き夫の地位を引き継いだからだ。今まで様々な困難があったが、信頼できる執事や使用人、愛する二人の子供たちがいたからうまくやれた。
これからも助け合ってやれるだろうと思っていた。
交渉を終えてから数日後。首都での新たな取引先と話し合うため、館に寂しがり屋の子供たちと使用人を残して老執事と共に外出した。
首都での仕事のついでに子供達へのお土産を買おうと考えた。一つは娘が好きそうな新しいお人形、もう一つは息子が喜びそうな虫の標本。娘と息子にプレゼントする度、喜んで大事にしてくれる。今回も喜んでくれると嬉しいわ。
ふと耳に噂話が入る。「空を超えた高い場所にある石が、どこかの地に落ちた。その中から見たことのない世界が広がっていく」と。今度の子供達へのお話に使えそうだ。
「お、奥様……! 農民共が館に火をつけやがったんです! まだ中にはお坊ちゃまとお嬢さんが……! あいつら、金を独り占めにした天罰だと言いやがって!」
首都から帰った女領主を待っていたのは、帰る家だった焼け焦げた館と怪我をした使用人だった。子供達は……火が収まった館の中で黒くなって動かなかったの見つかった。
女領主達が首都に向かった直後、領主の下であることに不満を爆発させた農民達が館に放火した。「天罰だ」「俺たちを見下した罰だ、神は許してくれる!」とほざく暴徒と化した農民を止めようとして返り討ちにされた使用人の言葉にただ聞いているだけの女領主。
使用人を手当するために老執事が病院に連れていき、その場に残って焼け尽くされた館、二人の小さな焼死体を放心で見ていた女領主は突然叫びだした。
「返して! 私の子供たちを返して! お金を多く持ってただけで!? 幸せな暮らしをしただけで!? こんなのことが出来る人間共……そいつらに都合よく利用される神なんて必要ない!」
「可愛そうに……」
知らぬ声に振り向くと、ピングのフードを深く被った女が近づいている。その姿は普通の人のように服を着ているのではなく、生々しい肉体の一部のように見える。 “それ”は言葉を続ける。
「だったら人間をやめる? 神なんかに利用したりされたりせず、醜い人間を簡単に殺せる力を得られるよ」
その言葉に何もかも失った女領主は無意識に頷いた。次の瞬間、フードの女から伸びた肉々しい触手に腹を貫かれた女領主は口から血を吐き出して命を散った。彼女を殺したフードの女は軽そうに謝る。
「痛かった? ごめんなさいね、この星の生物の扱いはなれてなくって。でも、新しいあなたに変えてあげるから許してね」
言葉通り、死んだ女領主の体を無数に分裂した触手で変異させていく。
見開いた目の上に切れ込みを作り、新たな一対の目を発生させる。苦痛に歪んだ口の両端を無機質に裂かせていき、牙を生やす。頭の両側に複眼を植え込み、髪に混じる形で一対の触角を伸ばす。
服を破られて露わになった身体も紫色の外骨格に覆われていき、関節部分が白い毛に覆われた、胸元が盛り上がった球体関節人形のような鎧の体と化する。背中から二対の鋭い脚、腰からは外骨格に覆われた先端が尖った尾を生やしていく。
複数の虫を合わせた人外に成り果てた女領主が体を起こし、自分の姿を見つめる。己の身体に驚きも嫌悪感を見せない彼女に肉々しい女が声を掛ける。
「おはよう、新しい命♪ 私に従わなくてもいいから、自分らしく生きてね、蟲姫様」
そう言って肉の膜で出来た羽を生やし、飛び去っていった。その場に残された女領主――蟲姫は裂けた口の端をゆっくりと上げ、どこかに歩き去る。かつての家と家族を残して。
数日後、女領主と交渉していた農民の代表者が変死体で見つかった。異様に頑丈な蜘蛛の糸に体を縛られ、全身に蜜を塗られた彼に無数の虫が集っていた。
それから数十年後に大発生する人間の異形化、人外化。その原因の一つが蟲姫と呼ばれる怪物だ。




