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括線上のアイムナンバーワン  作者: 相葉俊貴
第一章 凶
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→◎「ワールドエンド」◎←

 竜崎には特殊能力がある。それは他者が〝特殊能力〟と評価するだけで、竜崎にとってはそれほど特別なことではない。

 竜崎はこれまで《直感》を外したことがない。竜崎が「こうなる」と感じたことは必ずそうなる。何もかも「こうなる」と感じるわけではなく、「こうなる」と感じるために必要な材料が揃った時、竜崎は必中の直感を宿す。

 簡潔に言うならば、竜崎は理論や理屈を飛び越えて帰結を得ることができるということ。直感を得て、やはりそうなった後で冷静に論理を深化させると、直感を得るまでのプロセスに思い至る。

 言い換えると、竜崎のそれの本質は直感ではなく〝推論〟で、その推論が言語性を伴わないうちから確度だけを上昇させていく能力(ちから)

 原理が〝推論〟であっても、周囲からは、竜崎が特殊能力を持っているように映る。

 竜崎が直感のことに気がついたのは十五歳の時だった。街行くOLらしい女性を見て「あ、この人怪我をする」と感じた。竜崎はその女性から目を離すことができず、何故自分がそう感じたのかも分からずに竜崎自身、混迷した。

 ふとその女性の体がガクンと崩れおちた。どうやらヒールが故障して転倒したらしく、女性の膝から血が滴っていた。

 己に宿った直感は、女性のヒールの崩壊時期を見越した推察の結果だったと思い知る。竜崎に宿りし必中の直感は、詰まる所、人間離れした程の広域俯瞰的な観察力と、細部を穿つ推察力によるものである。特殊能力と呼んで差し支えないのかもしれない。

 竜崎は天涯孤独の身で、竜崎はある意味で身軽だった。そして竜崎が必中の直感を得たのは、この竜崎の来歴に強く起因する。

 竜崎は、時に自衛官だった。時にフランス外人部隊だった。時に当てもなく世界を流浪した。そうして自らを苛烈な人生に落とし込んでいく中で、白兵、射撃に特化した高度な陸戦の戦闘能力を体得、さらにスラングを多分に含んだ言語能力を得た。そして必中の直感は更にその練度を上げた。人生経験が多くなるほど、気候、政治背景、人間心理などの理解が深化されていき、直感が働く場面は多岐に渡るようになった。

 その一方で、必中の直感は映像や写真媒体を通して対象を観察する場合、途端に直感に至る確率が低下する。竜崎は、それを現場で得られる情報のウェイトが大きいということだと結論づけている。写真に写らないが、存在する情報はたくさんある。匂いや風、視線、関わる者の感情……例を挙げ始めれば、枚挙に暇がない。

 だから今回の事案では、最重要な〝鍵〟の選定において、その候補に挙がった《中山陽一》を、竜崎は自らの眼で確認することにした。

 陽一の顔を視認した時、直感が降りた。

(――間違いなくこいつだ。こいつが〝鍵〟だ)

 竜崎は陽一に接触するタイミングを計るため、一日中陽一の行動を観察した。その日の陽一の行動は荒唐無稽だった。出勤したかと思えば、一時間もしないうちに陽一の勤め先から出てきた。深い溜息を吐いたかと思うと、近隣の神社に立ち寄り、いきなり御神籤(おみくじ)を引きだした。

 竜崎は部下に命じて、陽一に何があったかを探らせた。こういう時には姫島(ひめじま)が役に立つ。まず若い女性というのもあるが、他人をいたずらに警戒させない人柄を活かした高い情報探索能力を有している。一通りの対人格闘訓練を受けているため、素人の成人男性ぐらいならば容易に地に伏せさせることもできる。

 竜崎が日本エネルギー経済開発研究所(IEEL)で活動することになってからの部下で、竜崎とのコンビネーションも良い。

 今回はハイエースバンでミッションを進行させている。この車両は、特殊なコーティング加工で超艶消しの(ハイマット)ブラックに仕上げてある。布と同等の光沢性能であり、その加工により夜間では限りなく闇に紛れ込むことができる。

 ハイエースバンのドアが勢いよくスライドする。

「竜崎さん。どうやらターゲットはリストラされたようです」

 姫島は端的に結論を言った。

「姫島。〝ターゲット〟と言うな」

 竜崎は姫島を睨みつけた。《崎谷レポート》によると、中山陽一が〝鍵〟である場合、陽一がいなければ世界は滅びると定められている。竜崎は、自分たちが陽一に頼らなければならない、完全な弱者であることを重く捉えていた。

 標的(ターゲット)だとIEEL(イール)側が考えていると、思わぬところで足をすくわれかねないと竜崎は案じていた。

「申し訳ありません。では彼をなんと呼びましょうか。コードネームは必要だと思いますが」

 声を押し殺すように姫島は言い、それには一理はあった。IEELは、世間に対して陽一の存在をこれまで隠し通してきた。いきなりの固有名詞呼称に、現場の抵抗があるのも無理からぬところである。

「プランAの『A』でいい」

「〝ターゲット〟と大して変わらない語感だと思いますが」

「記号化と烙印付けは違うと思うがな」

 最近、姫島は何かにつけて竜崎へ反駁(はんばく)することが多い。「ヒメ」と呼んでいた従順だった頃を竜崎は懐かしく感じていた。一人前だと感じるようになってからは姫島と呼ぶようにした。竜崎流の敬意である。

「『A』、停止」

 もう一人の部下、鉄谷(てつたに)が陽一の動きを確認する。鉄谷は元自衛官で、竜崎のチームの中でも突出した身体能力を有している。竜崎の誘いでIEELに入所することになり、竜崎のチームに入った。鉄谷は、竜崎と姫島の会話の帰結を早速に反映して、陽一を『A』と言った。

 竜崎は、陽一が公園のベンチで項垂(うなだ)れているのを確認した。

(リストラの直後だ、仕方あるまい――。さっきまでの奇行にも納得がいく)

 陽一には妻子があり、陽一にのしかかる重責を慮れば、竜崎は缶コーヒーぐらい差し出したいとさえ思った。

「Aが何か握りしめているな。鉄、見えるか」

 陽一と接触するために、些細な物でも得られる情報は得ておく。

「見えます。あれは……さっき引いてたおみくじ……か。……ん? 《大大凶》……? こりゃ流石に『A』だな。まさか大大凶なんて存在を引き当てるとは。そもそもそんな物あるんすね」

 鉄谷の高い身体能力は、視力や聴力などの五感要素の突出をも意味する。鉄谷がいるだけで必要な装備数を少なくできる。ハイエースバンから陽一までの距離は四〇メートルほどである。その距離から御神籤の文字を読み抜く鉄谷の視覚力。

「あるところにはあるんだろうし、神社側もお遊び程度に考えた代物だろう。しかし言う通り流石に『A』だな。確率論理を度外視だ」

 鉄谷と竜崎が感心しているところに姫島が割って入る。

「どうします。接触しますか」

「もう少し様子を見る。俺たちが接触しようとしていることが奴らに悟られていないか、警戒を怠るな」

 竜崎の言う〝奴ら〟とは、今回の事案をネガティヴに決着すべく暗躍している集団のことだ。ここ三日ほど奴らの動きが全く掴めなくなっているため、IEELも慎重にならざるを得なくなり、活動が鈍化している。今一番IEELが警戒しているのは、陽一が既に奴らの駒になっている可能性だ。

 建前としてのIEELは、財団法人として至極真っ当な活動を行う機関である。それが竜崎たちのような諜報員を秘密裏に擁しているのは、今回の事案を取り巻く情勢に武力が存在するために他ならない。

 今回の事案、〝尽きない資源戦争(センティリオンウォー)〟には。

「しかし『A』はどうもパッとしないですね。男性として魅力を感じない」

「姫島、私的観点を持ち込むな。俺の直感が告げている。『A』が鍵だとな」

 ハイエースバンの中の竜崎チーム全員が驚愕に表情を変化させた。彼らは竜崎の必中の直感を知っている。

「であるなら早くに囲うべきでは」

 運転席に陣取る速水が口走る。

「もう少し待て」

 待て、というのは陽一や奴らの動向を理由としているのではなく、竜崎の決断を、という意味合いだった。陽一に幼子がいることに、竜崎は躊躇っていた。姫島に私的観点を持ち込むなと言いつつ、竜崎は私情を挟んでいた。

 竜崎は陽一の子を自分と同じ、親無しの境遇にしたくなかったのである。

 竜崎が十二歳の時、竜崎の両親は二人とも放火によって殺された。

 竜崎だけが助かった。放火源から竜崎の寝室が遠かったからだ。充満する煙に気付いた時、竜崎の両親の寝室は業火に埋め尽くされていた。

 命からがら逃げ出したその先で、竜崎は走り去る人物の背を見た。放火犯、瞬時にそう思った。放火犯の首筋に『/(右上がりの線)』の大きな傷があった。竜崎の目撃情報があっても、放火犯はこれまで逮捕されるに至っていない。だから竜崎は、全ての神経を解放し、(おのれ)の手で放火魔を捜し当てることに取り憑かれた。竜崎はそれから出会った全ての人間にあの〝傷〟があるかを確認してきた。

 あの〝斜め傷の放火魔〟を見つけ出して必ず殺す。そのためには力がいる。その思いを叶えるように、力と必中の直感を竜崎は手にした。

 しかしながら、歳を経るごとに放火魔が憎いのか、両親を救えなかった自分が憎いのか分からなくなった。

 迷えし竜崎の私怨は、行き場を求めていた。

 詳細背景を竜崎は事後に知ったのだが、竜崎がたまたま帰国していた折に、第四次接触が発生、〝奴ら〟とIEELとの抗争に竜崎は巻き込まれた。落下した隕石を巡る、凄絶な銃撃戦が展開されていた。

 事情を飲み込めていない竜崎は、それでも隕石落下に巻き込まれた民間人らしき人物の救出に動いた。必中の直感で安全地帯を探し当て、気絶した民間人とそこに避難した。その民間人が陽一である。

 第四次接触は、群馬県の山中で発生した。その時の陽一は何故かリクルートスーツを着ていた。これも竜崎は後で知ったのだが、その時の陽一は松ぼっくりを探していたらしい。

 陽一は就職活動をしていたらしく、陽一の受けた企業が「一〇センチメートルを越える伝説の松ぼっくりを持ってきたら合格」という意味不明な命題を投げかけたらしい。その命題の裏には、難題をいかに工夫で乗り切れるかを試す目的があったのだが、陽一はリクルートスーツのまま、純朴にも本当に松ぼっくりを探しに出たという。そして隕石落下被害を受けた。

 竜崎はその抗争を契機に、IEELに所属することになった。

「行くか。俺が接触を試みる。お前らは不審な人物が来ないか注意をはらえ」

 覚悟は決まった。

(世界があってこその親子だ)

 颯爽と、そして静かに、ダークスーツの男がハイエースバンを出る。闇を味方にするには、黒服がいい。スーツであるのは、もう竜崎は私怨に駆られた兵隊ではないことの自己表現だった。


 無事、ハイエースバンに陽一を迎えて、竜崎は本題に移った。

「中山さん、一つだけ事前に確認しますが、これまでに中山さんが隕石被害にあわれた回数は五回で合っていますね?」

 陽一がぎょっとした仕草を見せる。

「……ええ。そうです。ですが、なぜそれを知っているんですか」

「我々はそれら全ての観察者であり、研究者でもあります。そして全ての事案を秘密裏に処理してきました。ですので、中山さんが隕石に見舞われたことが、公の記録には一切残されていません」

「な、何故そんなことを……?」

 いよいよ陽一は怪訝そうな顔を見せた。

「順を追ってお話しします。先ほども申し上げましたが、質問はまとめて最後にお願いします。


 始まりは二四年前です。

 中山さんのお父さんの職場に、隕石が落ちました。中山さんはその際の爆風で吹き飛ばされ、近隣の河川の下流まで流されたとか。しかし自力で帰着されたという記録には目を疑いましたよ。

 我々はこれを第一次接触と呼んでいます。〝センティリオンストーン〟と我々人類の出合いです。中山さんが隕石とお考えになっているものは、正確には隕石ではなく、そのセンティリオンストーンだったのです。

 センティリオンストーンは我々の感覚からすると、殆ど無限に値するような莫大なエネルギーを生み出す可能性を秘めています。我々も未だ完全解明に至っていませんが。

 第一次接触で回収された〝隕石(それ)〟が人類にとって未知数な存在であることはすぐに宇宙航空研究開発機構(JAXA)が突き止めました。しかし当然と言えば当然に、JAXAだけでは扱いきれない程に高度に政治的存在になりました。

 それには幾つか理由があります。

 一つ目に、センティリオンストーンは地球外生命体の存在を証明しかねなかったこと、二つ目に、人類を殲滅させられるほどの超兵器になる可能性があったことです。

 第一次接触はガス爆発ということで処理しました。この処理にあたったのが我々の組織で、日本エネルギー経済《開発》機構が創設されてすぐの頃になります。表向きはJAXAと日本エネルギー経済研究所(IEE)の合弁事業とされていますが、初任務は中山さんのお父様や、周辺住民の方に対する情報操作だったようです。

 話を戻しますが、我々というか人類はセンティリオンストーンを未だその全てを(つまび)らかにすることができていません。

 それでも第一次接触で得たセンティリオンストーンからは、人類にとっては膨大な知見を得ることができました。全世界の力を結集させれば、もっとセンティリオンストーンの全貌を明らかにできるとは分かっているものの、それができない理由が先に申し上げた超兵器に関するところです。

 コントロール不能の未解明技術を人類に流布させるのは、余りにも無責任に過ぎます。原理は明らかになっている核ですら、人間は完全なコントロールに至っていない。 原理を明らかにもできていないセンティリオンストーンの公的資源化などは論ずるに値しないはずでした。しかしそうも言ってられなくなりました。

 超資源となるか、超兵器となるか、その分かれ目は二種類のセンティリオンストーンの結合の仕方によります。

 ええ。二種類です。アダムセンティリオンストーンと、イヴセンティリオンストーンと我々は呼んでいます。第一次接触の隕石はアダムセンティリオンストーンでした。

 第二次接触はイヴセンティリオンストーン……はい。中山さんが小学生の際に接触した事案です。

 微量のアダムセンティリオンストーンとイヴセンティリオンストーンを我々は大した知識も無く接合させてしまったのです。結果、一つの研究所が丸々消滅しました。アダムとイヴの接合は有り体に言えば、反物質の対消滅現象に近い。

 その犠牲を乗り越えて、アダムとイヴの接合には〝鍵〟が必要だと明らかになったのです。

 我々は可及的速やかに〝鍵〟の全貌を明らかにし、正しくセンティリオンストーンを資源に変えて、それから人類全体にその恩恵を展開することにしました。

 日本の首脳陣は、そこから日本だけが莫大な利益を得ることを目論んでいるようですが、我々はその目的を副次的に考えています。とは言っても、我々は半国営組織ですから、完全に資本性を乖離させられてもいませんでしたが。

 ()(かく)、非常に限られた情報から、〝鍵〟が中山さんである可能性が高いと我々は結論づけました。

 そして、人類には最早一刻の猶予もありません。

 何故なら、宗教観を(はなは)だしく屈曲させた、中東の過激派組織〝彼の国〟に、イヴセンティリオンストーンが落下したためです。

 ちなみに、これまで中山さんが接触してきた隕石は全てセンティリオンストーンです。この辺のメカニズムは分かっていませんが、我々はそこに甘んじていた。中山さんが隕石と接触した記録を全て封殺することで、センティリオンストーンの情報全てを管理できていると踏んでいたのです。

 第六次接触、つまり中東に落下したイヴセンティリオンストーンの奪還が必要になったのですが、これまで他国にセンティリオンストーンの知見を開示してこなかったことが災いとなりました。我々だけでは、〝彼の国〟からイヴセンティリオンストーンを奪還できるだけの力が無い。

 そして最悪なことに、第六次接触のイヴセンティリオンストーンが兵器として用いられる準備が整いつつある。仮に、イヴセンティリオンストーンを破壊するために、下手な刺激を加えたのなら、それはそれで人類が滅亡するほどの破壊が発生します。規模としては、地球の1/4が欠ける程の破壊だと推測されます。

 完全な解明に至らずとも、早期資源化を果たす必要がある。

 もう遅いかもしれないが、むざむざ滅亡まで手をこまねいてもいられない。

 状況は日毎に悪化しています。

 ここに来てアダムもイヴも安定性を失いつつあるのです。第一次から第五次接触までで得たセンティリオンストーンは全て隔離して保存していました。しかしながら、不安定化したセンティリオンストーンを少しでも安定させる方法が、隔離した個体を少しずつ合流させていくことだけだったのです。アダムには少しずつアダムを合流させ、イヴには少しずつイヴを合流させていく。

 今、全てのアダムセンティリオンストーンも、イヴセンティリオンストーンも、それぞれ一個体に合流を完了させてしまいました。

 もう時間がありません。

 イヴセンティリオンストーンが兵器として用いられるか、不安定化したセンティリオンストーンが爆散するかを待つだけの状況です。いずれにしても人類は終わりだ。どちらの爆散でも地球の1/4が宇宙の藻屑となる。

 ですので、危険であることは重々承知のうえ、中山さんにお願いにあがった次第になります」

 竜崎は一気に喋り切った。最早駆け引きをしている余裕は無いのだから。

「えっと……ええ?」

 絞り出すように陽一は言った。

「突拍子も無い話ですが、何卒ご協力いただきたく」

 しばし静寂が漂う。難しい顔のまま、陽一が疑問を口にしだした。

「何故……僕なんですか……」

 その物言いからすると、まるで信じていないというわけではなさそうだと竜崎は見積もった。

「センティリオンストーンがそれを指し示したからです」

「センティリオンストーンが……?」

 竜崎は小さく頷いた。

「センティリオンストーンが地球外生命体の可能性を孕んでいると先ほど申し上げましたが、それはセンティリオンストーンと交信が可能だったからです。

 これまで限りなくセンティリオンとの交信を試み、まるでノイズのようなアウトプット群から『/(ヴィンキュラム)』と、『唯一性』のキーワードを得たのです。

 我々は危険な実験にも何度か踏み切り、それが『あり得ないような確率の上に立つ存在による、唯一の接合』であることが確認されたのです。『/(ヴィンキュラム)』は確率を現し、『唯一性』は「○○分の一」の「一」のことだったのです。

 それを我々は〝鍵〟と呼び、それが中山さんであると断じました。

 つまり、〝何かの確率を超える存在〟だけが、正しくセンティリオンストーンを資源化できる……。中山さん、我々と共に来てください」

 飄々(ひょうひょう)と語る裏で、竜崎は面目の無さを感じていた。そもそも陽一に全てを押し付けることになったのは、金勘定や下らないプライドが理由としてある。何故陽一が、どうして陽一の家族が、全てを清算させなければならないのか。

「時間は……貰えないのですか……。考える時間は……」

「残念ながらさほど多くは」

「せめて家族に話させてください」

 苦虫を噛み潰す陽一。当たり前だと竜崎は思った。

「分かりました。中山さんの決断がどうなろうとも、我々はそれに従うしかありません。ですが、我々は決して力づくでどうこうしようとは考えていません」

 竜崎がそう言うと、姫島、鉄谷、速水が総じて表情を暗くした。今の竜崎の発言は総意ではない。

「ありがとうございます」

「信じていただけたこと、それだけでも我々は中山さんに感謝しなければなりませんから」

「正直、信じ切れてはいません。余りにも現実離れしている」

 訥々(とつとつ)と言葉を選ぶ陽一。

「では……」

 自分で説明しておきながら、竜崎は陽一の行動原理が分からなかった。

「親父が――、父がよく言っていたのです。『言いたくないことを、どうしても言わなければならねえ人の顔には、哀しみの皺が刻まれているもんだ。そうまでして出された言葉を、男なら裏切るな――』と。竜崎さん、顔に苦渋が染み出していますから。だからやります。僕があなたがたに騙されているのなら、僕が困るだけで本当に世界が滅びることもないでしょう。だけど、竜崎さんのお話が真実だったら、僕次第で世界は滅びることになる。比較できませんよ。世界というより家族を守りたいですし」

「…………」

 竜崎は陽一の言葉を待った。

「それと、確率に泣かされてきた自分のことは自分がよく知っています。

 ずっと不思議だったんです。どうして僕だけがこんなことになるんだろうって……。もしかしたらそれがなぜか分かるかもしれませんし」

(記録の上にある淡白な文字列だけで、中山さんの人生を理解できる訳が無い。この人は苦しんできたのだ。自分だけではどうしようもなかったことに……)

「一つだけ言わせてください」

 竜崎は自分でも意識せずに喋り始めていた。

「私が思うには、中山さんには不幸ばかりが訪れていたわけではないかと。本来ならば死んでもおかしくない、そのような事故に見舞われてきた中山さんは、それでもこれまで生き延びてきた。もしかしたら、『死なない』ことに関しては、あなたは誰よりも抜きん出て幸運なのかもしれない。言葉遊びのようですが、私はそう思っています」

 それは竜崎の本心だった。陽一の記録を読み返せば読み返すほど、陽一が尋常ではない生存確率の上に立つということが分かる。

 力なく陽一は微笑み、そして小さく「ありがとうございます」と言った。

「家までお送りします。速水(はやみ)、頼む」

 速水は何も言わずアクセルを踏んだ。


 陽一の自宅前に車が横付けされた。鉄谷が外からハイエースバンの扉を開ける。力なく陽一が会釈して、車を出ようとした。

「中山さん。我々に残された時間はあと長くても二四時間。……ですのでご家族への挨拶が終わりましたら、戻ってきてください」

 直ぐに帰還するように、そういった言葉は避けた。残酷になれない自分は甘いのであろうか。

 陽一は頷いて、自宅に帰った。

「『A』は大丈夫ですかね。とても頼りなさそうですが」

 鉄谷はポツリと零した。

「鉄、お前が逆だったら俺の話は信じられたか」

「は、まさか」

「だろ。だから俺たちは感謝しなきゃならん。後ろに控えている幕僚団と別働隊に連絡しろ。移送計画を実行する。速水、ビルダーバーグ会議に飛んだ金田(かねだ)に予定通りだと伝達だ」

 竜崎のチームは五人一組が本来の姿である。もう一人のメンバーである金田はアメリカに飛んで、別任務を請け負っている。

 金田はIEELの中で、最強のプレゼンテーション能力を持つ。金田なら必ず成し遂げてくれるはずだ。

「『A』ですが、別の呼称を考えました」

 突然姫島がそう告げた。

「姫島、今がどういう事態か――」

「『大大凶』でどうですか。インパクトありますよ」姫島は竜崎の言葉に被せるように言った。

巫山戯(ふざけ)るな。符牒が長くて意味をなすか」

 竜崎は姫島を睨んだ。

「わたしだって今の事態が逼迫していることは分かっています。だからこそ、『A』を含めて(おど)けたような絆が欲しいんです。でないと背負い……背負わせきれない……」

 姫島も――、鉄谷も――、速水も――、そして竜崎も、自分たちの忸怩(じくじ)たる思いに気がついていた。

 肩書きは研究者、実態は諜報員。そのどちらで自分を捉えようとも、今の事態を陽一に背負わせていることが、どれだけ情けないことなのかに気が付いている。自分たちで散らかした玩具を、無関係な一般人に片付けさせようというのだ。

「わかった。しかし『A』は変更無しだ。その代わり、作戦名を『大大凶』とする」

 それが、竜崎がチーム員に応えられる最大限の歩み寄りだった。

 竜崎はふうと一つ息をついて、鉄谷の肩を軽く叩いた。

「なあ鉄、お前なら何の報酬も無しに、今回の話を引き受けるか」

「は、まさか」

「だよな。しかし『A』はそれに関して何も言わなかった――」

「『A』は化け物ですか……」

 鉄谷はそこで初めて幽霊を見たような顔をした。

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