=★「ドラゴンインパクト」=★
陽一はすっかり気圧されてしまっていた。
このダークスーツの男は、陽一と歳の頃も近そうに感じるが、これまでに出会ったことのない人種と思えた。立ち振る舞いは紳士然とはしているものの、どこかデンジャラスさが漂う。
「お話きいてもらえますか」
重低音でそう言われたら、陽一には強制にしか聞こえない。
「世界を救うって……なんですか? ……質問に答えられるってなんですか?」
恐るおそる、陽一は問う。
「少し長くなりますし、ここじゃなんですので」
あっ、これもうついて行っちゃダメなやつだ――そう思いながらも、「わかりました」と応え、情けなさに涙が出そうになる陽一。
陽一の上司、もとい「元上司」に変なアドバイスが陽一の頭をよぎる。
『初めて会う奴なら、まずスーツを見ろ。言葉よりもスーツがそいつを現す。見栄っ張りなのか、金に揉まれた人間なのか、はたまたスーツを従えるほどの人間なのか――』
(――この人はダークスーツを従えさせています。怖いです)
『第一、どんな相手でもスーツが歩いていると思えば大して緊張もしないだろ』
(――はい、それは嘘です。とても緊張します)
元上司に毒づきながら、陽一はダークスーツの男の後について行った。やがて公園の脇に止められた、真っ黒なバンに行き着いて、やはり《大大凶》なのだなと独りごちる。
「……車に乗るんですか?」
流石に密室の危険性くらいは陽一にも分かった。
「ええ。できればそうしてもらえると助かります」
陽一は、紳士的に来られるとどうにも弱くなる習性があった。
陽一の思考は半分停止したまま、ダークスーツの男と一緒に陽一は車に乗り込んだ。車の中に、ダークスーツ以外にも誰かがいるのに気がついて、ますます思考停止に陥る。
その内の一人がよく見ると若い女性であり、それだけで少し陽一は安心したが、やはりその女性もダークスーツだった。
(俺の人生ここまでかも……。なんてついてないんだ……)
「本題に入ります。中山さん、我々に協力していただけませんか」
「はあ」
一体何を言っているのか陽一にはさっぱり分からなかった。
「自己紹介が遅れました。私、日本エネルギー経済開発研究所の竜崎と申します。研究所名は長いので、IEELと呼んでいただいて結構です」
竜崎と名乗ったダークスーツの男は、丁寧に名刺を差し出しながらそう言った。名刺には確かに《日本エネルギー経済開発研究所》と書いてある。サラリーマンの特性か、名刺があるだけで僅かに陽一の警戒心が低下する。しかし、依然として正体不明、目的不明であり、陽一は気を取り直した。
(――新手の詐欺か?)
そう思案してみても本質を穿つだけの判断材料が無かった。やはり逃げるべきだったか……いや、そうなるとこの竜崎という男に追いかけ回されることになったかもしれない……想像するだけで怖いな……なぜこのダークスーツの集団はこれほどに仏頂面なのだ……中身はよく分からないが、協力して欲しければもう少し愛想良くしたらどうなのだ……、そうやって陽一の思考はあまり意味をなしそうもないところを、ぐるぐると回っていた。
「……お勤め先は分かりましたが、わたしに……何の用で?」
内面で毒づいているのとは反対に、丁寧に受け答えしてしまう陽一。情けなさに泣きそうになるが、しかしそれは陽一が多少の冷静さを取り戻すのに一役買っていた。竜崎の他に今このバンに乗っているのは三人。後部座席に女性一人、助手席にガタイの良い男性が一人、それと運転席に一人。助手席の男はわざわざ上半身を翻して陽一を睨んでいる。
(……疲れないのか?)
その三人は、竜崎と同じで全員グレーのシャツとダークスーツを設えている。
「中山さんにしかできないことだと私は考えております。世界を、人類社会を救ってください」
「え?」
改めてきくととても正気で迎えられない文言に、つい陽一はあほヅラになってしまった。
(やっぱり、いかれた宗教団か何かだな。よし、隙を見て逃げよう)
「ちなみに私達は、変な宗教団体などではありません」
陽一の心を見透かすかのような注釈が竜崎から入った。
陽一は「そうですか。ぼくあんまりそういったものに興味ございませんし、残念ながらお金もございません。帰りますね」そう捨て言ってドアを開けようとした。しかしドアは開かなかった。
(鍵をかけていないことは確認したのに! チャ、チャイルドロック? これは本格的にやばいよ)
途端に爆速で陽一の心臓が鼓動し始めた。
「まあそう仰らずに。度々中山さんと接触してきた隕石のその後をお話しもしますから」
言葉づかいの割に険しい表情の竜崎。完全に命運を握られていることもあるが、真剣にきかねばならぬ圧力をびりびりと陽一は感じとり、陽一は観念し始めていた。
「……お伺いします」
「ありがとうございます。少々長くなりますが、質問はまとめて最後にお願いします」
確かにそれから、竜崎は救いを求める話をした。世界を救うという、突拍子もない話を。